夢とイヤリングと電子マネー
白昼夢?
いや違う、ミリアはなぜかこの光景を理解できた。
まるで古代神殿のような、不思議な風景。
そして目の前にたつ、夢でおなじみの巫女姿の女性。
【こんにちは、お元気そうでなによりね】
【はい、こんにちは……えーと、なんとお呼びすれば?】
【前にも言いましたがメルでかまいませんよ。この格好はいわゆる仕事着ですし】
そりゃ仕事着だろうとミリアは思った。
なぜなら彼女『メル』は……。
【待って、今、イヤリングと貴女を接続しているから──よし、いいわ】
【?】
【これで貴女とイヤリングはつながった。
使い方は夢で教えたとおり。こんな形をしているけど、これは杖の一種だから。
手に持たずとも、耳につけておくだけで使うことができる】
【あ】
以前の夢で見た風景が、ミリアの頭に蘇った。
【使い方は覚えているようね、よしよし。
わからないことがあったらコータを通して私に連絡するのよ。いいわね?】
なるほど、やっぱりコータとつながりがあるのかとミリアは納得した。
【ありがとうございます、ところで質問いいですか?】
【はいはい、なにかしら?】
【あなたが日本人という話は本当ですが?】
確かに日本人的な顔。体も小さくて昭和の日本人女性みたい。
ではあるけど、見た目だけという気もした。
黒髪もつやつやしていて、まるでミリアと同年代の、しかし昔の人のようだった。
【あー……わたし自身は日本人とは言えないかな、関係がないとは言わないけどね】
【ではなぜ、私によくしてくださるのですか?何度も見た夢とか、あれもメルさん、全てあなたですよね?】
【あら、芽吹く前のつぼみを見つけてしまったのよ。しかも、咲く前に第三者が勝手に散らそう、自分の好きに剪定してしまおうとしていた。
正直、イラッときたわ。
そんなの許せないから、わたしの手で咲かせてあげようと思った。
理由なんてそれだけ。でも十分でしょう?】
つぼみ?
よくわからないが、それが自分のことだとミリアにも理解できた。
【夢に出てきたのは、どうして?】
【わたしは巫女をしているんだけど、ちょっと事情があってね。惑星どころか神殿からも、ひとりじゃ出してもらえないの。だから直接は会えない。
とはいえ、銀河文明経由で連絡をつけるには状況が不穏すぎた。何しろ地球だもの。
だったら、夢を経由するのが合理的だわ。あなたもそう思わない?】
【……なぜその結論になるのかサッパリわかりませんが、とりあえずわかりました】
【使い方は大丈夫?】
【これでいいんですよね『灯火』】
ミリアが右手の人差し指を上に出すと、手のうえにポンと光の玉が浮かんだ。
【ええ、それでいいわ。今まで教えた『魔法』もみんな、あなたの頭の中にありますからね】
【魔法て……あの、私いま、銀河を渡ってよその文明圏に旅してるんですけど?】
ミリアは困惑しながらメルに問いかけた。
それはそうだろう。
宇宙船で遠くの星系に旅している最中だと言うのに、なんでファンタジー映画みたいな話をしているのか。何か間違ってないかと。
しかし、メルはクスクスと笑った。
【あらあら、ボルダの高位神官の娘さんが何を言うのやら】
【?】
【知らないの、しょうがないわね、これはコータが教えるべき案件でしょうに。
いいわ教えてあげる。
そもそもボルダが神聖ボルダといって宗教国家なのは、ボルダ人の体にある、とある器官のおかげなの】
【器官?】
【魔導コア。意思を物理現象に置き換える能力をもった特殊な臓器で、銀河でも所有している種族はあまり多くないわ。研究も進んでいるとはいえないわね。
だけど機能は実に簡単。ほら『灯火』】
ポッとメルの指先に光がともった。
【わたしの体は地球で言う有機アンドロイドのものだけど、ボルダ同様に魔導コアをもつ種族の星で作られたから、こうしてボルダ人と同じことができるわけ】
【なるほど、そうなんですね】
まさかボルダ人自体がファンタジーな人たちだったとは。
そのボルダ人のハーフであるミリアは、思わず目を見開いてしまった。
【彼らボルダ人の文明がそもそも、生命工学と『魔法学』のハイブリッドで構築されているのもそのためよ。持っている能力なんだから有効利用しようとするのは当然よね】
【そうですね、たしかにそのとおりです】
持ってる能力なんだから有効活用する。
それはミリア的にもわかりやすい考えだった。
【ま、くわしくはコータにお聞きなさい。
なんで俺がって言われたら、サボりすぎだって『メル・エドゼマール』が言ってたと伝えなさい。いいわね?】
【は、はあ】
次の瞬間、世界は真っ白になり何も見えなくなった。
だけど最後に、あわてたようなメルの言葉が続いた。
【ごめん忘れてた、それ電子マネー機能ついてるからね。
おこずかいも少しいれといたから、有効活用してね】
【あ、はい、ありがとうございます】
◆ ◆ ◆
ふと気が付くと、ミリアは『灯火』を起動させたまま佇んでいた。
風景は元に戻り、メル・エドゼマールなる女性もいなかった。
すぐに光を消した。
足元でコータがミリアをみあげ、目をむいていた。
イヤリングも耳についている……まるで最初からそこにあったように普通に。
「うん、使えそう」
『ミリア、きみ、どこで魔法の勉強したの?』
「んー、夢の中で習った?」
『なんで疑問形……夢って?』
「それでよくわかんないけど、コータに伝言。サボっちゃダメよってメル・エドゼマールって人が」
『!?』
その名前にコータが仰天した。
『あの人かぁ……そういうことかぁ』
なんだか脱力しているコータ。
いつのまにかコータと離れていたミリアはもちろん、そのコータを抱き上げなおした。
「お知り合い?」
『メルさんはね、僕の身元引受人なんだよ』
「そうなんだ……コータの本拠地ってどこなの?」
『アマルー本星エリアにあるシャク=コターンって星だね』
「シャク=コターン……それってボルダから近いの?」
『かなり遠いよ。物理的にもソーシャルにもね』
「ソーシャル?」
『シャク=コターンはアマルー聖王家の直轄領にあるんだ。
ボルダのあるマドゥル星系からはいろんな意味で遠い地域だから……まぁ同じ銀河にあるし、実は王家筋のアマルー族もコア持ちだから、つきあいは長いんだけどね……ってあれ?僕、魔導コアの話をミリアにしたっけ?』
「メルさんに聞いた」
『了解、ならよかった』
「ところで、そんな遠いならどうしてお父さんの仕事受けたの?」
『そりゃあ僕はトラファガー便のエージェントやってるから……あとは大人の事情かな』
「大人の事情?」
『メルさんがシャク=コターンに赴任した時のことだけど、彼女の行方に関わった勢力が3つあってね。これがアマルー族の聖王家、オン・ゲストロ連合、それから神聖ボルダの大神殿なのさ。ほかにも個人レベルだと、うわって大物がたくさん絡んでるんだけどね』
「なるほど、メルさん元地球人だもんね。いろいろあったわけか……たしかに大人の事情だね」
『理解してくれた?』
「うん」
よかったとコータはうなずいた。
『むしろ僕の方が知りたいかな、ミリアはどうしてメルさんを?』
「会ったこともないし全然知らないよ。ただ、時々夢をみててね」
『……それってもしかして、出会いから魔法の手ほどきまで、全部夢の中ってこと?』
「ん、たぶん」
『……なるほど、よく理解できた』
天をあおぐようにして、コータはためいきをついた。
「コータ?」
『あの人はちょっと特殊な能力をもっていてね、ある条件を満たした人なら銀河どころか、この全宇宙のどこにいようと、夢の中でつながれるんだよ』
「!?」
コータの言葉にミリアの目が点になった。
「ちょっと……なにそのものすごいチート能力」
『いやいや、代償がひどすぎるから。チートなんてとんでもないよ』
ふるふるとコータは首をふった。
『あの人は星辰の巫女といって、一年のほとんどを夢遊病みたいな祈りの中ですごすんだ。仕事もプライベートも関係なく、ただ星の夢の中を漂う存在なんだよ。
本来は人間なんだから、こまめに起きるらしいんだけど、あの人って体をドロイドに取り替えてるもんだからさ。人間なら必要な生物的な縛りがなくてさ。それこそ何日でも、何週間でもそんな状態なんだ』
「え……」
『ミリア、そんな人がまともな人生送れると思う?』
「……難しそう」
ムムムとミリアが困った顔になった。
それに対してコータは続ける。
『あの人は結構長いことシャク=コターンで仕事してるんだけど、ほとんどそうした「夢うつつ」の中にいるんだ。
眠りながら夢の中で巫女の神事を行って、もともと海の星だった惑星シャク=コターンに陸をつくり、水と緑の星に少しずつ変えてるんだ。
しかも、ほんのわずかな起きてる時間も、身内と話をして、それから神殿の子供や僕らの相手に使っちゃうんだよね。あのひと』
「うわぁ……」
ミリアが眉をしかめた。
『こんな物凄いデメリットと引き換えなんだけど、ミリアは彼女の能力ほしい?』
「いらない」
『だよねぇ』
苦笑いするミリアに、コータもちょっと悲しげだった。
『話を戻すけどさ。
そのイヤリングはボルダ人の体質に対応して魔法の起動補助をするものなのさ。
ミリア、どんな魔法を習ったの?』
「えーとね」
ミリアは覚えている魔法を並べてみた。
『ああなるほど基本魔法だね。さすがメルさん、最初の基礎教育はいらないね』
「他にもあるよ?」
『ほう、なに?』
「電子マネー!」
間髪をいれずにミリアは答えたのだった。




