いつか精霊になる日まで
夜の精霊界。
いつもなら宵っ張りの妖精が遊んでいるのだが、昼間に遊びすぎたせいか、ほとんどの妖精は眠っていた。
精霊たちは昼間とかわらず活動している。
精霊と妖精の違いとは、外の世界でいえば人間と動物たちのそれに近い。動物は食事が満たされて安全ならそれでよいわけだが、精霊たちはこの世界そのものを支えている。
だから黙々と仕事を続けているのだが。
『そろそろ狸寝入りはやめておくがいいコータ』
『……どういうことだよ』
寝ていたはずのコータが、精霊女王を睨みつけながら起き上がった。
くぅーっと体を伸ばし、ぷるぷると震わせた。
『女王、なんでミリアに精霊を植え付けた?』
『ん?才ある者を芽吹かせたのだが?しかもミリア当人が望んでな』
精霊女王は平然と答えた。
『おまえにとってミリアは特別なのだろうが、それは、わらわたちにとっても同じことよ。
才能があり、その力を伸ばしたいとキッパリと言ってのけた。
だから種を植えた。何か問題があるかの?』
『え、種?精霊でなく?』
『なるほど、そのあたりを理解しておらなんだか、それはすまぬ事をした』
ふむふむと精霊女王はコータにうなずいた。
『今、ミリアが望んでおるのは魔術師としての成長じゃ。精霊なぞいらぬわ。
こういう場合はの、種を植え付けるんじゃ。
種もたしかに精霊の一種ではあるが、未熟すぎて自分の意識なぞはない。あくまでミリア本体とゆっくりと融合し、その能力を底上げしていくだけの存在よ。
いずれ完全に当人の一部になるからの、心配はいらぬぞ』
『……それだって、いずれは精霊要素が増えすぎちまうんじゃねえの?』
『その可能性があるのは未来、精霊術師になってからの話じゃな。
いったいそなた、何百年先を心配しておる?
いつかは二人ともそうなるじゃろうが、精霊術師でもないそなたらにはずっと未来の話じゃぞ』
『そんなもんなのか?』
『うむ、まぁいつかは二人とも精霊術師となるじゃろうし、そうなると現実味をおびてもくるが……そんな遠い未来の話をしたいわけではなかろう?』
『まぁな、先のことは先のことだ』
『それでよい。まぁ、われらはいつだっておまえたちの味方じゃからの』
『それは、いつか同胞にするからって意味だよな?』
『あたりまえじゃ』
『やれやれ』
フフフと女王は笑った。
『そろそろミリアが目覚める。いってやるがいい』
『ああ、そうするよ』
◆ ◆ ◆ ◆
ミリアが眠っているのは妖精たちの区画だった。
『……なんで妖精区画なんだ?』
『なんでって、なに?』
『あー……ごめん、なんでもないよ』
質問するだけ無駄だった。
そもそも精霊や妖精は論理的な生き物ではない。
コータが精霊女王の部屋に寝かされていたのも、ミリアが妖精たちの部屋にいるのも、おそらく当人たちでさえ説明できまい。
精霊や妖精とはそういうものなのだが。
『おい、ミリアに何してんだ?』
『ん?ようせいのコナ、かけてる?』
『それは見ればわかる。なんでそんなことしてんだ?』
眠っているミリアを大量の妖精たちが取り囲んでいる。
妖精たちは皆、小さな羽根を持っているが……その羽根から、まるで蝶の鱗粉のように光の粒が舞い、ミリアにふりかかっている。
それに疑問を呈するコータだったが、妖精の中の数匹がそれに気づき、パタパタと飛んでコータの前にやってきた。
『なにしてるのコータ』
『コータ、てつだいなさい』
『がんばれ、おとこのこ』
『え?手伝うって何を?って、うわっ!』
妖精たちは小さいけど力は強く、コータの小さな体では太刀打ちできない。
たちまちコータもミリアのそばに連行されてしまうのだが。
「……ン」
『よしよし、いいタイミング』
『おきるよー』
『お』
だけど目覚めるより早く手が伸びてきて、コータは捕まってしまった。
「おはよーコータ。もふもふ」
『やめろ』
しかしミリアの次のセリフに、コータは言葉を続けられなくなった。
「死んだとおもったよ、あんなことしちゃダメだよ」
『……すまん』
「あやまってすむことじゃないよぅ」
文字通り、死ぬほど心配させてしまったらしい。
困ったコータは、だけど確認すべき事だけ告げた。
『きくけど、おまえ、自分が何をやったか理解してるか?』
「わたしは何もしてないよ。精霊の種が助けてくれたんだよ」
『……おまえの意思でなく、種が勝手に動いたのか?』
「んーとね、種は女王様がわたしにくれたの。
わたしは充分な力があるけど、魔力もちのいない地球で育ったから制御が甘いんだって。
精霊と親和性が高いようだから、精霊をつけるのがいいんだけど、育った精霊だと、今のわたしだと負けるかもしれないって。
だから、未覚醒の種をつけてくれたの。
わたしと一緒に育って、わたしと融合して、わたしの一部になるんだって」
『いやいやいや、それってつまり、おまえもここの精霊の一員になるってことだぞ!?』
騙されてるぞとコータは言おうとした。だけど。
「ああ、やっぱり」
『……やっぱり?』
「コータは誤解してるって女王様がいってたよ。
たしかに精霊界に馴染めば精霊になっちゃうけど、それは精霊術師の話で、それでも百年やそこいらじゃ全然無理だっていってたよ。
そんなに精霊になりたいなら、定命の暮らしなんか疲れ果てたら相談しなさいって。
あるいは、今回みたいに即死級の大怪我してここに連れ込まれて完全治療で生き延びてっていうのを何回かやればいいって」
『……なんで死にかけたら精霊になるんだ?」
「治療のために、妖精たちがコータの体内に精霊をどんどん注ぎ込むからだって。
一回の治療で百年は時を進められるから、いつでも歓迎じゃオホホって」
『なんだよオホホって』
「知らないよ。そう言ってたもん」
「そうそう、そんなことより約束しないと」
『ん?約束?』
「そう、約束」
ミリアはにっこり笑うと、コータに語りかけた。
「女王様におしえてもらったの。
コータと一緒にいると、わたしの魔法は上達が早いんだって。得意分野の傾向が似ていて影響を与えあうんだって」
『それを精霊女王が?』
「うん」
『……なるほどね、たしかにありそうだけど』
「うんうん、そんなわけでよろしくね」
『断る』
「なんでっ!?」
コータはためいきをついた。
『ミリア。君さ、自分の立場と目的忘れてない?』
「え?お父さんボコったらそのあとはフリーだけど?」
『問題はそこじゃないでしょ』
コータはためいきをついた。
『僕は君のお父さんに間接的に雇われてて、君は護衛対象でクライアントの娘さんなわけだけど、ちゃんと覚えてる?』
「うんうん、最初の出会いはそうだったよね!」
『なんで過去形なの、今も変わらないよ』
「えー」
『えーじゃない、とにかくもう君はおとなしくしてて、話がややこしくなるから、いいね!』
「……えー」
『何が、えーなの。それより戻るよ』
「え?」
『忘れたの?もうボルダに着いてるはずなんだぜ?』
「あ」
『あじゃないよ。
助けてくれたのは感謝だけど、今頃乗客行方不明で大騒ぎのはずだよ?
たぶん船長が時間稼ぎしてくれてると思うけど……君も僕も大目玉は確定だね』
「大変だね、がんばって!」
『なんで自分だけ助かろうとしてんの。決まってるだろ同罪だよ』
「えー……」
『えじゃない』
コータは「こりゃダメだ」と再びためいきをついた。




