戦闘個体
『……』
コータは、その小さい体を微妙にずらし、通路のど真ん中に堂々と立った。
それは絶妙なポジションだった。
当たり前だが小さな猫一匹が通路に立ちふさがったって、人間の通行を邪魔することはできない。
だが物理的にはそうでも、心理的に邪魔することはできる。
位置や体勢をコントロールし、相手を心理的に「邪魔だ」と思わせるポジションにつけばいいわけだ。
別に特殊能力でもなんでもない。
相手の目線や表情から「ここにこう配置すれば相手は不快」というポジションを割り出し、そこに移動するだけなのだから。
単純ではあるが、これでも一種の誘導技術である。
そして。
「なんだこの猫は?」
「よせバカ、おまえ何やってんだ──」
コータを不愉快そうに蹴り飛ばそうとしたひとりの男。それを止めようとする男。
だがその瞬間、コータの姿が陽炎のように揺らいだ。
「「!?」」
刹那、男たちは後ろに下がって距離をとった。
これは当然といえば当然。
ソレが空間制御による揺らぎなのは男たちにもわかる。
警戒は当たり前だった。
黒猫の体が消えるのと入れ替わるように、そこに現れたのは──一頭の黒豹のような大型動物。
だが、その容姿を見た男たちは、まさかと顔色を変えた。
「クァール!?」
「──」
その黒い個体は、ゆっくりと男たちを睥睨した。
そして次の瞬間、まさに弾丸の如き速さで男たちに向かって飛び出した。
「ひぃっ!」
「ぎゃあっ!」
「いやぁぁあああぁぁっ!!」
あまりの速さに対応しきれず、男たちは次から次へと首から血を吹き出し倒れていく。
鮮血にまみれ、驚愕と恐怖の顔で。
だが少し離れたところにいた一人が銃をかまえて──。
「──な、なんでクァールなんかがここに」
「ガァァァァッ!!!!」
「あ」
その瞬間、そのひとりの頭がポンッと、まるで電子レンジで加熱した生卵のように破裂した。
そして、派手に血と肉片と脳漿をぶちまけながら倒れた。
『……』
残った大きな黒豹もどきは、男たちの遺体を睥睨する……きちんと生命活動が停止しているのか、改めて確認するかのように。
『……』
やがて、黒豹の姿が幻のように揺らぐと、そこにはコータがのんびりと座っていた。
『コータ様、感謝いたしますが、できればもう少し綺麗に始末していただけると助かります』
『ごめん、最後のは完全に僕のミスだ……掃除代は請求してくれる?』
『いえ、こちらの不手際でもありますので不要です。
ところでさきほどの戦闘個体、もしかして以前、南銀河メディアの番組に出てきた「クァール」ですか?』
『あー……君にもクァールに見えるんだ』
『違うのですか?』
『違う。地球のクロヒョウって大型動物がモデルだよ……ちょっとデカいけどね』
生物というのは似たような環境で似たような生活史を送っていると、似たような姿に進化してしまうものだ。
アマリリンという言葉はもともと猫人族に似たものという意味だが、銀河では一般に、猫と似たような生き物の総称として使われる。要するに猫のように生活し、同じような狩りぐらしをする動物は、猫と似た容姿になってしまうということ。
つまり銀河には、猫に似た動物がたくさんいるわけだ。
そんな中、とある事情から地球の宇宙ものコンテンツが銀河に紹介される機会があって……そこに描かれていた異星文明の怪物がクァールだった。
どうみてもアマリリンなのに知的生命であるアマルー族以上の大型種、しかもソレで高い知性をもつ野生の肉食獣。
これらの特徴から面白がられ、キャラクタだけが独り歩きしてしまった。
そして結果として、猫科っぽくて黒い大型動物が剣呑そうにしていると、クァールと誤解される土壌ができてしまったのである。
『偶然の一致ですか』
『そうだよ。まぁクァールの外見モデルになった動物の近縁ではあるそうだけど、中身は別物だよ。オリジナルは普通にアマリリンだ。良くも悪くもね』
『なるほど』
なるほどとマザーコンピュータは納得したようだった。
『では常用しない理由は?』
『あの格好だと入出国が面倒くさいでしょ、どこも』
『ああなるほど、危険動物規制ですか』
『そそ』
コータがわざわさざ小さな猫の姿を採用しているのは、人に警戒されないというのが大きい。
いくらコータが好戦的でないといっても、剣呑な容姿をしていてはトラブルの種になってしまう。
護衛対象のミリアに囲われている状況は行き過ぎではあるが、そもそも非戦闘員に警戒されないというのはコータの生存戦略なのだ。
その意味でも、いかにも強そうな黒豹ボディは常用できない。
『コータ様、しばらく通路を閉鎖いたしますので、お嬢様のお相手をお願いします』
『ああそうか、そうだな、わかった』
戻ろうとしたコータに、ひとつの質問がとんだ。
『質問がございます、よろしいでしょうか?』
『なんだい?』
『戦闘ですが、あの姿にならないと戦えないのですか?』
『いんや、今の姿でも戦えるよ別に』
『ほう、では今回ご利用になったのは?』
『この体で戦うと、とんでもないスプラッターになるからね……大型種の爪や牙で殺すのが一番いいと判断したんだよ』
『あー……なるほど、たった一匹を破裂させただけでアレですからね』
『うん、ごめんね』
『いえ、こちらこそご配慮ありがとうございます。では』
『ああ』




