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 本日の式はナイトウェディングとなっている。バリバラ国の最近の流行りだ。夕方近くに挙式が始まり、その後は一晩中披露宴という名のパーティーが開かれる。レストランを貸切って行うのが通常だが、今回の規模は破格。チャペルに併設したホテルを全館貸切り、中庭を飾りつけ舞踏会さながらの宴が催される。


(何人くらい集まるのかしら)


 貴族の結婚は家同士の繋がりであるから、ローグ侯爵家の跡取りの門出とあれば一族郎党が集うはず。しかし、ホテルのロビーでたむろしている招待客は若い貴族ばかりに思えた。子供に家督を譲れば生活の拠点を領地へ移す場合が多いため、年長者達は自ずと遠方からの来場になる。前乗りして既に部屋で寛いでいるのかもしれない、などとアデレードが考えていると、


「待たせてすまない」


 チェックインの手続きを済ませたペイトンがベルボーイを連れて戻ってきた。荷物は既に運ばれているというので、手ぶらのベルボーイに案内されて部屋に向かった。重厚な古城のような煉瓦造りの建物を三階まで上る。用意されていたのは湖畔が眼前に広がる部屋だ。美しい眺望にアデレードが、わーっとはしゃいでバルコニーへ出ると、


「部屋を分けると体裁が悪いからな。ツインルームにしてもらったんだ。個室には鍵が掛かるから……」


 後ろをついてきたペイトンがぼそぼそ言った。

 夫婦が別の部屋に泊まっていると知られれば周囲になんと言われるか。想像できすぎてアデレードは辟易した。けれど、同室であることを全く気にしていない自分とは異なり、ペイトンは思うところがあるようだ。家庭教師に夜這いを掛けられたことが影を落としているんだろう。家庭教師に教育を受けるのは就学前だから、十三歳以下の年齢での出来事になる。


(精神的に引きずるわよね)


 体格的に自分がペイトンを襲うなど到底無理なのだが、そういう問題じゃないんだろう。部屋に専属の執事と侍女がつくので屋敷の使用人は誰も同行していないが、二人きりが嫌ならジェームスにでもついてきて貰えば良かったのでは? と心配になった。


「式は四時からだから時間はある。湖畔にレストランもあるようだし、昼食はそこでとろう」


 アデレードが返事をする前にペイトンは続けた。下手なことを言ってトラウマをつつくような薮蛇になっては気の毒なので、

 

「はい」 


 と素直に頷いた。



 

 ホテルからレストランまでゆっくり歩いてニ十分らしいので散策がてら歩くことにした。湖の周囲はぐるっと銀杏並木の遊歩道になっている。輝くような黄色に染まる秋口が一番の見頃らしい。


「ボートがありますね」


 対岸にある桟橋にいくつかボートが繋がれている。


「乗りたいのか?」

「いえ、全然」

「じゃあ、なぜ言ったんだ」

「そこにボートがあったので」


 特に冗談を言ったつもりはないのに、ペイトンは笑った。


「ボート漕げるんですか? 私ボートって乗ったことないです」


 乗りたいと答えたら乗せてくれそうだったので尋ねてみた。


「学生の頃はよく乗っていたからな」


 意外な回答だ。


「一人で乗るんですか?」

「なんでそうなる。僕にだって友人くらいいる」

「男性同士でボートに乗るんですか? 男女で乗るものだと思っていました」

「あぁいうボートじゃなく、競技用のがあるんだよ。ノイスタインにはないのか」


 ボートに乗ったり、クリケットしたり、ペイトンは予想外に学生時代を謳歌していることに驚いてしまった。女性嫌いで、ずっとピリピリして一人で孤独に偏屈に生きてきたのだと勝手に想像していた。


「競技用はきいたことないです。王都の公園に、この湖の三分の一くらいの池があって、みんな乗りに行ったりはしていました」

「君は乗らなかったのか」

「はい」


 だって、みんな恋人と出掛けていたのだ。いつか自分も、と思っていたから、父や兄が誘ってくれても断った。その他のこともいろいろ。勉強が勉強が、と忙しそうにしているレイモンドに悪い気がして、友人と遊びに行くこともしなかった。何もない学生時代だった。楽しいことはいくらでもあったはずなのに。


「……乗ってみるか?」


 ペイトンは一度断ったのに再び誘ってきた。前に好きな人に手酷く振られた話は伝えているし、さっき「ボートは男女で乗るもの」とか言ったから、何か察したのだろう。無駄な気を遣わせてしまった。


「いえ、いいんです」


 でも、親切に応じる気にどうしてもなれなかった。好きな人と乗るんだから他の人とは乗らない。それを貫かないと駄目だ。ここで踏ん張らなかったら、今までやらなかったことが後悔となってどどっと押し寄せてくる気がする。


「それよりお腹すいたので、お昼ご飯食べたいです」


 気持ちを逃がすためにわざとらしく明るい声で言ったが、


「そうだな。空腹時に乗ると船酔いするからな」


 ペイトンが呑気なことを言うので、毒気を抜かれてアデレードは笑ってしまった。







「疲れたのでちょっと横になります」


 ホテルに戻ったアデレードは部屋へ籠った。

 ベッドにごろんと横になり天井の格子を見るともなく見ながら先ほどのレストランでの一幕を思い返した。

 遊歩道を道なりに歩いて迷うことなく目当ての店へ着き、入り口で案内を待っていると、


「ペイトンじゃないか! こっちに来いよ」


 と、ペイトンの学生時代の友人達とその妻らしい総勢二十名の集団から呼び止められた。半分は見覚えがある。園遊会で挨拶を交わした面子だ。広い店内には他に客はおらず、断る理由もないので同席することになった。


(人の結婚式で揉め事起こしたくないな)


 嫌味を言われたらどうしよう、とアデレードは少し警戒しながら席についた。が、心配は徒労で済んだ。学生時代の友人が久々に集まったことで、アデレードの知らない昔話が次々花開いたが、こちらにも適当に話題を振ってくれて皆感じが良かった。最初こそ警戒していたものの、アデレードも次第にリラックスした楽しいひとときを過ごすことができた。一人の男の発言があるまでは。


「ダミアンとクリスタが結婚するとはな。長く続くとは思えないが、まぁ誰が止めても聞き入れないのだから仕方ない」


 そこからは堰を切ったように、今日の結婚を祝福していないことを、皆が赤裸々に語りだした。招待されておいてその言い草はないのでは? と思ったが、正義感ぶって会話を静止するほど、アデレードは空気の読めない世間知らずではない。黙って聞き流したが、非常に後味は悪かった。ホテルに戻って「疲れたから横になります」と部屋に籠るくらいに。


(祝福されない結婚か……)


 ベッドに仰向けになり大きく深呼吸する。

 これまで実兄実姉の挙式に参列したが、辺り一面幸せが充満していた記憶しかない。幼かったし、ただ何も気づかなかっただけの可能性はあるが、結婚に反対する人間は参加していなかったように思う。貴族の世界は横のつながりが重要視される。招待されたら断れない付き合いは当然ある。しかし、祝うつもりもないのに結婚式に出席するのはどうなんだろう、と青臭いことを考えてしまう。


(あの人達の言っていたのは多分全部事実だけど)


 クリスタは、元々ペイトンを狙っていて、ペイトンに近づくためにダミアンを利用していた。周囲は散々止めたのだが、ダミアンが全て承知で、


「お前がきてくれたら彼女は誘いに応じてくれる。一緒に過ごす時間が増えれば俺のことを知ってもらえる。やっとスタートラインに立てる。チャンスなんだ。頼む! 協力してくれ!」

 

 とペイトンに頼み込み、段々と周りも「そこまで言うなら協力してやれば」といった空気に流れたそう。


「もちろんペイトン様は全く相手にされていませんでしたよ。ダミアン様の熱意に根負けして付き合っていただけです」


 途中で夫人の一人が気を遣ってこちらにフォローを入れてくれたりしたが、クリスタの傲慢な態度への罵詈雑言は止まらなかった。当然、ローグ侯爵家も一族で結婚に猛反対だったらしい。だが、


「彼女以外とは結婚しない」


 とダミアンは頑なに意志を曲げなかった。そうなれば元々一人息子に甘いローグ夫妻が折れるのは時間の問題で、一方、ローグ侯爵家の財政を握る現当主に反発するほどクリスタは馬鹿ではなく、二人の前ではダミアンを立てて上手く取り入り、今日の挙式へこぎつけた。

 アデレードは、一連の話とフォアード商会で会った時のクリスタを思い出してあの態度の意味に合点がいった。そして、友人達が結婚に反対するのは、ダミアンを思ってのことだというのも理解した。


(正論よね)


 友人や親族や親なら止める。ダミアンを思う人間ほど止める。


「馬鹿にされて悔しくないのか」

「不幸になるだけだ」

「みっともないからやめろ」


 正論、正論、ど正論だ。


(きっと皆思っていたのよね)


 アデレードはごろんと転がってベッドに突っ伏し、ふかふかのクッションに顔を押し当てて息を殺した。暴れまわりたい衝動と悲しみと羞恥と、後はいろいろ分からない負の感情が身体中に走った。別に悪口を聞くくらいどうってことない。こんなに嫌な気分になるのは、全部自分に言われているように聞こえたからだ。ノイスタインにいた頃の自分へ向けて投げられた言葉に感じたから。あんな風に言われたくなかったから、レイモンドのことは家族の誰にも何も言わなかった。自分で全部わかっていた。でも、諦めきれなかった。そして、今も思っている。もし、メイジーが現れなかったら、もしあのまま我慢していたら、卒業してレイモンドと結婚していたら、きっと今のダミアンと同じ状況だったんじゃないか。胸がざらつく。もしもの自分。あったかもしれない自分。ダミアンは今何を考えているのだろうか。聞いてみたい。そんなことを聞いたって何の意味もない。わかっている。第一、そんなことを面と向かって聞ける関係性でもない。でも、


(笑っているよね?)


 よくわからない感情。ダミアンが今笑っているなら、もうそれで全部よい気がした。アデレードは気づけば部屋を飛び出していた。

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