化け物と油断
不思議な夢を見た。
『ミュウ(おまえ誰?)』
黒猫がいる。コータじゃない。
これは誰だろう?
呼びかけてみた。
『にゃーん』
『ミュ…ミャウ(わけわかんねえよ、なんなのおまえ?)』
あれ、あたしもネコだ。なんで?
わけがわかんない。
『|にゃー(ねえ、ここどこ?)』
『ミュウ(しらねーよ)』
あら、つめたい。
ニャーニャー言い合っていたら、なんかでっかい、おんなのひとがきた。
かくれる、あたし。クロネコ、そのひとにすがりついた。
『あら、かわいいお客さまね』
よしよしと、クロネコをあしらいつつ、おんなのひとは、あたしを見た。
『!!!』
そのとたん、フリーズした。
(や、やばいやばいやばいやばい、に、にげ、)
にげたいのに、うごけない。
ちがう。
これは、にんげんじゃない。ばけものだ。
たすけて。
たすけてタスケテたすけてっ!!
『怖がらせちゃったかな、ごめんね。いいこいいこ』
ナデナデしないで。こわい。
『ん、いいものあげるわ。きっと役に立つからね』
ふるえるあたしに、そいつは、おぞましくワラった。
◆ ◆ ◆ ◆
ミリアは飛び起きた。
爆睡していたコータがコロンと裏返しになったが、そのまま凄い恰好で眠り続けている。
いつものミリアなら楽しそうに寝相を直し、そっと抱きしめるところだが……今のミリアはそれどころではなかった。
昨夜、ミリアはでっかいTシャツみたいなのをコータにもらって頭からかぶって寝た。
ボタンのひとつもなくやわらかい素材で、寝心地もいい。
いいのだが、まだ夢の中の恐怖が続いていた。
汗が気持ち悪い。
『どうしたの?』
ふと気が付くと、眠そうにコータが動き出していた。
「ごめん、おこした?」
『なんか魔力が怖いよ怖いよって言ってるね。うなされた?』
「……なにそれ?」
『あー、僕にもよくわからないよ。
わからないけどミリア、君がうなされたのは魔力をみるとなんとなくわかるんだ』
「……そうなんだ」
とりあえず、そういうものだと理解した。
そしてミリアはコータに夢の内容を話した。
『あのひとが怖かった、ね』
本来、夢というのは生命体がよりよく生きるためのフィードバックのようなものだという。だから、たとえば犬や猫でも夢をみるのだ。
だけどミリアが見た夢は、そうしたものとは明らかに違っていた。
『たぶんだけど、あのひとは何も変わってないよ。かわったのはミリアの方だな』
「どういうこと?」
『それだけミリアが成長したということさ。
前回は完全な初心者で、魔力の扱いも手取り足取り習ったんだろ?』
「うん」
『その状態なら、あの人は単にちょっと変わった美人としか見えてなかったんだろうね。
けど今回は違う。
自覚がないと思うけど、空間魔法は本来、かなり高度なものなんだ。
その状態の君だからこそ、あの人の異常性に気付けたわけさ』
「……あの人ってなんなの、というか、あの魔力どうなってんの?」
『あー、そこは今、気にするのはやめときなよ。気持ち悪くなるよ』
「そうなの?」
『僕らの魔力はあくまで人間サイズなんだけど、あのひとは違う。
あのひとは『緑の呪文』って特別な儀式によって人間でありながら惑星そのものとつながっているんだ。
つまり──彼女が化け物に見えたのは、彼女の背後に惑星シャク=コターンそのものを検知しちまったからなんだ』
「うわぁ」
『だろ?あのひとには悪いけど、危うきに近寄るもんじゃない──』
「すごい!すごいすごい!」
『……おいマジか』
ミリアはむしろワクワクしはじめた。さっきのおびえた様子は一切ない。
さすがのコータも目を剥いた。
『ちょ、普通こわがるところだろそれ!』
「なんで?正体がわかったわけだし、あの人本人はそんなこわいひとじゃないよ」
『まぁ、それはね』
コータはミリアの反応に、コホンとひとつ咳をした。
『あのひとは──ひとつ間違えると殺されかねない立場だっていうのに、見知らぬ異邦人の僕なんかの身元引受けを、自分から当たり前のように引き受けてくれる、そんな人だよ』
「でしょ?」
『……だから怖くないと?』
「あたりまえじゃん」
『……そっか』
なぜかまったりと、やさしい時間が流れていた。
◆ ◆ ◆ ◆
──それはまぁ、間違いなく油断だった。
ミリアはいろんな事に頭がいっぱいで報連相を忘れていた。
コータはコータで情報不足や、ミリアの事がいろいろあって少し気が緩んでいた。
その状態で部屋の外に出た。
相手が殺意を向けた瞬間まで気づけなかった──それでもミリアより先に気付いたのは、さすがであったが。
『ミリアっ!!』
「え……!?」
その瞬間、コータがミリアの前に飛び出した。
そして──バンバンと大きな音と共に、その体にいくつもの穴があいた。




