怪しい老人とピッケル
売店で購入した缶コーヒーは小さい190ccのものだったので、ミリアでもすぐに飲み干してしまった。
普段缶コーヒーを飲まないミリアには「もう終わっちゃった」程度の感覚だったが。
「えーと、あ、そこの、えーと」
『お呼びでしょうか?』
「!?」
ミリアが呼称に迷っている間に、勝手に空気を読んだロボットの一台がやってきた。
「これ、捨ててくれる?」
『わかりました、ご協力感謝します』
ロボットは空き缶を受け取ると、立ち去った。
「……銀河のロボットって空気も読むんだ」
人間でも空気読めないひとがいるというのに、なんという進化。
そんなこんなミリアだったが。
「!」
突然に何かに反応し、コータのように飛び下がった。
そして。
「おっとすまない、驚かせてしまった」
杖をついた老人がひとり、そこには立っていた。
しかしミリアの目線は油断なく、老人の容姿や持ち物を観察していた。
(なに、あれ?)
老人のついている杖だが、何かがおかしい。違和感がひどい。
「ああ、これは杖ではないよ、若い頃の思い出でね」
「……ピッケル?」
「おや、ご存じかな。そのとおり、これは登山用のピッケルだよ」
ピッケルというのは登山で使う杖だが、ただの杖ではない。
山では滑落防止や場合によってはテントのペグにもなるなど、特に雪山、雪渓などで欠かせない道具のひとつだ。
でもそれより大事なことがある。
「地球のひと?」
「うむ、私は日本人だよ。おっとこれは失礼」
老人は居住まいをただした。
「わたしの名は江口大介、偽名だが一応日本人だよ。
今は縁あってカルーナ・ボスガボルダで暮らしているんだ」
「私はミリア、ボルダのお父さんのところに行く途中です」
「なるほど、ご親族のところに避難の途中なんだね……しかし、ひとりでかね?」
「とっても賢い猫がついてます。いつもは」
「なるほど、抜け出したのか」
老人は少し考え、そしてうなずいた。
「元気で結構、と言いたいところだけど今は危険だ。今すぐお部屋に戻ったほうがいい」
「あ、はい」
老人の表情と目線にまぎれもない『警告』を感じたミリアは、素直に戻ることにした。
どうやら部屋まで老人は送ってくれるようだった。
「レディをひとりで帰らせるのはね。こんな年寄りのエスコートで申し訳ないが」
「いえ、どうも」
完全に警戒を解いたわけではないが、このひとは問題ない──ミリアはそんな気がしていた。
ミリアは疑問点について質問してみた。
「あの、避難って?」
「なるほど、くわしい話はきいてないのだね……ならば、詳しくはお連れの方に伺ったほうがいいだろう。
わたしはちょうど、日本に残してあったものを処分しに戻っていたんだが、現地担当に避難指示を受けてね。ちなみに貴女は?」
「えっと、星間なんだっけ?」
「ああ、星間トラファガー便の保護サービスか。
となると……君はアレか、トラファガーのエージェントを出し抜いて船内散歩をしていたと?
それはまたすごい」
「あははは……」
「しかし今はまずい、ご家族の元にたどり着くまではおとなしくしておいた方がいい」
「……そういえば昨日、連れが仕事をしたみたいですが」
「なるほど……しかしおそらく、まだ終わってないのではないかな」
「それはなぜ?」
「それは話せない、しかしお嬢さん、油断はダメだ」
「はい」
厳しい言葉に、ミリアは言葉をなくした。
部屋の前まできたところで、別れようとすると老人はミリアを引き留めた。
「ちょっと待ちなさい」
そういうと、老人はポケットの中から小さな、折り畳み傘くらいの大きさのものを取り出した。
何かを操作すると、ピシッと音がして老人のものとよく似たピッケルになってしまった……杖の部分が曲がっているが。
「おもしろいでしょう、ボルダの技術で作ってもらったボルダ式ピッケルです……わたしにはちょっとなじめませんがね。
さしあげます、レディを驚かせたお詫びです」
「え、でも」
「いいんですよ……それに」
老人はミリアに近寄ると、小声でいった。
「これは原始的ながら武器にもなります、きっと貴女なら有効活用できるでしょう」
「!」
「さ、どうぞ」
「……ありがとう、いただきます」
老人の態度と目線に『警告』を感じたミリアは、すなおにそのピッケルを受け取った。
軽そうな見た目に反して、ピッケルはずしりと重かった。
「先が重いでしょう?ピッケルの製作を依頼した工房が間違えてね、変な配分で作ってしまったのですよ。つまり失敗作なんです」
「あー……なるほど」
先が重いということは、叩きつけるような利用に向いているということ……つまりこのピッケルは。
「ありがとうございます」
「いえ、ではまたね」
老人はにっこりと笑うと去っていった。
◆ ◆ ◆
戻るとコータが待ち構えていた。
だけど外出を叱られる前に、手に持っているピッケルについてとがめられた。
そしてミリアが説明したのだけど。
『あー……なるほど、結構すごい体験したね』
「え?」
『その人、ある意味幽霊だよ。地球だと死んでる人なのさ』
「どういうこと?」
『偽名を名乗ったのは、せめて日本人だと言いたかったのさ。
普段は容姿も完全に変えて、別人で暮らしてるんだろうね。
ピッケルをもってたってことは元は登山家か冒険家かな?』
「……どういうこと?」
『たまたま災害とかで死にかけの人を、つい助けちゃったんだと思う。
だけど、死にかけを助けた場合って、元の場所に返すに返せないんだよね、たいてい。
戻したら大騒ぎになっちゃうでしょ?』
「……かえしてあげないの?」
『返せないんだよ』
コータは首をふった。
『逆にきくけどさ、半分サイボーグになった人とか、組織培養した新しい腕をつけた人、返せると思う?
帰れたとしても大騒ぎになって、それこそ家族まで巻き込んで人生めちゃくちゃになるよ』
「それは」
ミリアは反論できなかった。
「その人、日本の身の回りを始末しに戻ってたんだよね?」
『そうだね』
「……」
『ミリア?』
「かなしいね」
『……ああ、悲しいね』
午前の勉強会は、結局まるごとお休みになった。
お菓子を並べ、そして、たわいもない話にコータもつきあった。
話に興じるあまりミリアはついうっかり、売店で缶コーヒーを買った話をし忘れてしまっていた。




