猫と少女
元のところに戻ると、そこは先ほどの屠殺場の如き惨状がウソのように静かだった。
壁やドアに遮られているのだから当然といえば当然だが。
コータはその穏やかな雰囲気にため息をつきかけたが、しかしミリアに意識を向けた途端にイヤな予感がした。
しかし戻らないわけにはいかない。
『ただいま』
「おかえり~」
ミリアは気持ち悪いほどに満面の笑みだった。
耳にヘッドホンもどきの学習装置をつけたままだったので、とりあえずコータは質問してみることにした。
『なんの勉強してたの?』
「ん、魔法」
そういいながらミリアはヘッドホンもどきを外した。
軽く頭をふり、短めの髪が揺れた。
『魔法?銀河文明の勉強じゃなくて?』
「そっちも少しやった」
『少しって?』
「ん、ボルダの歴史と銀河連邦との関係?」
『あー、なるほど最低限だね』
「うん」
半分ボルダ人で、ボルダの父親のところに行くのだから、たしかにボルダの知識は重要だろう。
そして、ボルダと銀河連邦は仲が良くない。こちらの知識も必要にちがいない。
しかし。
『もう少し学ぶべきじゃないの?
その学習機、かなり早く学べるでしょ?』
「うん、ちょっとおもしろい。
だけどね、先に覚えたい魔法があったの」
『ほう……積極的だね。覚えたいって、どんな魔法?』
「うん。わたしがやったのは『これ』」
『!?』
いきなりコータの耳元で「これ」というミリアの声が響き、コータは半ば本能的に飛びのいた。
しかし声はそのまま追いかけてくる。
『おもしろいよねえ、これ』
『いやいやいや、なんでいきなり「空間魔法」!?』
「え?」
不思議そうなミリアに、コータは何か理解した顔をした。
「空間魔法?」
『あー、自覚なしか……これだから才能あるやつは。わかったわかった、説明するよ』
「???」
『ミリア、君もしかしてさ、今やったのって、身体強化の延長みたいに思ってない?』
「え、違うの?耳を強化して遠くの音をきいたり、そういうの続きだよね?
コータ、人が一番かんたんに、すぐ覚えられるのは身体強化なんでしょ?」
『ああそうだよ、だって一番簡単だからね』
筋力アップして重いものをもったり、とにかくイメージとしてもわかりやすいのが身体強化。
だから特に勉強しなくても、普通に使っている人か多いものでもある。
『あのねミリア。
目を強化して遠くをみるのは、たしかに強化だよ。
でもね、人間の目は光をとらえる臓器だからさ、いくら頑張っても壁の向こうは見えないんだよ』
「え、そうなの?でも?」
『壁の向こうをみるにはね、何とかして光に壁を超えさせて、目にその光をとどけなくちゃならない。
その方法はいくつかあるけど、人間の体をいくら強化しても壁の向こうは見えないのさ。
なのに君は見えた。
それはね、無自覚に身体強化以外の魔法を使っているんだ……まぁ空間魔法と断定したのは僕のセンサーだけどね』
「んー……そうなの?」
『ミリア、おめでとう。君は先生もなく全くの自己流で、初歩とはいえ空間魔法を発動させていたんだよ』
「……それってすごいの?」
『とてもすごい』
「おお!」
ミリアは満足げに笑った。
『そういうことならカリキュラムを変更しなきゃだね』
「どうするの?」
『まず魔術傾向を調べよう。
ぶっちゃけ、ミリアのその感じだと適性がね……もしかしたら空間魔法オンリーかも』
「オンリーだとしたら、どうなるの?」
『訓練方法を変える必要がある。
全体をまんべんなくやるのでなく、得意分野の魔法だけをガンガンやるんだ』
「あー……火とか水とか飛ばすみたいなのはダメってこと?」
『できるよ、できるけど効率が悪いんだ』
「それはどうして?」
『今ミリアに必要なのは、とにかく魔術の発動になれる事なんだ。
使えば使うほど発動が早くなるだけでなく、魔術の基礎体力である魔力も増える。
これは今後にも言えることだけど、日常的にごりごり使いまくるのは魔法・魔術の基本だよ。
苦手適性の克服なんてのは後でもいい、とにかく今は使いまくるんだ』
「とにかく使う、使わせるのが大切ってこと?」
『うん、そのとおり。
そうそう、使いまくると魔力が増えるのももちろんだけど、術が最適化されて一回あたりの魔力消費も減るんだぜ。
そんで発動自体も早くなるから、信じられないくらい快適になるよ』
「おーがんばる!」
『うん、僕も手伝うよ』
なぜかミリアは真剣にウンウンとうなずき、コータもそれに応えた。
「じゃあコータ、ひとつお願いがある」
『さっそくか。なに?』
ちょっと楽しそうに聞いたコータだったが。
「あのでっかいやつに変身して、それから添い寝」
『やっぱり見てたのか……ダメ』
「えーなんでー」
『あれは戦闘用だし、それに魔法と関係ないよね?』
「けちー」
不満そうなミリアにコータは首をかしげて。
そして率直なところを口にした。
『そもそもだけどミリア、君はこわくないの?』
「?」
『見てたんだろ?僕がすぐ壁の向こうで、何人も殺したのを』
「うん」
『……怖くないのか?』
「ん?めちゃめちゃビックリしたけど?」
『……』
「あのねコータ」
ミリアは苦笑いすると、少し考えるようにしてから発言してきた。
「見てたけどアレ、どう見ても完全に『ヤらなきゃヤられる』状況だったよね?」
『うん、そうだね』
「それにコータは私の護衛でもあるわけでしょ?
つまり必要な戦いでしょ?
それを怖がる?どうして?」
『理屈はそうだけどさ……』
コテンとミリアは首をかしげて、そして言った。
「もしかして、私が日本育ちだから、そういうのに慣れてないだろうって気遣ってくれてる?」
『……』
「その気遣いはうれしいよ、ありがとうねコータ。
けど、私は慣れてるから大丈夫」
『慣れてる?』
「命を狙われるコト」
コータが目を剥き、ミリアが苦笑した。
「日本の……んー、待機場所でも私を攫おうとする人、殺そうとする人、いろいろ来たよ。
あの人たちも隠してなかったしね。
むしろ、庇護下にいないとおまえもこうなるって見せつけてたよ」
『な……』
「頭を撃ち抜かれて死んだとかは、即死だし結構すぐ慣れたよ。
むしろやばかったのは、お腹から内臓はみ出させて死んだ人。あれは正直まいったかな。
けど、何度か見てがんばって耐性つけたよ」
『ミリア』
「なに?」
『それ、わざわざ苦労して耐性つけたってこと?どうして?』
「だって、いつか出ていくつもりだったもの。
でも私女だし、子どもだから。
だったらグロ耐性は重要でしょ。
障害物が死んだくらいで立ち止まってたら生き残れないよ」
『障害物て……いまさらだけどミリア、きみ、ほんとにひどい環境で育ったんだね』
「コータ」
『ん?』
「同情するなら、抱き枕になって」
『ダメ』
「なんでよぅ!」
不満そうなミリアにコータは知らん顔をした。




