猫のエージェント
『それは無理だね』
「え?」
『この星、地球はね、事情があって銀河文明から隔離状態なんだ。外から入れないんだよ』
「入れ……ない?」
『君のお父上が退去せざるをえなかったのは、立場上、連邦に逮捕されるわけにはいかなかったからだよ。
現在、地球圏の封鎖を行っている「銀河連邦」は、お父上の所属である「神聖ボルダ」を非常に敵視していてね、君が生まれて少したった頃、もともと敵対していた両国の関係が一気に悪化したのさ』
「……それでお父さんは」
『お父上はボルダ本国では要職にある人でね、捕まれば良くて極刑、悪ければ人質として本人も、そして君もお母さんも一生ひどい目にあわされ続けたろう……だからボルダ本国から迎えが来たんだよ。お父上のためだけに特殊部隊まで連れてね』
「……特殊部隊」
スケールがいちいち大きすぎて、現実味がなかった。
だけど、ミリアは同時に思い出していた。
父と最後の離別の記憶。
いつかの再会を約束しながら去っていく父は、たしかに泣いていた。
「そう……あれはそういう意味だったの」
まさか日本に、いや地球に物理的に滞在不可になっていたとは。
想定外にもほどがあると、ミリアはためいきをついた。
「もしかして、お手紙が普通じゃなかったのもそのため?」
『ああ、星間トラファガー便を選んだのは適切だったね。
トラファガー便は安否の確認がとれない危険地帯に手紙を運ぶ専用の特別便でね、しかも相手の状況次第では保護して安全地帯や、場合によっては差出人の元に連れ帰ってもらう事までセットのサービスなんだよ。
普通の郵便ではソル、太陽系の入口にいる連邦軍にとられるか、それとも地球の政府筋に渡されるだろうしね』
「それは」
『ああ、かりにそうなった場合、君の立場はとてつもなく危険なことになったろうね』
「……」
宇宙人からの手紙なんて、日本政府にわたってまともに配達されるだろうか?
いや、かりに届けられたとしても『政治的判断』とやらで時間がかかってしまった可能性は否定できない。
『そういえばミリアくん、君は、お母さんと君が地球に残った理由を知ってるのかい?』
「知らないわ」
『だったら追加しておくけど、それはお母さんの意思だよ』
「え!?」
それは完全に初耳だった。
「それはどうして?」
『アキさんはユービさんが好きだったようだけど、それでも日本人を、地球人を捨てられなかったのさ。
ボルダは地球からあまりにも遠すぎる』
「……それは」
『政情不安定なうえに二千光年だ、二度と帰れないと思ったんだろうね。
君だって見た目は普通に地球人だし、おかしな能力なども確認できなかったしね。
そこまで考えたアキさんは、ついていく事ができなかったのさ。
この子は地球で育てます、ごめんなさいってね』
「死んでるじゃん、育てられてないじゃん」
『たしかにそのとおりだけど……』
「うんわかってる、別にお母さんが悪いわけじゃないよ」
ふるふると首をふってミリアは苦笑した。
『お母さんを恨まないのかい?』
「なんで?天然なところもあったけど、やさしい人だったよ」
得体のしれない異星人ハーフの子供なんてかかえて、どんなにか苦労したことだろう。
だけどミリアには、理不尽な愚痴のひとつも聞かされた覚えがない。
ミリアが悪いことには怒るけど、それ以外はとても、とても優しいお母さんだった。
ただ──たまに寂しそうに夜空を見ていたことを除けば。
「とりあえず、やること決まったわ」
『何か?』
「お父さんをボコる」
『え?』
「お父さんのところに連れてってくれるんでしょ?」
『あ、ああ、まぁ、そういうことになるかな?』
「だったら決定、とりあえず、お父さんとこいってボコる」
『──なんでそうなるんだい?』
「ぜったいボコる。
お母さんほっといた甲斐性なしの宿六がぁってボコる。
私のこともほっといたってボコる。
無理やり宇宙にお母さん連れ出さなかったチキン野郎ってボコる」
『おいおい、もしかして君、本当にお父さんを殴るためにボルダに行きたいの?』
「んー……だって『ボルダ』ってどんなとこかも全然知らないし。だったら、あとの事はあとで考えるしかないよね?」
『うん、そうだね』
「まぁとりあえず、外国人の女が生きられないような社会じゃないんだよね?」
『いやいや、銀河文明の国をなんだと思ってるの。少なくともボルダはそういう心配ないよ』
「だったら、あとのことはあとで考えるよ。何もわかんないんだから」
『とりあえずお父さんをボコボコにして?』
「もちろん!」
『……ずいぶんと君、男前な性格なんだね』
「ん、それほどでも」
『念のために言い添えるけど、ほめてないからね。わかってる?』
◆ ◆ ◆
手紙との不思議な「やりとり」をすませたミリアは、指示通りに荷物をまとめて家の裏庭に出た。
荷物といっても数枚の着替えとUSBメモリキーだけ。
メモリキーの中にはお気に入りの電子書籍とか、悪意ある人たちから守り切った母の写真などがある。
スマホは置いてきた。
言うまでもないが、悪意ある他人から与えられた電子デバイスなんて信用できなかったからだ。
ミリアは手にもっている手紙に呼びかける。
「ここでいいの?」
『緊急避難だからね、奥の手を使うんだ──さあミリアさん』
「はい、『召喚、コータ』」
なぞの合言葉を使うと、地面にパアッと光の円陣が広がった。
なんというか、まるでファンタジー作品によくある『魔法陣』だった。
「……なにこれ?」
『魔法陣だね』
「え?これ本当に魔法陣なの?」
『さすがボルダだね、あいかわらずワケがわからない』
「え?」
『ボルダの技術はね、銀河的にも一風変わったものが多いんだよ。
あまりに意味不明なもので便宜的に魔法って名付けられたんだけど、今じゃ本当に魔法文明なんて呼ばれる始末さ』
「……そんなに不思議な技術なんですか?」
『少なくとも、あまたの銀河の大文明にあっても、誰も解析できてないほどにはね』
「……そうなんだ」
呼ばれる始末も何も、見てくれだけでいえばまさに魔法そのものに見える。
ミリアの父親は、もしかしたら結構かわった国の住民なのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、魔法陣が消えたあとには一匹の黒猫が残されていた。
ちなみに尻尾は長い。
「えっと、ねこ?」
その猫らしいものは周囲を見て、そしてミリアに目をとめた。
『おっと、ひとがいたのか……やぁ、失礼だけど、そこの可愛いショートカットのお嬢さん、野島ミリアさんはこちらかな、というか、もしかして君がミリアさんかな?』
「え、ちょっと待って」
ミリアは目を剥いた。
ちなみにここまでミリアの容姿をハッキリと描いていないが、彼女は中性的なタイプだ。間違いなく目鼻のととのった美少女なのだけど、ショートカットなのもあって、しばしば少年と間違われる。
『はじめまして、だね。僕がコータだ。君が野島ミリアくんで間違いない?』
「あ、はい、ミリアです……でも待って、えっと」
『?』
「へんなこときくけど……なんでわたしが女の子ってわかったの?スカートもはいてないのに?」
『は?えーとよくわかんないけど、どこからどう見ても僕には女の子に見えるよ?
あ、ごめん、。かわいいとか言うと日本ではセクハラになるかもだっけ?だったらごめんね』
「いえ、いいのいいの……そっか、うんうん……って、あれ?」
そこでミリアは現実に戻った。
猫がしゃべっている。
その光景にミリアの思考がフリーズする。
『おや、猫がしゃべって何か問題あるかな?』
「それは……ない、かな、でも?」
混乱中のミリアを置いてけぼりに話は進んでいく。
『エージェントのコータさんですね?トラファガー便プログラムです。ミリアさんを託してよろしいでしょうか?』
『こっちは問題ない、ごくろうさま。あとは僕が引き受けたよ』
『よろしくお願いします。
それではミリアさん、ご利用ありがとうございました、また良き風が吹きましたら』
そこまで言うと、ミリアの手紙は沈黙してしまった。
ミリアの容姿について(設定より):
ボーイッシュな美少女。
黒髪黒目で中性的で、たまに男の子と間違える人がいるが、それは服装の問題。女の子の格好をすれば普通に可愛い女の子に見える。
その中性的な外見はコンプレックスでもあったが、TPOでコロコロ外見を変えられるということでもあり、ある程度は行動の自由を確保していた。
十代半ばを経過して容姿が変化しはじめ、そろそろ性別を隠すのも微妙になりつつあったのだが、本人は知るよしもない。友達もいなくなっていたので、未だに自分は少年ぽいと思っている。




