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 本日一日アデレードとペイトンは別行動をとる。ノイスタインに到着した日の晩餐で決定していた。

 まず、アデレードは朝から卒業式用のドレスの調整にレイン服飾店へ向かう。

 レイン服飾店はバルモア家御用達の店でアデレードも幼い頃から長年ドレスをオーダーしてきた。輿入れの際もこの店で仕立てた。アデレードの採寸も着こなしの癖も全部把握している。そのためバルモア夫妻はアデレードの卒業式用のドレスもレイン服飾店へ依頼した。が、流石に最後の調整は実際に試着してみないとわからない。アデレードには再三に渡り帰国を促す手紙を送っていたが梨の礫であったため、バルモア夫妻はギリギリになってもよいように卒業式の前日に予約を入れておいた。


「貴女がもっと早く帰国の予定を知らせてくれればギリギリにならずに済んだのよ」


 晩餐の席で母親のナタリアにお小言を言われたアデレードは「帰って来ただけ褒めて欲しいわ」などと思ったけれど火に油を注ぐだけなので神妙な顔をしてふんふん頷いていた。しかし、全然悪びれていない内心はバレバレだったらしい。


「貴女って子は本当に……」


 ナタリアが諦めたように息を吐くのをやはり黙って聞いていた。それから、セシリアとディアナに観劇の誘いを受けた。ノイスタインでは先週から月桂樹が封切りされている。以前セシリアには手紙で月桂樹を鑑賞したことは伝えていた。しかし、ノイスタインでの公演ではアデレードの好きな俳優がダリル役を演じるため絶対に行きたがるだろう、と二人はアデレードの帰国を待ってくれていた。バルモア家は劇場のボックス席を年間購入して、顧客や従業員の福利厚生に使用しているため、チケットは簡単に入手できる。それで三人の都合が合う今夜の公演を選んだ。なのでアデレードは、朝からドレスを調整して、昼は肌と髪のケアのため美容サロンへ向かい、夜は月桂樹を観に行く算段だ。

 一方ペイトンは、昼間はバルモア家とフォアード家が共同で立ち上げた事業を見学するため義父のエイダンに同行し、夜は友人を訪ねる予定だ。三年前にノイスタインの伯爵家へ婿に入った学友がいるらしい。だが、そんなに突然会いに行って大丈夫なものだろうか。もしかしてこちらに気を遣ったのかも、とアデレードは当日の朝になって、


「四人まで収容可能なボックス席なんで旦那様が一緒に来ても問題ないですよ」


 とペイトンを誘った。グラテナホテルのお気に入りの朝食をご機嫌に頬張っている最中にふいに思いついて告げたのでペイトンからは、


「え?」


 と当惑した反応が返ってきた。


「今夜の公演です」

「あぁ……いや、姉妹で積もる話もあるだろう。遠慮しておくよ。それに僕も友人に会うのは久しぶりだしな」

「旦那様、月桂樹好きじゃないですもんね」


 公演時間は二時間半ある。それが理由で断ったわけでもないだろうが、好きでもない演目を二度も観るのは苦痛だ。お互い予定は決まっているのだし余計なことを言わなければ良かった、とアデレードは思った。


「……君はあの話が好きだな」

「そうですね。それに今回のダリル役をするのが昔から好きな役者なんですよ」

「この間もそう言っていたな」

「はい」


 アデレードは、気を取り直して食事を続けた。チョコレートのコンフィチュールをたっぷり塗りつけていると、


「月桂樹か……」


 ペイトンが誰に言うでもなくぽつりと呟いた。


「え?」


 顔を上げるとペイトンの表情が妙に深刻に見えて、今度はアデレードが当惑した。


(今、そんな暗い顔するような話をしてた?)


 謎すぎてじっと見てしまう。物思いに沈む美形は絵になるな、などとどうでもよい考えが頭に浮かぶ。目が合うとペイトンは我に返った顔になり慌てて続けた。


「楽しんで来るといい。明日、迎えに行くから」


 卒業式は二部構成になっている。午前中に学校の講堂で式典が執り行われ、午後からは卒業祝いと謝恩会を兼ねたガーデンパーティーが王立公園を貸切って行われる。式には両親と共に制服を着て出席する。その為アデレードは今夜は実家に泊まる。そして午後からのパーティーはドレスに着替えて参加する。恋人や婚約者にエスコートされて入場するのがステイタスだ。


「有難うございます。ビシッとタキシード着て決めてきてくださいね」

「僕がビシッとしても仕方ないだろ」

「仕方なくないです。私のこと馬鹿にしていた連中の鼻を明かしてやるんで」


 アデレードがへらへら笑うと、


「君のドレスは何色なんだ?」


 ペイトンは少し間を空けて言った。


「色ですか? さぁ? 今日これから見に行くので」

「そんなことあるか?」


 ペイトンが呆れた声を上げる。卒業式のドレスの色を前日になってまで知らないというのは確かに変かもしれない。両親が最高の一着を見繕ってくれていることは間違いないので心配はしていない。恵まれていると思う。だというのに、


(親不孝してるわよね)


 とアデレードはこれまで考えたことのなかった両親の心情に思いを馳せた。突然、隣国に嫁ぐと言って強硬したのに多額の持参金を用意して送り出してくれた。レイモンドのことは何も気かずにいてくれた。調べることは簡単だったのに、触れられたくないこちらの意思を尊重してくれたのだ。自分のことばっかりでそういったことは何も考ていなかった。アデレードはそわそわと落ち着かない気持ちになった。一度ちゃんと謝罪しなければならない。


「……どうしてドレスの色を聞いたのですか?」


 後ろ暗さから気を逸らすようにアデレードはペイトンに尋ねた。


「いや……ポケットチーフくらい合わせようかと……」


 ボソボソ答えるペイトンにアデレードは目を瞬かせた。そういうのは嫌いな人だと思っていた。


(いや、そうでもないか)


 一昨日は揃いのアクセサリーを着けて出かけたのだった。ならば、またあれを着ければよいのでは? と一瞬過ったけれど「卒業式にガラス石なんて!」と言うであろうことが暗に想像できすぎてやめた。最悪、お高い宝石をどっかで買ってくるかもしれない。


「じゃあ、同じ色のポケットチーフ用意しますね。そういうのもレイン服飾店で扱っているので」

「いいよ。自分で用意するから」

「でも、色がわからないじゃないですか。大体、旦那様はハンカチが売っている店だって知らないんじゃないんですか? 式は明日なんだし、伝言しているだけ無駄な時間でしょ」

「……催促したみたいじゃないか」


 決まり悪そうにペイトンが言うのでアデレードは笑った。


「私の卒業式なので私が用意するのが筋ってもんです。旦那様の役目はビシッと決めてエスコートしてくれることですよ。宜しくお願いしますね」


 ペイトンはドレスの色が不明な以上、自分に打つてはないと諦めたらしく、


「……じゃあ、頼むよ」


 と頷いた。しかし、


「ちゃんとお礼はするから」


 と往生際悪く言う。


「そんなのいいですよ。私、お金はあるんで」

「僕だってある」

「でも今回は私の勝ちー! わーい」

「わーいって……」

「わーいわーい」

 

 アデレードがけらけら笑う。ペイトンはそれをじっと見つめていたが、やがて今度こそ観念して笑った。

 




 レイン服飾店の入り口には左右に大きなショーウィンドウがある。常に最新のドレスが展示されており、通行人が立ち止まって溜め息まじりに見上げることはよくある光景だ。アデレードも小さい頃母に連れられて来るたびにドキドキしながら見ていた記憶がある。いつから興味がなくなって「なんでもいい。無難な感じで」とドレスをオーダーするようになったのか。


「アデレード様、御卒業おめでとうございます。卒業式に私共のドレスを選んでいただき光栄です」

「お久しぶり。こちらこそ。調整が前日になって申し訳ないです」

「とんでもございません。どうぞこちらへ。ナタリア様がお待ちですよ」


 入店すると顔見知りの店員がすぐさま試着室へ案内してくれた。後ろについて二階へ上がる。ペイトンに言われてドレスが何色か考えてみたが、多分パステルカラーの黄色か緑ではないかと予想した。母と姉にしょっちゅう明るい色のドレスを勧められていたから。

 案内された応接室に入ると、ナタリアがソファに座って優雅にお茶を飲んでいた。


「オーナーはすぐに参ります。お掛けになってお待ちください」


 店員はそれだけ言い残して消えた。


「早くに来たの?」

「三十分前くらいかしら。手袋を見たかったから早めに来たのよ」


 そういうナタリアの傍らには紙袋が置かれてある。だったら、自分も早めに来てペイトンのハンカチを探せば良かった、とアデレードは思った。


「ねぇ、ドレスって何色なの?」


 アデレードはナタリアの隣に腰を下ろそうと歩み寄るが、


「自分で確認してみるといいわ」


 と意味深な笑顔が返ってきた。

 応接室と繋がった隣室が試着室兼工房になっている。毎回通される部屋なので勝手は知っている。ドレスがそこにあることも。アデレードが隣室に向かうとナタリアも後を追ってきた。中に入ると目に飛び込んできたのは、


「え」


 温かみのあるブラウンのベルラインドレス。袖はレースで、スカートには銀糸で刺繍が施されている。長く細い葉と鐘の形の花がいくつも連なっている鈴蘭のモチーフ。花弁の先端がキラキラ光って見えた。

 アデレードはおずおず近寄って間近でドレスを眺めた。


「これってダイヤモンド?」


 あまり主張しすぎず、でも確かな存在感を放って花の数だけダイヤモンドが縫い付けられている。光具合から純度の高いものだとわかる。

 

「貴女、アクセサリーを着けたがらないから」


 振り向くとナタリアは肩をすくめて笑った。昔は、セシリアの身につける宝石を片っ端から欲しがっていた。しかし、学校に通いだしてからは欲しがらなくなった。侯爵家の笠を着て、と言われないように必要最小限にしか身につけなくなった。誰も何も言わなかったから気づいていないと思っていた。


「でも、今は違うみたいね」


 ナタリアの視線はアデレードの胸元に注がれている。青いガラス石が光っている。なんとなく決まりが悪くなって、アデレードはまたドレスに向き直った。近寄ったり離れたり一周ぐるりと回ったりしてドレスを全方位から眺めた。ダイヤモンドが鈴蘭から落ちる朝露のよう。温かみのあるブラウンの生地は静かで控え目なのに、ドレス全体は豪華絢爛な印象だ。でも決して派手ではない。


「素敵だわ。凄く素敵」


 アデレードの感嘆にナタリアから、


「気に入ったようで良かったわ」


 と柔らかな声が返ってくる。


「でも、茶色のドレスだとは思わなかった。明るい緑か黄色かと思ってた。どうしてこの色にしたの?」

「貴女の瞳の色に合わせたのよ」

 

 パートナーと参加する場合のドレスは「貴方色に染まります」という意味で相手の色を纏うのが慣習だ。だから、自分の瞳の色に合わせるというのはあまり聞かない。でも、ペイトンの瞳の色じゃなくて良かった、とアデレードは思った。きっと「卒業式にそんな色のドレスで行ったら僕が無理やり着せたみたいじゃないか!」と、またあたふたするだろうから。想像すると笑えてくる。


「友達の友達は友達かしら?」


 アデレードがにやついてしまうのを抑えているとナタリアが急に突拍子もないことを言い始めた。


「え……何の話?」


 アデレードは探るようにナタリアを見た。目が合う。アデレードの茶色の瞳は父親譲りだ。姉と兄はいずれも母のナタリアと同じ淡い青色をしている。昔、それが嫌でびぇびぇ泣いた記憶がある。


「この人とは友達になれそうって、大体最初の印象でわかるでしょ? 雰囲気が自分に似ているとか、話しやすそう、とか。特に子供の頃の純粋な友人関係なら尚更」

「さっきから何の話をしてるの?」


 意図が不明でアデレードは痺れを切らして尋ねた。


「ポーラとは同じクラスになったことはなかったの。でも、誰よりも気があってずっと一緒にいたわ。自分で見つけた自分の友達よ。だけど、貴女達は違うでしょう」


 ナタリアが笑っていない笑顔で言う。「貴女達」が誰をさすのか。アデレードの鼓動が速くなった。


「もっと別の形で出会っていたら貴女達は仲良くなっていたかしら? 小さい頃から一緒にいたからずっと一緒にいなければならない、そんな足枷をはめてしまっていたのじゃないかって。だから、貴女が隣国に行くことには賛成したのよ」

「お母様が?」


 どうりで、と思った。どうりですんなり父が折れたはずだ、とアデレードはずっと疑問だったことに納得いった。いくら自分が強硬に話を進めても最終的に父の許可がなければ結婚はできなかったから。


「凄く心配だったけれど、今の貴女を見ていると送り出して良かったと思うわ」

「……ごめんなさい。私、自分のことしか考えてなかった」

「それでいいの。貴女はうちの我儘な末娘なんだから。貴女らしくしていたらいい」


 だから茶色のドレスを用意してくれたのか。誰の色にも染まらぬように。自分の色であるように。涙がでてくる。馬鹿なことをしてきたな、と。でも、


「私、いつでもお父様とお母様が助けてくれるって思っていたから平気だったのよ」


 例えば学校中から非難されても、好き勝手に論われても、いざとなって泣きつけば味方になってくれると思っていたから我慢できた。傷ついて悩んでいたけれど、心の何処かに余裕があった。自分が告げ口することで、レイモンドが家族に嫌われてしまうことの方が嫌だったくらいに。あの時の自分はそうだったから、つまらない学校生活を送ったことに後悔はあるけれど仕方ない。それに、


「このブローチは、学校で流行っていたって言ったら一昨日旦那様が買ってくれたの。学校の子達がやっていたみたいにブルーメ商業区まで行ってきたのよ」


 だから、もういい。何がよいのか尋ねられても困るけれど、とアデレードは胸元のブローチに触れながら言った。


「綺麗な青だわ。折角だから明日もつけたらどうかしら。差し色になってドレスにも合うわ」

「え、でもガラス石なんだけど」

「構わないわよ。ペイトン様が折角プレゼントしてくださったのでしょう」


(いや、構うのは私じゃなく向こうなんだけど)


 とアデレードは思った。きっと明日このブローチをつけていったら、


「卒業式にガラス石なんて……だから、ちゃんと宝石を買えば良かったんだ! 僕が妻に宝石の一つも買えない男みたいじゃないか」


 とペイトンは身悶えるに違いない。実際は、ガラス石をつけてパーティーに参加してはいけないルールなどないし、美しい造形のガラス石には宝石以上の価値がつくこともある。よほどの審美眼がなければ見分けるのも難しい。ガラスの宝石のヒロインだって、結婚式にガラス石を着けていたのだ。


「君、あれは小説だろう」


 とペイトンは呆れて言うだろうけれど。

 アデレードは胸のブローチを自分に見えるよう手にして傾けた。姉が卒業式につけていたブローチを真似て選んだもの。だったら、自分も卒業式でつけよう。子供みたいに思って、


「じゃあ、つけていく」


 とアデレードは笑った。

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