プロローグ
『宇宙開発断念』
『資源をとるならともかく異星やステーションへの移民とか、そんなの所詮は夢物語ですよ、でも夢だからこそガ●●ムは人気があるのでしょ?』
「なんだかなぁ」
ミリアは、ゆっくりとためいきをついた。
ニュース画像を閉じて、スマホをポケットにおさめた。
空は晴れ渡り、風はない。
ミリアが歩いているのは川辺だが、本来なら高校生である彼女がここにいるのはおかしい。
だって今日は平日なんだから。
「夢物語ねえ……ハッ」
バカにしたようにミリアは笑った。
とはいえ、自分じゃ何もできないという意味では、ミリア自身もその頭のおかしい解説者を笑えなかった。
だからミリアの笑いは自嘲をこめたものだった。
そして再び、空を見上げた。
──わたしは宇宙にいきたい。
どうしてそう思うのかミリアにもわからない。小さい時からの執着のようなものだ。
だけど、いわゆる宇宙飛行士になりたいわけではない。
地球で言うソレになったところで、自分の願いがかなわないこともミリアはよく知っているのだから。
誰かに話したこともない。
そもそも話せるような味方がいない。
誰かに宇宙に行きたいなんて言おうもんなら、家の空気がとても寒々しく怖いものに変わってしまう。
両親?
あれは親ではなくて、両親面した冷たい目の他人でしかない。
ただ、へたにつつくと、黒衣や白衣のやばそうな人間がわらわら出てくるので刺激したくない気持ちもあるが。
(……)
ふと目をやると、野良だろう猫が子猫をつれて道を渡っていく。たまに、よそ見をする子を長いしっぽで上手にいなして、驚くほどスムーズに人間の横断歩道を渡っていく。
(うん)
たぶん、あれが一般的に言うところの『母子』なんだろうとミリアは知っていた。
なぜか?
それに値する風景が、幼い時の記憶にあったからだ。
『まんま、まんま』
『そうよ、ミリアちゃん。マーマ』
『まんま』
『うんうん、かわいいミリア』
それは実母の記憶。ミリアにミリアという名をくれた、やさしい女性だった。
今の家の連中は母の存在すらミリアの夢物語と全否定し、ミリアを変な別の名で呼ぼうとするのだが。
でも、そのたびにミリアの中が熱くなって、そんなミリアを見る彼らは理解できないものを見る目をするのだ。
そしてついに彼らは、ミリアを別の名で呼ぼうとするのをやめてしまった。
眼の前の猫の母子に視線を戻した。
(うん)
やはり、親子というのはこっちだろう。
それに比べて、うちは……まぁ言うまでもないか。
そう。
あれは親どころか、敵なのだから。
昼下がりの風景は、どこまでものどかだった。
そんな中、とぼとぼと帰宅の道を歩く。
大抵のクラスにひとりくらいは、いてもいなくてもいいような生徒がいるものだ。
目立つことなくそこに「いる」だけ。
人づきあいが苦手で、周囲のコミュニティにもうまく入れず友達もなく。
成績だって中間くらいで、良くも悪くも全く目立たない。
授業の都合で誰かと組むとなったら、間違いなく最後にとり残されるタイプ。
いじめの対象になる事もあるが、そもそもそれ以前に「そういう子がいる」以上に認識されていない存在。
ひどい時には「ざしきわらし」だの「宇宙人」だの言われる始末。
学校では、ミリアはそういう子だった。
それでも中学までは良かった。良くも悪くもアットホームなところがあり、周囲がミリアをひとりにしなかった。
だけどそれでも、一緒の高校にいこうと誘ってくれる友達はいなかった。
そして高校に上がると同時に、彼女の居場所は学校にはなくなったのだ。
(でもまぁ、仕方ないよね)
ミリアは、青い空を見上げて思う。
なんのとりえもなく、話もへたくそで、綺麗でもない。
好きなものと言えば本くらいだけど……。
でも、読書が好きなだけの暗いコに好んで近寄ってくる人なんて……。
(……それに、ね)
ミリアはもう一度空を見上げる。
空は何も変わらない……変わらないのだけど。
(どうしてだろう……空を見ると切なくなるのは)
物心ついた頃からミリアはそうだった。
青空を見上げると切なくなる。
ずっと昔、とても大切なものを失くしたような。
そんな気持ちが、ミリアを悲しくさせるのだ。
──わたしは宇宙にいきたい。
その感情はミリアの魂を揺さぶる。それが何かもわからないままに。
だけど。
最近やってきた『両親』は、ミリアが宇宙の話をすると機嫌が悪くなった。
今までの『両親』の中では良心的で頼れる方だと思うが、宇宙についてミリアが話そうとすると、とたんに顔をこわばらせた。
そして「もっと女の子らしいもの」に目を向けさせようとしたりした。
理由はわからない。
いまの『両親』は前の人たちのように本当の母を否定せず、命日にはお参りにもきちんと連れて行ってくれる人たちなのに。
一度は少し期待もしたのだけど、ああ、この人たちもそうなのかと失望した。
ミリアがたくさん本を読むようになっていったのも、元々はそういう「周囲への失望」が原因だった。
彼らが答えてくれないことも、本なら答えてくれる。
図書館で、童話のふりをして宇宙の本をこっそり読む事だってできる。
他にもネットで調べたり、ミリアはひとりぼっちで情報を漁り続けて。
そして気づけば、すっかり内向的な娘になっていた……。
「さて、どうしよっか?」
居心地の悪さに、青空の下に逃げ出したのはいいけど今日は平日だ。
いきなり帰ってもいいだろうが、さすがにちょっともったいない気がする。
「んー……」
だが、どこか行きたいところもない。
「うん」
やっぱり帰ろう。
家人には小言を言われるだろうけど、それは帰ってきてからの事。今はいない。
とりあえず帰り、今日の授業ぶんの自習をしよう。
終わったら好きな本を読もう。
「よし」
口に出して、何か確認するかのようにミリアはうなずいた。
そして家路についた。
◆ ◆ ◆
変な乗り物が停まってるのにミリアが気づいたのは、もう家のそばまで来た時だった。
よりによって自宅の前。
(なに、これ?)
それは変、としか言いようのない乗り物だった。
大きさは自動車くらいで、色は灰色。
車輪がどこにも見えず、そして全体的に丸い。
ただ、車輪がないのに乗り物だと感じられるのは、運転席らしきものが外から見えるからだ。
ただし。
(……これ、クルマ、なのかしら?)
外から見える装置類が、とてもクルマのそれには見えないのだけど。
だけど、そのクルマのようなものの奇妙な形には、なぜか覚えがあった。
ただしその記憶は。
『ミリア、ごめんよ』
『お父さん、いっちゃヤだっ!!』
かすかな、でも胸が締め付けられるような記憶が蘇った。
でもソレは、ありえないことだった。
なぜか?
ミリアは父親のことをほとんど覚えておらず、母には大きくなったら教えると言われていた。
そして今の周囲の者たちには、父親は死んだと聞かされていた。
そんなことを考えつつも運転席と思われる方に目をやったミリアは、そこに座っている者を見て目を丸くした。
(え?)
斜め後ろから見ても、それはどう見ても人間ではない。まるでそれは……。
回り込んで見たミリアは。
(ね、猫!?)
そこにいたのは猫だった。
いや、正しくは、人間のカタチをして、人間の服を着た巨大な猫だった。
運転席でクークー寝ていた。
(なに、これ?)
フィードバックする記憶と、そしてナゾの乗り物とおかしな巨大猫。
意味不明の状況にミリアはフリーズしていた。
ミリアがぼっちなのは性格的な問題もそうですが、当人自覚ないですけどズレた性格のせいもあります。
素材は充分にかわいいのにおしゃれに飾らないし、いつも遠くを見ているような雰囲気とか。