缶コーヒーと店員
2日目朝。
(あれ、コータ寝てる?)
魔法を習おうと早起きしたミリアだったが、コータが寝ている。しかも妙に疲れた感じだった。
(んー、仕方ないなぁ)
実はミリアが夜通し抱きしめていて眠れなかったのもあるのだが、当事者のミリアにはその自覚がない。
ミリアはコータをやさしくなでると、スンスンとニオイを嗅いで「ヨシ」とナゾの納得をする。
ベッドから起き上がり、シーツがめくれた。
ミリアは全裸の上にスリップのような薄手のやわらかい下着を着ていた。
コータいわく、地球式のものではないらしい。
全裸の上にこれ1枚と言われた時は思わずエッチと答えたミリアだったが、たしかに着心地は最強であった。暑くも寒くもなく違和感も皆無。
(こんなの当たり前になったら、地球の下着なんかもう着れないよね)
しかも見た目もいい。
間違いなくお気に入り一直線だが、ひとつだけ問題がある。
(これ、いくらなんだろ?)
あまりお安くはなさそうだった。
コータいわく、猫という外見のせいか女性の護衛仕事が時々あるそうで、最低限の着替えは自前で揃えたらしい。
つまりこの下着もコータのポケットマネーというわけだ。
しかし問題がある。
ミリアの価値観でいうと、他人のお金で買った下着というのは──どうにも落ち着かない。
おかしな環境で育ちはしたが、これでもミリアは思春期の女の子なのだ。
地球ではこういうのの担当は同性だったので気にしなかったが、コータは猫とはいえ異性。
さすがに気になる。
それに。
(そもそもコータって、猫じゃないよね?)
状況で押し流して独占しているわけだが、そもそもミリアの認識ではコータは猫ではない。
では中の人は人間かというと、それも違う気がする。
人間の男や女の目線を根本的に感じないのだ。ぶっちゃけ本物の猫と大差ない。
だからミリアにはコータが人間とは思えず警戒も働かないのだけど。
しかし同時に違和感も強い。
(もしかして、猫の地球人だったり?)
ファンタジックだが、ありえないことではないとミリアは考えている。
銀河にはアマルー族という猫が人のように立ち上がった宇宙人がいるわけだし……そう、トラファガー便の手紙をもってきた、あの人間サイズの猫の人だ。
(別の世界の地球人……って、さすがにそれはないか)
それは、ちょっぴりファンタジーな気がする。
実はミリア、科学の徒ではあるが異世界の存在はともかく、いわゆる確率世界という意味での並行世界についてはファンタジーだと思っていたりする。
だから、少なくとも恒星間航行する宇宙船の中で考えることじゃないと思っていた。
コータが普通の猫に見えるのだって、実は幼児期は猫と区別がつかないとか、そういう種族がいるのかもしれない。
そもそもコータの本当の種族がなんなのかすらも、ミリアは全然わかっちゃいないのだから。
──ただし。
(だったら、別に私のにしてもいいよね!)
何が「だったら」なのか全く不明だった。
ミリアのその思考はどこか、犬などがお気に入りのものを宝物にするさまにも似ていた……が、とりあえずコータが大好きという点ではものすごく欲望に忠実かつ誠実だった。
◆ ◆ ◆
世にも珍しい木造宇宙船の中とはいえ、歩いてみると普通の区画も多かった。
ミリアの興味を引いたのは売店コーナーだった。
ちらっと見たものの、あいにく下着はなさそうだった。
店員がひとり、のんびりしていたが、耳飾りが音もなく震えた。
なにこれと困惑していたら、黒髪の日本人ぽい店員に声をかけられた。
「何か?」
「耳飾りが震えた」
「はい?……なるほど、お客様は地球からいらした方ですね?」
「あ、うん、そうだけど?」
「その耳飾りですが、電子マネー機能がついているのではないですか?」
「あ、はい。そう聞いてます」
「だったら簡単です、振動は『電子マネー使えます』ってお知らせですね」
「そうなの?」
「はい、震えたお店では電子マネーが使えるということです」
そういうものかとミリアは思った。
日本の電子マネーとは少し仕様が異なるらしい。
「店内見ていいですか?」
「はいどうぞ、清算したい時は私たちに質問するか、そこの『デュイロ』マークに耳飾りのある側の指で触れてね」
「はい」
デュイロってなんだろと思ったが、店員の示したところにΘに似たマークがあった。これが『デュイロ』なのだろう。
商品棚を見回してみると、なんと日本で見慣れた小さな缶コーヒー飲料があった。
ところが、マーキングは日本そのままなのに、説明書きがすべてボルダ語だった。
なんだこれ?
驚いたミリアだったけど、とりあえず買ってみることにした。
「これどうします?」
「手にとると清算を求められます。あとはさっき言った通りにしてください」
「はい」
ボトルを手にとると、脳裏に『清算願います』というメッセージが響いた。
そして耳飾りが左耳にあるので、左手の人差し指で『デュイロ』にふれると。
「お」
やはり耳飾りが震えて、脳裏に貨幣単位で「12」が減ったことが表示された。
「はい購入できました。お買い上げありがとうございます」
「ありがとう。12減ったんだけど、これっていくらなんでしょう?」
「12?……その耳飾りはどちらで?」
「預かりものですが……ええと」
説明に困っていたら、店員がポンと手を打った。
「失礼ですが、あの黒い猫さんのお連れの方ですよね?」
「あ、はい」
「だったら、おそらくアマルー中央の仕様になっているのではないかと。
アマルー中央の貨幣単位『パイル』ならば、ちょうどその缶コーヒーは12パイルになりますので」
「あー……あれ、でもそれって、もしかして星ごとに貨幣が違うって事?」
「はい、正しくは星でなく文明圏ごとになりますが、違いますね」
「めんどくさそう……」
ミリアは、進んだ銀河文明なら貨幣くらい統一されてるんじゃと考えていた。
しかし店員は「そううまくもいかないんですよ」と苦笑するだけだ。
「そもそも貨幣を統一するうまみがないんですよ」
「え?」
「不思議に思われるかもしれませんが、銀河文明では文明圏間の現金取引が非常に少ないんです。貨幣の統一のメリットがほとんど感じられない程度には」
「え、ないんですか?物資の流通とかは?」
「銀河文明では物資は現地でニーズにあわせて素材から合成するんです。直接遠方と流通はいたしません。
この缶コーヒーもそうで、現地生産のためのロイヤリティを支払って生産しているわけです」
「うわ……流通業界終わってそう」
「流通ならありますよ。付加価値が高いものに限りますが」
「え、あるの?」
「現物自体に意味のあるものです。芸術作品、楽器、お酒などの嗜好品がこの代表格ですね。
これらは合成せず、現物取引したり交換したりで対応します。
他にもいろいろと例外がありますよ。
これらは専門の業者もいるほどです」
「そっか、ありがとう、ところで飲んだら空き缶はどうするの?」
「こちらに返してくださっても結構ですし、そのあたりのロボットをつかまえて預けてもかまいません」
「ごみ箱はないの?」
「あるにはありますが、ロボットを呼ぶ方が喜ばれます。
飲食物はニオイが広がることもありますので、それが一番望ましいのです」
「なるほど」
ミリアも納得し、うなずいた。
それを見た店員も、どこか満足げにニコニコしていた。




