【コータ別視点】ミリアの父と状況
時間は少し巻き戻る。
ボルダに到着したコータとミリアだったが、到着後すぐにクライアントであるユービ神官長とその護衛部隊に保護された。
感動の再会、それからミリアによる「ヘタレ父をボコる」イベントのあと、では仕事は終わりと終了証明をもらおうとしたコータはどういうわけか、別室でユービ神官長と話をする羽目になった。
その席でのことだった。
■ ■ ■ ■
『地球が壊滅……そうですか』
「む、何か知っているのかね?船内では告知してなかったはずだが?」
ミリアの父、通称ユービ・オルクス神官長。
ユービはコータが驚いていないことに眉を寄せた。
無理もない。
コータたちが使ったのはボルダの船だし、移動中は事実上の情報封鎖状態だったのだから。
「いったいその情報はどこで?」
『ああいえ、情報入手のような事は特にしてませんよ、単に状況からそうかもと判断したまでです』
「あくまで経験上のイメージか……いや違うな」
ユービはコータの態度に眉を寄せた。
「これでも神官として長く勤めてきた身だ。相手の態度から多少の読み取りくらいはできる。
コータ君、隠していることがあれば言いたまえ」
そのユービの言動に、コータはわずかに表情を変えた。
『業務報告なら星間トラファガー機関の方に上げますので、希望ならお読みいただけますよ』
「今、説明したまえ」
畳み込むようなユービの態度に、かちんと来たのだろう。コータの態度が変わった。
『……あのですね。
そこまで言うならハッキリ申し上げますが、先程いった「経験上のもの」がすべてです。それ以上の情報などありませんよ』
「いや、違うな。他にも情報があるのだろう?言いたまえ」
『……』
コータはわずかに顔を傾けた。
その瞬間、コータの視界に『センター通信、映像転送中』というのが浮かぶ。
だがそれはコータの視界に写しているだけで現実には何もない。
何食わぬ顔でコータは話を続ける。
『そんなことより、繰り返しますが修了証にサインを頼みます。
娘さんを無事送り届けたというのに、娘さんの騒動があってサインなさってないでしょう?よろしく頼みます』
「いや、まだ報告は終わってない。君がすべての情報を出していないのだから」
『……あのさ、ないものを勝手にあると言われても、こちらとしても困るんだけど?』
少しコータの言動から丁寧さが抜け、ざっくばらんとしたものになった。
それを良い感触と判断したユービは、さらに踏み込んだ。
「そういえば聞いたよ、君は空間魔法の使い手だそうだね。
空間魔法使いは昔から、自分の能力について他人に言いたがらないものが多いという。
報告を渋るのは、つまりそういう事かね?」
『その話、今回の仕事と全然関係ないですよね。
なぜ話をそらすのです?
こちらの修了証にサインをよろしく』
そういって、さらにダメ押しでコータが電子書類をピッと出すが、ユービはガン無視して話を続けた。
「関係あるかどうかを判断するのはクライアントの私であって君じゃないよ、勘違いされては困るね。
それに、そうやって情報を小出しにされては、私も君の評価をしづらいものがあるねえ」
『あなたの娘を届けるのがこちらの仕事です、そしてそれはもう終わっている。
娘さんを無事受け取ったあなたの義務です、さぁここにサインを』
「いやいや、そう言われてもなぁ、君が情報を出してくれないと私としては『終わった』と判断することができないね。なぁ、君なら言わずともわかるだろ?」
『繰り返します、ここにサインを』
「……」
『最後です、これは娘さんを無事届けた修了証です、ここにサインを!』
のらりくらりと話を続け、さらに言葉に出さずに妥協せよと命じてくるユービ。
それに対してコータはわずかにもう一度首を傾けると、よしとうなずいた。
『よし、これでいい』
「え?」
『あなたの一連の発言に対し、星間トラファガー機関はたった今、ハラスメント認定しました。
ユービさん。
いえ、カルーナ・ボスガボルダ神殿長、ユーブロバイン・フルク・オルクス・ボルダさん。
あなたは、すでに終わっている仕事についての承認サインを拒み、さらに承認をたてに職員の個人情報または職業上の秘密を無償で吐き出させようとしました。
契約に従い、僕には収入の保証と見舞金が発生します。
所属するボルダ中央神殿に対しては名指しの非難が正式に送付されます。
貴方個人に対しては違約金の請求、場合によっては裁判の可能性もあります』
「え?え?」
それだけ言うと、コータは立ち上がってテーブルから降りた。
『はっきりいえば、まさかこんなすぐハラスメント認定が出るとは僕も驚きました。
たしかに伝えました、あとは機関とお話ください。ではさようなら』
「待ちたまえ、おい!きみ!」
それだけ言うと、コータはユービが止めるのを無視して立ち去った。
■ ■ ■ ■
外に出たコータに通信が入った。
歩きながら通信に出てみる。
『おつかれ、大変だったね』
『神官としては有能なのかもだけど、なんともコメントしづらいね』
『トラファガー便は決して値切りに応じないからね、代わりに君から利益を引き出そうとしたんだろうさ』
『やっぱりか……妙にサインから逃げ回ると思ったら』
ちなみに料金は前払いだが、正当な理由なく完遂できなければ当然、違約金が発生する。
あの手この手で逃げ回ったり値切ったり、言いがかりをつけて払い戻させようとする者は残念だが時々いる。
そもそもコータの通信が即座につながったのも、本部で待機していたから。
安心できない相手と機関も知っているからの対応だった。
『ま、頭のまわる人物なら訴訟になる前に違約金払っておわりでしょ。
無茶な高額にはならないし、払えないとも思えないし』
『なるほど……もしかしたら、あの子の母親がボルダについてこなかった理由はこれかもなぁ』
『ありうるね。娘さんはいい子だった?』
『ああ、すごい猫好きにはまいったけどね』
『ははは、おつかれ。そういえば聞いてるかい?』
『え?なに?』
『その娘さん、ミリアちゃんだっけ。彼女から本部に打診があったらしいよ、さっき』
『打診?何の?』
『君に空間魔法を習いつつ仕事の勉強をしたいんだって。最初はアルバイト扱いでいいから住み込みでって』
『……はぁ!?』
あまりの事にコータは目を剥いた。
移動する足が一瞬、止まったくらいだった。
『詳しく』
『彼女、お父上と少し話した結果、地球に残ったお母様は正しいと思ったそうだよ。
けど、すぐにひとりだちしようにも地球育ちの彼女には必要なスキルもコネもないだろ?
コータ、彼女に魔法を教えたよね?
それがレアスキルなのも知ってて、君のもとで続けて勉強させてほしいってさ』
『……なるほど、そういうことか』
『君はどう思う?』
『うーん、魔法のスキルは本物だよ、たぶん素質は僕より上だ……もちろん仕事ができるかどうかは別問題だけど』
『ほう、それほどか……最悪でも君の助手ならできる?』
『なんで僕なんだよ……でも得意なスキルを活かすって方向性は正しいかな』
『そうだね、もう帰れないんだし』
『ああ、そうだね』
そう。ミリアはもう帰れない。
なぜか?
そう……地球はもう滅びてしまったからだ。
ふたりの短い旅のうちに。




