アイテムボックスとコータ
2日目夜。
コータの『アイテムボックスの魔法』講座。
『僕は科学技術によるアイテムボックスを持ってる、これはわかるかな?』
「うん、あの大っきなクロヒョウ出したやつだよね。出して」
『君はブレないね……まぁいいや。
まず前提条件だけど、僕のは空間制御技術によるもので魔法じゃない、つまり生身のミリアには扱えないわけだ。
だけど心配いらない、
僕は「空間魔法 」も扱えるから、そちらのアイテムボックスを教えるよ』
そういうと、コータはミリアから少しだけ離れた。
『さて、まずは一番簡単な「小さなポケット」を作ってみる』
「どういうの?」
『こういうのさ』
空間に小さな入口ができた。
『手をいれてごらん。あんまり入らないけど』
「えっとね……ほんとだ、なんか壁がある。小さいね」
『いい疑問だ、そう、どこにもつながってないからね』
出来のいい弟子の反応を喜ぶように、コータは続けた。
『アイテムボックスとはつまるところ、本人以外誰も干渉できない荷物置き場だ。
大きなリュックに荷物をいれて背負う必要もない。とても快適だ。
ただし、その使用には相応の魔力を消費してしまう。特に不慣れだと本当にきつい。
だから最初は小さな収納からはじめて、なれるごとに容量を増やしていく』
「あー、だからこんな小さいんだ」
『女の人の場合、最初はハンドバッグの代わりにするってよく言うね。
慣れると最終的に化粧台と下着、外出用着替えって感じで広げていくんだって』
「なるほど」
『あとの特徴は、ほら』
「あ」
コータが移動すると、その入口も一緒に移動した。
『開いたまんまでも、僕が移動すればついてくる。
これは特別なことじゃなくて、僕が起点になった空間だからだよ。
バリエーションとして、自分の影を入口にした「影収納」とか色々あるよ』
「すごいすごい!ゲームみたい!」
ミリアが楽しそうに笑った。
『なかなか便利そうだろ?
それからね、実はもっとすごいメリットもあるんだよ。言うの忘れてたゴメン』
「なになに?」
『これ、生き物が入れられる。実は高度な術になると生き物が結構ダメなんだよね~』
「コータも入る?」
『なんで僕を収容するのさ。やだよ』
「ンーでも、ペット禁止のとこでもコレで入れるんじゃないかな?」
『……その発想はなかったな。おもしろい、できる?』
「やってみる」
そしてミリアは胸元に手をやって、ごそごそと何か操作しはじめた。
『え、なんでそこなの?』
「まってて」
『え、ちょ、』
そしてコータをむんずとつかむと、胸元に押し込んでしまったのである。
『おいおい……おや、視点が高い』
ミリアの胸からコータの頭だけ生えていた。
「特等席」
『……たしかにおもしろいアイデアか。だけど、なんで胸元?』
「検査と称して胸をさわるセクハラ野郎に鉄拳制裁。コータが」
『僕が!?』
「けど有効、どう?」
『……たしかに面白いね、でも僕ひとりじゃ使いようがないよ』
「大丈夫、私がいる」
『はいはい、まぁボルダまでよろしくね』
ツッコミ役不在の中、ひとりと一匹は楽し気にうなずきあうのだった。
◆ ◆ ◆
深夜。
トイレにたったミリアは、途中にある休憩ブースでお茶を飲んでいた。
そして、さきほどの事を思い出していた。
(あれでも反応なしか……大きさが足りないってことはないよね、人間だからダメ?)
自分の胸を見下ろした。
Dカップでは足りないと言われたら仕方ないが……そういう問題ではないとミリアは感じていた。
コータにつげてない事がミリアにはあった。
それは、昼に訪れた精霊界のことだ。
あまり詳細な話は向こうでも教えてもらえなかったが、驚くべき情報を得ていた。
ただ、あくまで彼らが見たことだけで「詳しくはコータ本人にきけ、仲良くしたいならば」と釘をさされた。
コータは精霊界にとり『来訪者』でなく『漂着者』なのだそうだ。
精霊界にコータが現れた時、彼は死にかけていた。
意図して入り込んだのではなく、事故で漂着したと判断された。
ありえない事だった。
精霊界はじまって以来の大騒ぎになった。
そして得られた結論は──なんと世界の外からの漂着だった。
世界の外から精霊界に漂着など普通は無理だ。
そもそも精霊界は物質世界の外になんてつながってないのだから。
ではなぜ?
その鍵は──コータにかかっていた空間魔法と、転送当時の彼の意識。
ひとのいない場所に行きたい気持ちがコータにあったのだろう。
そしてこちらの世界に突入の瞬間、空間魔法が発動。
結果として空間魔法が彼の望むまま、彼を精霊界に運んだのだろう──そういう話だった。
そう。
コータはつまり、世界の外からの客人なのだ。
そのキーワードは、コータがお気に入りだったミリアの心を激しく震わせた。
ミリアのそんな反応をよしと見たのか、妖精たちはもう少しだけ教えてくれた。
『ミリア、コータに関わるつもりなら、コータを支えてあげてくれる?』
「ささえる?」
『コータは帰る場所も寄る辺もない。
定命の者でない自分たちでは、世話はできても助けられない。
遠くの星にいる世話役の女も、その立場にはなれない。
彼にはそれが必要なの。
どう?ミリア、できる?』
「……やる!」
ミリアはきっぱりと答えた。
ただ「猫かわいい」だけでコータを独占し続けるほどミリアは平和な性格をしていない。
コータは、彼女が関わった中でも飛びぬけてお人よしで、しかも可愛い。
できれば今後も関わり続けたい。
状況次第ではコータのビジネスパートナーなり、助手などできればいいなとも考えていた。
何かうまい方法はないものか。
結局ミリアはコータが探しに来て叱られるまで、まったりと休憩ブースでお茶を飲み続けていた。




