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1.序幕(1)

西センターには、七不思議がある。


公民館と呼ばれていた時代からだから、年季の入った言い伝えだ。


一つ目は、玄関フロアーに飾られている、白鳥の銅像だ。

地元出身の芸術家が、区に寄贈した代物である。

知名度はかんばしくないわりに、結構でかい。


それが、動く。


四羽の白鳥が、羽ばたいている銅像は、それぞれのポーズを取って、緑色に固まっている。

しかし。


ねえ、待って。

左側の白鳥、羽の位置が違うんじゃない?

ああ、そういえば。

真ん中の白鳥って、こんなに首が曲がっていたっけ?


実際に動くところを見たと訴える者は、いないのだ。

それでも、まことしやかに伝わっている。


まあ、ありきたりの怪異だ。

日本全国の小学校を調査してみるといい。

おそらく、9割くらいの銅像が動いていることだろう。

七不思議の定番である。


二つ目は、タイル画の話。

色とりどりの小さなタイルを貼り合わせて、絵柄を描き出す。

一昔前に流行った装飾だ。


この西センターには、紅葉のタイル画があった。

秋を迎え、緑の葉が徐々に色づいていく様が、見事に表現された作品だ。


それが、光る。


紅と緑の葉。枝と幹の茶色。

庭園の池にたたえられた、水を描き出す青。

様々な色のタイルの中に、一つ、二つ……。

ぱらぱらと、光を放つタイルが現れるのだ。

あたかも宝石に変じたように。


驚いて、タイル画に近づいた者は、また驚く。

しっとりと濡れているからだ。

室内なのに。

壁画の世界に、まるで小雨が降り注いだかのように。


それゆえに、タイルをほじくり出して盗む事件が、これまで何度も起こってきた。

だが、結末はいつも同じだ。

あのときは、確かに光り輝いていたのに。

盗人のたなごころには、ただのタイルが一つ。


三つめは、「オーケストラのベンチ」。

利用客が、首を傾げながら尋ねてくる場合は、たいていこれだ。


このベンチに座ると、オーケストラの音楽が聞こえてくるんだよ。

不思議だねえ。他のベンチにいくと、全然聞こえなくなる。

どんな仕掛けなんだい?

素晴らしい音色じゃないか。

まるで、劇場の客席にいるみたいだ。


薄気味悪いから、そのベンチを除けてみても、今度は別のやつが鳴り出す。


ベンチは、館内に山ほどあった。

待合所、休日診療所、図書館、会議室……。

いつしか、訴えが届いても、ほったらかしになった。

だって。ただ、音が聞こえてくるだけだ。

害はない。


歴代の警備員が困ってきたのは、こっちだ。

四つ目の七不思議、「歩く洋服」である。


来てくれ! 出たんだよ! こっちだ!

泡を食った利用客に乞われ、押っ取り刀で駆けつけても、何もいない。


いや、いたんだ!

洋服だけが、ふわふわと歩いていたんだ。

タキシードだったぞ!


これには、バリエーションがあった。

ドレスだった。古めかしい紋付もんつはかまだった。

外国の民族衣装だったときもある。

歩く豪奢な振袖を目撃した老婆は、腰を抜かしてしまった。

こうなると、大騒ぎだ。


だが、おばあちゃんに連れられていた子供が、無邪気に笑った。

「あのさ、ネズミが向こうに逃げてったよ」

「なあんだ。ネズミのいたずらか」

「夜だったからな。おばあちゃん、見間違えたんだろう」


なにしろ、この建物はオンボロだった。

ネズミなんて、山ほど住んでいる。


こんな事件があるたびに、子どもは大喜びで吹聴したものだ。

聞いて聞いて。西センターで、また、七不思議だってさ!


だが、口に出すのさえ怖い話だってある。

それが、五つ目の七不思議。

「手が出てくる噴水」だ。


西センターの噴水は、ちょっと珍しい形をしていた。

池の真ん中に、貴婦人の像が立っているのだ。

沢山のノズルが、ぐるりと回りを取り囲み、貴婦人のウエスト目掛けて水を噴き出す。

すると、きらめく噴水が、あたかもスカートのように形作られるという寸法だ。


美しい噴水である。

だが、この池に入っちゃいけない。

絶対にだ。

指先をつけることすら、決して許されない。


水に触れたら最後。

噴水の池から、手が出てくる。

そして、引きずり込まれてしまうのだ。


浅い水底は、いつしか底なし沼へと変わっている。

ぶくぶくぶく……

沈んでいったら、二度と浮かび上がることはできない。


この七不思議のおかげで、西センターの噴水に、柵はいらなかった。

近づいて悪戯する子供なんて、いるわけない。


螺旋らせん階段も同様だ。

ここで遊ぼうとする猛者もさは、いなかった。

それが、七不思議の六つ目。

「帰れない螺旋階段」だ。


建物に外付けされた、円筒型の非常用階段のことである。

ここを降りる時は、決して走っちゃいけないのだ。


カンカン カンカン!

勢いよく足音を響かせて。

くるくる くるくる

円筒の中を下っていくうちに。

気付くのだ。

いつまでたっても、出口に辿り着かないと。


カンカン カンカン!

耳を澄ませば、階段の下の方から、足音が聞こえてくる。

それは、今でも下り続けている子がいるから。

読んで頂いて、有難うございます。

感想を頂けたら嬉しいです。

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