空間魔法
2日目昼。
空間魔法の勉強をすることになった。
『ミリアは空間魔法っていうと、何を想像する?』
「んー、町まで一瞬で帰る?」
『ああ、剣と魔法のRPGってやつによく出てくる、なんか都合のいい町まで帰る魔法かな?』
「うんそれ」
『ああいうのは確かに目立つし派手だけど、空間魔法の面白さとしてはちょっと微妙かな』
「どういうこと?」
『あまりに有名すぎて、陳腐化しちゃってるみたいなところがあるのさ。
それに、そっち系は科学の力でエミュレートもされてるしね』
「……よくわかんない」
『そうか……だったらホラ』
「あ」
コータの長いしっぽの先が、すうっと消えた。
「消えた?」
『ちょっと空間をずらして、別の空間にしっぽを入れてみた』
「すごい!」
『いやいや、これこそが空間魔法の基本中の基本なんだ。
知ってるかいミリア?
この船は今、ハイパードライブつまり超光速飛行をしているけど、広い意味じゃハイパードライブも空間魔法の一種なんだぜ?』
「え?どういうこと?」
『だからさ、このシッポみたいなことを魔法でなく純粋な科学技術でやってる、違いはそれだけなんだ。ほら』
「あ」
別のところに穴があいて、そこからコータのしっぽの先が出た。
『その出口の穴が、1光年向こうにあると思ってごらん?ほら、ハイパードライブの完成だ』
「……そんな技術なんだ、ハイパードライブって」
『そうだよ、おもしろいだろ?』
コータはそれだけ言うと、獣が伸びをするように体をのばし、ぷるぷると震えた。
「あはは」
『?』
「なんでもないよー」
『まぁいいけど』
そういうとコータは、しっぽの先がある方の出口を消した。
「……」
ミリアがそれをじっと見ていた。
『で、いいかいミリア。
今のでわかるように僕ら空間魔法使いにとって、世界とは縦・横・高さじゃないんだ。
世界は重なり合った多層構造でいくつも存在して、僕らはその間に穴をあけることができる。
ま、とはいえ、それらのほとんどは何もない、ほんとにただの空間なんだけどね。
でも、中にはその空間の中に別の森羅万象があり、それだけでひとつの世界を形成しちゃってるのもある』
「そうなの?」
『ほら、よくファンタジーな物語で魔界だの、あるいは神界だのって話が出てくるだろ?
ああいうのは空想の産物のことが多いんだけど、実は実物を見て書かれてるやつもあるんだよ。
実際、その証拠に似たような話が銀河の各地にあるわけだしね──ミリア?』
ふとみると、ミリアが空間をあけて中に手を突っ込んでいる。
そして次の瞬間、コータの尻尾に強烈な違和感が。
『うわっ!!』
コータが空間からしっぽをひきぬこうとすると、なんとミリアが釣れた。空間の向こうからしっぽを捕まえたようだ。
そして、ずるずると抜けてくると、反対側はミリアが穴に引き込まれて消えた。
で、コータの尻尾につながってミリアの全身が出てきた。
『何やってんの!』
「ん?できるかなって」
『ばか!空間には有害なのもあるんだ、うかつに入り込むと死ぬこともあるんだぞ!』
「げ」
『いきなり使いこなしてるのは凄いけど、2度とやるんじゃない!』
「……わかった、次からは断ってからにするね!」
『やるなと言ってるの!』
「はぁい」
しかし興味の方が勝っているのか、ミリアは小さな空間を作っては広げ、また閉じて遊びだした。
「ねえコータ、これってどこでも開けるの?」
『聞いてないし……あー、あくまで隣接する空間だけだ、別の世界とかにはつながらないぞ』
「そうなの?」
『ああ、それはもっと高度な技術が必要になる』
「そっかぁ……ねえねえ、なんか面白そうな町が見えるんだけど?」
『別の町?ちょっと見せて』
「うん」
覗き込んだコータは「ああ、なるほど」と納得した。
『ああ、精霊界か』
「精霊界?」
『さっき僕が開けた先だよ。同じ空間につないだんだろ?』
「うん」
『精霊界なら空気があるからね。わざとそうしたのさ』
「そっか……やっぱり住人がいるの?」
『いるよ、でも人間は基本的にいないかな。
精霊界ってのは精霊と、精霊に懐いてる妖精が主に住んでるんだ』
「おお!」
『……楽しそうな期待してるのに悪いけど、ものすごく危険だぞ。油断したら2度と戻れない』
「なんで?」
『人間おことわりなんだよ基本。
精霊や妖精に気に入られたら別だけど、それはそれで危険だしね』
「?」
『長居すると死ぬか最悪、ひとじゃなくなるから──はぁ、止めても無駄っぽいな』
ワクワクしているミリアを見てコータは説得をあきらめた。
何もないとこから腕時計のようなものを出すと、くわえてポイとミリアに飛ばした。
「なに?」
『タイマーだよ。15分にセットして、ゼロになる前に帰ってくること。あと中での飲み食いは禁止。これを絶対守ること!』
「なるほど、15分以内で、中で飲み食いは絶対ダメね。わかった、ちょっと行ってくる!」
そういったかと思うと、そのままミリアは空間の向こうに消えてしまった。
『はぁ、やれやれ……まぁミリアなら死ぬような事はないだろうけど』
どうやらコータは困惑しているようだった。
『これで精霊と相性バッチリだったりしたら……僕の手にはおえないかもしれないな。
その場合は誰かに相談するしかないか』
そして14分を少し過ぎた頃、ミリアは戻ってきた。
何もなさげな顔をしていたが、コータはしっかり気付いた。
『ミリア、誰に何をもらった?』
「え、なにが?」
『僕が気づかないわけないだろ。で、誰に何をもらった?』
「あー……えっとね、羽根のはえたちっちゃい子たちに囲まれた、すんごい美魔女のおねーさんが『祝福じゃ』って」
『……よりによって精霊女王か』
そうきたか、とコータはためいきをついた。
「あ、やっぱり知ってるんだ」
『やっぱりって何だよ?』
「コータが最近遊びに来ないって。ちっちゃい子たちも『コータはきてないの?』って言ってたよ」
『……とりあえず気にしないでいいよ』
コータはそれだけ言うと、開いたままだった空間を閉じた。
『その祝福は、こうやって入口を開かなくてもあっちの世界に行けるやつだよ。危険な時間制限からも守られる。
いい祝福なんだけど、でも、それでも油断すんな。長居もダメだぞ』
「なんで?」
『あいつら、僕らとタイムスケールが全然違うんだ。
ちょっと遊びにきて、気づいたら200年たってました、なんて事になったらどうする?』
「うわぁ……わかった、気を付ける」
思いっきりミリアは眉をしかめた。
『他の空間で似たようなことがあっても、だいたい同じだからな。妖精とか悪魔とか、あの手の存在の前で油断したら100年なんて一瞬だぞ』
「うっへえ。夢みたいないいとこなのに」
『そりゃ違う、逆だよ』
「え?」
『夢みたいなとこじゃなくて、本物の夢の世界だからね。現実世界なんて彼らにはどうでもいいんだ』
「……」
『まぁ、そうだな。人生もう終わりって状況になった時、それでも向こうに住みたいならその時に悩めばいいさ』
「……」
『ミリア?』
「……ああそっか、そうなんだ」
なぜかコータを見て、ミリアは何か納得顔でウンウンとうなずいた。
『いやいやミリア、なに勝手に納得してんの?何か誤解してない?』
「あはは、なんでもないよ、うんわかった、気をつけるよ。……でもコータ?」
『なに?』
「たまには顔を出してあげてよ。みんな寂しがってたよ?」
『……そうだな、まぁ、気が向いたらな』
「うんうん」
コータはミリアの才能に気づいていたが、でも、逆にいうとそれが限界でもあった。
つまり非凡と気づいてはいるが、そのスケールを読み違えたわけだ。
実のところ、ミリアの才能は……。
いずれコータは自分の間違いに気づく。
だけど、それは今ではないのだろう。




