星空と賊?
一日目夕刻。星空の下でお勉強
「ねえ」
『なに?』
「これ、なんで平気なの?」
『そりゃあ環境シールドで隔離されてるからさ。むき出しの宇宙空間に見えるのは見た目だけだよ』
そう言われても、さすがに地球育ちのミリアにはそうは思えない。
だってここは。
彼らが乗っている宇宙船の『屋上』だったのだから。
天井どころかガラスの一枚もない、冗談でもなんでもなく、むきだしの『屋上』だったのだから。
「『屋上広場』って……宇宙船の『屋上』ってどういうこと!?」
『どうしたの?別に環境シールドは普通だよ、この船だけのものじゃない』
地球的感覚だと異様かもしれないが……何しろ学校の屋上みたいなノリで宇宙船の甲板上にいるのだから。
「いやいやいやいやエネルギーの無駄じゃんそんなの!」
『それがね、この船に関しては違うんだよな』
「……なんで?」
あまりに普通のコータの反応に、ミリアは眉をしかめた。
『環境シールドって言い方をしたのがまずかったね、少し言い換えよう。
この船の本体はね、この結界の方なんだよ。船体じゃない』
「???」
『わかんない?
つまりね、まず通常空間と隔絶された異空間があったんだ。こいつはエネルギー消費もなにもなく、ただ現象としてそこに「あるだけ」だった。
で、その「あるだけ」の異空間にエンジンと操縦システムをとりつけて、移動できるようにしたもの……それがこの船の正体なんだよ』
「……なにそれ、全然わかんない」
『そっか。まぁとりあえず、この空間は外から注いだエネルギーで維持されてるわけではないって理解してくれる?』
「もしこの船が壊れたら?わたしたち死ぬ?」
『死なないけど、空間と設備ごと取り残されるね。
まぁその場合は別途、何とかするさ。食料や水が無事なら何とかなるし』
「……」
あっけにとられた顔でミリアは天井をみあげた。
「……へんな船、なんでこうなったの?」
『そのあたりは僕にもわからないな』
「わからないの?」
『逆にきくけど、科学技術一切なしで動く宇宙船って、君は理解できる?基本構造もそうだけど、なんでそんなもの開発したのかって件もふくめてさ』
「……全然わかんない」
『だよねえ、ははは、実は僕も同意だよ。まったく』
「そうね、ほんとに」
ためいきをついて、ミリアは空をみあげた。
そこには遮るもののない、そのまんまの漆黒の宇宙が後方に向かって流れ続けている。
『それじゃあ勉強をはじめようか──ん?』
ふと一瞬、コータは顔をあげた。
「どうしたのコータ?」
『あー……ごめん、ちょっと予定変更かな。これを』
そういうと次の瞬間、何もない空間からポンとヘッドホンのようなものを出した。
「え、なに、アイテムボッ●スってやつ?いきなりファンタジー?心の準備が」
『あのねえ、知ってるでしょ。ほら』
「いや、今のは●次元ポケットというよりアイテムボッ●スだよねえ」
『同じだよ同じ、銀河の技術的にはね』
「そうなんだ。ところで、これはなに?」
『学習機だよ。ミリアはデータ接続できないでしょ?』
地球のヘッドホンに似た道具がそこにあった。
「ヘッドホンじゃないんだ……これでどうやって学習するの?」
『おもしろいだろ、これボルダ人用なんだぜ』
「……どういうこと?」
『魔導コアの話をしたろ?』
「……うん」
『こいつはね、そのコアを経由して君の頭の中にデータを流し込むのさ。
脳波と同期するタイプの応用だけど、コアもちにはこっちが合理的なんだ』
「……よくわかんないんだけど、それ、魔法と何が違うの?」
『純粋に技術的なものだよコレは』
「そうなの?」
『ああ、ただ面白い副産物があるからボルダで採用されたんだけどね』
「おもしろい副産物?」
『ああ──それはね』
コータは、そのヘッドホンもどきの効用をミリアに説明した。
「つまり、これ使うと銀河文明についての学習ができて、しかも魔法も使えるようになるの?」
『んー、そこまで簡単じゃないけどね。
この装置は君へのアクセスにコアを使うわけだろ?
これってつまり、水に入ったことのない人魚の子供を強制的に水流にさらすようなものなんだけど……。
ねえミリア。
生まれて一度も泳いだことのない人魚がいるとして、いきなり水に漬けて上手に泳げるとおもう?』
「……なれるのとは別途、泳ぎの練習が必要ってこと?」
『正解』
ウンウンとコータはうなずいた。
『そんなわけで、しばし勉強タイムにしよう。
さてミリアごめん、ちょっと用があってね、しばらく席外すけどいいかい?』
「いいけど、どこ行くの?知らない人に捕まっちゃダメだよ?」
『……ほんと、君はブレないね。僕をなんだと思ってるの?』
「かわいい猫ちゃん」
『あのねえ』
「ごめん冗談、でも気をつけて」
『ああ』
◆ ◆ ◆
屋上広場を出たコータは、背後の扉が完全に閉まったところで問いかけを発した。
しかし誰もいない。
『マザー、ちょっといいか?』
『はい、コータ様』
相手はこの船のマザーコンピュータだった。
通路の階段を降りつつ話す。
『マザー、さきほどの警報について説明を』
『申し訳ありません、悪意の者なのですが、未知の手法で乗客を偽装、搭乗したようです』
『ん?客じゃないなら追い出せばいいのでは?』
『申し訳ありません、恒星間航行中には簡単に追い出すことができないのです。
あと、災害通報が発せられています。
本船には災害救助機能がないので応じておりませんが、もしも現時点で船外に何かを捨てるなどの動作を行った場合、安全装置がハイパードライブの中止を決定する可能性があります。
そして最悪の場合、被災地に偽装した連邦軍の駐屯地に誘導されるおそれがあります』
おいおい。
『まるでハッキングだな……自動航行システムを悪用されているのか』
『申し訳ありません、対応中ですが現時点の問題には間に合いません。
コータ様、そこは危険です。ただちに「屋上広場」にお戻りを』
『そいつらさぁ、僕が始末していい?』
『対処可能なのですか?コータ様がいくら戦闘型とはいえアマリリンの体では』
『……はぁ、僕をただの猫と勘違いしてくれるのはミリアだけでいいよ』
『彼女はいいのですか?』
『ああ、そりゃ彼女はお客様だし庇護対象だもの』
『そうですか。でも彼女の方は貴方に関わりたがっているのでは?』
『だめだよ冗談じゃない、あんな子を関わらせる世界じゃないって』
『ですが彼女、たぶん第一級の才能持ちですよ?』
『……マジで?』
『はい、マジです』
コータは少し考えて、しかし。
『いやいやいや、そんなことになったら彼女のお父さん大激怒だって。
って、言ってるうちにお客さんか。やっちまうよ』
『仕方ありません、しかし危険と判断したら介入いたします』
『わかった』
そんな話をしているうちに、通路の向こうから5名の男が現れた。




