移動開始とアンドロイド
目的地の惑星ボルダに船が到着するには、一週間ほどかかるとのことだった。
『まずは中継点の「ロディ」まで3日。そこで地球時間で四時間ほど停泊して、それからボルダに移動だね。移動だけで合計6日はかかるかな?』
その話を聞いたミリアだったが「ん?」と首をかしげてしまった。
『どうしたの?』
「えっと、デムデラ大中継ステーション経由じゃないの?」
『その通りだけど、デムデラのステーションには人間の居場所がないんだよ。
だから名目こそデムデラだけど、実際の寄港地も作業も管理元の惑星ロディの衛星軌道上でさ、補給もロディのスタッフの手で行われるんだよね』
「……なんで素直にロディ経由って言わないの?」
『ロディは反連邦だからね、連邦が聞いてるかもしれないとね』
「大人の事情なんだね」
『そういうこと』
縮小しつつあるが銀河連邦の力は決してまだ小さくない。
特にロディがデムデラ大中継ステーションを開設した当時はそうだった。
まぁそういうことだ。
◆ ◆ ◆
6日も漫然と移動に費やすのはもったいない……というのはミリアの主張だった。
「そんなわけだから、わたしに魔法教えて」
『基本魔法はもう知ってるよね?』
「教えた以外のはコータに習ってって言われた」
『まったく、あのひとは。まぁいいや、今後必要だろうしね』
「やったー!」
『この程度ならサービスの範疇だよ。銀河の基本講座ってとこだな』
「基本講座?」
『そういやミリアは銀河文明のことを全然知らないんだよね?』
「あ、うん」
『だったら、銀河文明の概要くらいは学ばないとか……よし、それも追加だな』
即座にミリアのカリキュラムが決定された。
ただし、コータから追加学習の提案があったのは、むしろミリアにとっては意外だったようだ。
「……ありがたいけど、なんで、そこまでしてくれるの?」
『ん?ミリアの要望にない追加学習まで提案したのはどうしてかって?』
「うん」
『別にないよそんなの……しいていえば、ちゃんと君が銀河の知識を得たのを見て、僕はウンウンと自己満足できるだけさ』
「……情けはひとの為ならず?」
『ん?ああそうだな、そんなとこだな』
「……」
『ミリア?』
「コータ、日本人?」
『はあ?何いってんの?猫の地球人なんていないだろ?』
「その体って生身じゃないんでしょ?」
『……だからって、もともとの自分と違う種族になる人はいないよ、ふつう』
「いないの?」
『技術的にできるからって、それを実際にやる人はいないもんだよ。
それは社会とかアイデンティティとか、いろんなところに問題を招くからね。
いるとしたら、世捨て人みたいに暮らしたいとか、そういう人たちだけさ。
人は、知的生命は、自分が今まで積み上げたストーリーの上で生きてるものだからね』
「……不可能ではないんだね?」
『そりゃまぁ……ミリア?』
「なんでもないよ」
クスクスと笑顔のミリアに、コータは首をかしげた。
「それで話を戻すけど、コータってサイボーグなんだよね?」
『地球的感覚だとそうだね。もっともこの体は、バルカ区分だから地球基準だと微妙なところもあるんだけど……』
『バルカ?』
『あー……なるほど、じゃあ今日の銀河関連講義は、銀河式のアンドロイド区分について話そうかな』
「よくわかんないけど、よろしく」
◆ ◆ ◆
一日目午後。『銀河式のアンドロイド区分』について
『銀河では歴史上、大量のアンドロイドが使われてきたんだけど、その理由はわかるかな?』
「んー……わかんない」
『ひとことでいえば、人々の暮らしのサポーターだよ』
コータはミリアを見た。
『まず、高度先進社会では、市民は特殊な例外をのぞき一人暮らしがどうしても多くなる。
これについての説明は後日するけど、今はそういうもんだと思って。ここまではいい?』
「あ、はい」
そうか、銀河はおひとりさまが基本なのかとミリアは思った。
だけど日本も最近はその傾向があるし、そんなもんなのかなとひとり納得した。
『けど、何もかもひとりでやって暮らすのは大変でしょ?それにひとりじゃ寂しいってこともあるよね?』
「つまりホームヘルパーとか、メンタルヘルス対策でアンドロイドが使われてる?」
『うん、そうだよ正解。メンタルヘルスなんてよく知ってるね』
「ストレス社会の基本」
『そっか』
ウンウンと嬉しそうにコータが言った。
『そんなアンドロイドたちだけど、銀河では大きくふたつのグループにわけるんだ。アルバとバルカっていってね。
アルバは基本、知的種族を模した連中で、俗にドロイドとも言われるよ』
「……どう違うの?」
『たしか地球の「アンドロイド」って人類に似て非なるものって意味だと思うけど、銀河でもそういう意味だよ。つまり人間を模した人工物だね。
ただ銀河の場合、この言い方は「人類」のニュアンスが強すぎる。
「人類」は銀河では知的生命体を意味するけど、それこそ地域によっていろんな「人類」がいるからね。
だから「人類」の意味を弱めて、単に「知的生命に似て異なるもの」を意味する「ドロイド」の呼称が広がったのさ』
「へえ……」
コータとミリアは少し前から、日本語とボルダ語の両方で会話している。
日本でアンドロイドがドロイドに変わったのは、単に歴史的事情だったりする。
そのあたりの事情がボルダ語、ひいては銀河の価値観的とも違っているのだという。
ミリアはコータの説明を聞きつつ両方の言語の『ドロイド』とその意味を見比べて「へぇ〜」と唸っていた。
「面白いねえ」
『まぁボルダ語と日本語は違う言語だし、ニュアンスが異なるのはどうしようもないからね。
で、もうひとつのバルカだけど、ここまでいえばわかるよね?』
「アルバが人間型のドロイドってことは、バルカは非人類型ってことだよね?」
『そゆこと……でもこれ、ふたつの意味で曖昧なんだけどね』
「……どゆこと?」
『まず、どこまでがアルバでどこからがバルカなのか、その境界線が揺らぎまくってるんだよね……いやホント』
「あー、明確な基準がないの?」
『ない、歴史的事情だけだね』
「うわぁ……それ、誰も使わなくなるパターンじゃない?」
『そうなんだよね……おかげさまで近年じゃ、ペット以外はみんなα扱いのとこも増えちゃってね。
ふざけんなっての、僕はVだって』
「ありゃりゃ」
何かこだわりみたいなのがあるようだ。
ただミリアも、コータは猫だから猫でいいのというナゾの理論で、Vだという主張には賛成だった。
『でね、もうひとつの問題なんだけど……実はこの分類、地球でいうところのサイボーグとアンドロイドの区別がないんだよ。
ミリアはさ、地球におけるサイボーグとアンドロイドの違いはわかる?』
「んー、サイボーグは中身が人間のやつで、アンドロイドって要は人の形をしたロボットだよね?中に人が入ってないやつ」
『……ちょっと微妙な解釈してるみたいだけど、まぁ、だいたいそれで正解かな。
ところがね、銀河にはその区別がないんだよ』
「え、なんで?」
『αとかVの分類はね、そのボディが何かでしかないんだ。中のひとが何者かは関係ないんだよ』
ためいきをつくコータ。何か不満のようだ。
『別にいいけどさ、おかげさまで僕なんか、行く先々でペットロボットと間違われる始末さ。勘弁してほしいよね』
「あはは」
少し笑ってからミリアは質問した。
「そういや銀河のアン……ううんドロイドって何型とか数字で分類するんでしょ?」
『おや、もう覚えててくれた?そうだよ、アルバとかバルカのあとに何型って数字がつくのさ』
「じゃあさ、コータの体はバルカの何型なの?」
『僕はV5型、医療型も兼務するα5型と違って完全な陸戦・格闘戦用だよ』
「かくとうせん……格闘戦用ぉ?」
ミリアは、怪訝そうな顔でコータをじっと、ためつすがめつ見た。
どう見ても黒猫、そしてかわいい。
少し考えて、そしてミリアはウンウンと笑顔でうなずき、そしてクスッと笑った。
『あ、信じてないな?僕は格闘戦用だって!』
「たしかに最強かも……ねこぱーんち?」
『ちーがーうー!!』
「うんうん最強、コータすごい!よしよし!」
『だぁぁ、勘弁してよもう!!あ、こら、抱きしめンな!』
そしてコータは、ますますミリアに張り付かれる結果になるのだった。
【『アンドロイド』と『ドロイド』について】
コータとミリアの会話は現在、日本語で会話していないのでもちろん『アンドロイド』と『ドロイド』もそれに対応する別の言語です。
ただ銀河では「ロボット」にあたる言葉がなく自動機械も広義のドロイドであったり、ドロイドという言葉の示す範囲が曖昧で、ふわっとしています。
むしろ生身の人間か、それとも合成人間かの相違の方が意味が重い。
脳が人間ならもちろん人間だが、いわゆるテセウスの船状態で生前の部分が全く残っていない人はどちらに分類するかなど、このあたりの境界線は国家や地域により非常に曖昧なのが現状である。
【αとかVの分類について】
『アルバ5型』のように分類と数字の型式を組み合わせますが、分類は現在、こうなっています。
・α→その地域で市民と認識される知的生命体種族かそれを模した系列。
・V→家畜など主要知的生命体に従属する立場のそれを模したものだが、近年は何でもアルバ分類にするのが流行っているので古い種族ばかりになりつつある。現状最も多いVはペット動物であり、そのためコータもペットによく間違われる残念な状況にある。また知的種族でもV分類のものがある。たとえばガレオン族の男性は地球でいう狼に近い姿をしているが、ガレオン男性のサイボーグはV分類のボディが使われている。
【型式について】α・第六版を基準にしています。
・アンドロイド・タイプα
連邦の人型アンドロイドはαアルバシリーズと呼称されている。この『α』には便宜上ギリシャ文字のαをあてているが、読みから選ばれた当て字であり、もちろん本来は銀河連邦のオリジナル文字である。オリジナルの字のカタチはむしろΩオームに近い。
(なお『アンドロイド』や『ドロイド』も類似のオン・ゲストロ語を和訳したものです)
タイプにより7つに分かれる。
タイプ1:家政婦ロボなどがこれに含まれる。最も基本的ではあるが、語学力や料理技能などは十分に高い。中間層以上の家庭には必ずといっていいほど居る。
タイプ2:兵士や艦船の乗組員など、時に危険を伴う作業専任タイプ。彼らは「人間用の設備」を兼用できるようヒトガタをとっている。
タイプ3:いわゆるセクサロイド。アンドロイドらしいリアルな容姿もこのタイプからになる。
タイプ4:ロボットの位置づけであるが、全身サイボーグの『人間』がここに位置する。歴史的事情によるいわば欠番カテゴリ。(そもそも銀河は中の人が人間かどうかで分類を分けていないが、それだと実社会では不便なので、中の人が人間の時は四型扱いとしている)
タイプ5:主に医師型。ただし元々は汎用機体であり、その中でも前線で医療システムの代わりに医療行為をする者が多数生き残り、次第に医療特化となっていった歴史的経緯がある。このため色々なバリエーションがある。たとえば『鉄拳ラビ』のベルナ・ベルロイ級はこのタイプ5のカテゴリに属するが、格闘メインで医療特化の能力は持っていない。
タイプ6:1から5までの総合タイプ。有能だが高価なため、指揮官などの役職につく事が多い。移動力を高めるために重力制御および慣性制御能力を付加されており、空間戦闘もできる。
タイプ7:タイプ6のさらなる特別型。すべてが6型を大きく非常識なレベルで上回っており、戦艦なみの戦闘力と家政婦以上の家事能力、そしてセクサロイドとしての機能も備えた、VIP警護用に作られた特殊クラスである。ただし、銀河的にもあまりにも矛盾した要素を、しかも高度に求められるロマン仕様の権化みたいなものであるため、実用的なものとは考えられていない。銀河で六体(アヤが破壊されたので現在は五体)が確認されているが、どの個体も所属文明の技術力の集大成みたいな位置づけである。




