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3.碧(あおい)(2)

碧は、手っ取り早く、一番手前のにした。

日の丸弁当柄の、丹頂たんちょうだ。


デフォルメされた魚体は、にょっきりと突っ立っている。

ちょっと前かがみだ。

碧は、手を下にかざしてみた。


だーっ

ぽっかり丸く開いた口から、水が吐き出されてくる。センサー式だ。

ちょっとグロいな。マーライオンみたいだ。


暁は、居並ぶ錦鯉の頭を、ぽんぽんタッチして行った。

どの錦鯉にしようかな。

うん、あれがいい。

一番奥の山吹やまぶき黄金おうごんだ。


暁は、ぺたぺたと触ってみた。

まるで黄金細工のような魚体だ。

こんなのが泳ぐのかあ。見てみたいな。

澄んだ水のなか、さぞかしキラキラと輝くだろう。


あれ?

横に、何かある。

陶器製のバラが挿さった、細長い花瓶だ。

泡のイラストが描いてある。

ハンドソープかな?


暁は、赤い花弁の下に、手を広げてみた。

しゅうううう

ピンク色の泡が、自動で出てきた。

いい匂い。バラの香りだ。

こんもりと盛り上がった泡は、ケーキに乗っかった生クリームのバラみたいになっている。


「碧、見て!」

暁は、ダッシュで碧の所へ駆け戻った。

目を輝かせて、手のひらを突き出す。


「へえ」

ハンカチで手を拭いていた碧は、感心した。

そして、冷めた声で言った。

「また、ハンカチ忘れたんだ?」

洗い終えた暁は、両手をぶんぶん振って、水気を切っている。


「うん!」

笑顔の常習犯だ。

碧は、呆れた顔で、指差した。

「あそこに置いてあるの、たぶんペーパータオルだよ」


「あ、ほんとだ」

横っちょに置いてある切り株のオブジェから、ぴょこんとペーパーが飛び出している。

『区施設から回収した紙から出来た、リサイクルペーパーです』

そう書いてある。木のうろが、捨てる所だ。

なるほど。


「ちゃんと拭いて来いよ。俺、先に行ってる」

「うん!」


一人、碧は歩き出した。

なんか、やけに静かだよな。

誰も、いないし……。

ほんとに、やってるのかな。


突き当りで右に折れた碧は、立ち止まった。

その先に、またもや不思議な代物があったからだ。


赤い太鼓たいこばしだ。

大きな神社や庭園にある、弧を描いた赤いブリッジである。

「……いや、なんで室内に橋?」


「わあ! なにあれ!」

暁だ。追いついてきた。

スキップしながら、太鼓橋に突進していく


「っと!」

すると、暁が、橋の手前で慌てて急ブレーキをかけた。

後ろから近づいていた碧も、ストップする。


「あれ?」

二人は、顔を見合わせた。


壁だった。

橋なんて、どこにもない。

太鼓橋も、下に敷かれた砂利も。

全てが、その壁に緻密ちみつに描かれた絵画だったのだ。


「だまされたあ~」

「トリックアートか!」

碧が正解を述べる。


見事に、ひっかかった。

廊下の幅が、ここから、かくんと狭くなっている。その出っ張った壁面に描いているのだ。


「ああ、もう。今度、まだ知らない奴と来たら、教えないで黙っていよう!」

「絶対、びっくりするよね!」

碧も暁も、盛り上がった。

誰にしよう。いつ連れてこようか。


すっ

女の子が、碧の横を通り過ぎた。

髪の長い子だ。

児童館から出てきたのかな。

なんだか、横顔が怒っているように見えた。

ちょっと騒ぎすぎたか。


「暁、って、何やってんの?」

注意しようとした碧は、一秒で幼馴染おさななじみ相手にツッコんだ。

暁は、トリックアートの壁をペタペタ触っている。


「この壁、固くないよ。クッションみたいに柔らかくなってる」

「あ~。きっと、突進した馬鹿がいても、大惨事にならないようにじゃないか」

お前みたいにな。


「なるほど。あ、これだけは本物なんだよ」

橋の両脇に立っている、欄干らんかんだ。

本物の柱が、壁にくっ付いている。


「へえ」

欄干の天辺には、擬宝珠ぎぼしが付いていた。

タマネギ形の飾りだ。某低級モンスター、そっくりである。


〔手とゆびを しょうどくしてください〕

二本の柱には、同じ内容が書いてある。

図解付きだ。


1.擬宝珠ぎぼし〔タマネギ型の頭〕に手を近づけて下さい。

2.消毒スプレーが、くびれの部分から噴射されます。

3.それを手と指に丁寧にもみ込んで下さい。


もちろん、やってみた二人である。


「なんか、注文の多い料理店みたいだな」

「なに? それ?」

並んで歩きながら、暁が尋ねる。

両手をこすり合わせて、消毒スプレーをもみこんでいる。

碧も、そっくり同じ動作をしながら、答えた。


宮沢みやざわ賢治けんじの童話だよ。山奥に迷い込んだ紳士が、料理店を見つけて入るんだ」

碧は読書家だ。淀みなく説明した。


店に入ると、扉がある。

そこに、注文が書いてあるんだ。

靴の泥を落として下さい。


言う通りにして、扉から入ると、また部屋には扉がある。次の注文だ。

耳の穴にクリームを塗って下さい。


「へえ。ほんとだ、似てるね」

暁が感心した。

手を洗え。消毒しろ。

その次は?


「ええと。扉なんて、児童館には無かったよね?」

暁が、指さした。

そこには、扉があった。

読んで頂いて、有難うございます。

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