26
パラソルのついたテーブル席でケーキを頬張る。向かいに座るペイトンは、肘をついて明後日の方向を見ている。
露店を一通り回った結果、山盛りの生クリームを添えたインパクトある白桃のケーキを食べることにした。胃の許容量を考えて厳選に厳選を重ねて決めた。その代わりに土産として、外国から招いた有名ショコラティエ作のチョコレートやら、フルーツ飴やら、花びら型のクッキーを大量に購入した。荷物になるので集配場で屋敷へ送ってもらう手続きまで、全てペイトンの奢りで。自分で出すというのに、
「十万リラ札なんて露店で出したら迷惑だろ」
「使用人達へも土産に同じ物を買うよ。ついでに君の分も払う」
と無理ある理論を展開した。フォアード侯爵にもらったお金以外にも、自分で財布はもってきているし、ちゃんと小銭もある。ついでに払ってもらう必要もない。しかし、ペイトンがいつになく強気に出てくるので、店先で押し問答するわけもいかず大人しく従った。女性に財布を開かせるのを嫌がる男性がいるとは知っているが、ペイトンは真逆だと思っていた。違うらしいことが意外すぎる。
(旦那様にもお礼をしなくちゃいけなくなったわ)
フォアード家のお金を使わせることには抵抗がある。買って貰った分はきっちりお返しせねばならない。だったらお互い自分の分は自分で払うのが面倒くさくないのでは? と思ってしまう。普通の白い結婚の夫婦はどうしているのだろうか。
(普通の白い結婚の夫婦……)
変な表現にふふっとアデレードは笑った。
「え?」
ペイトンが驚いてこっちを見るので、アデレードはとっさに、
「旦那様、社交クラブに挨拶に行った方がよいのではないですか?」
と考えていたこととは別のことを言った。昼にラウル・ホイエットから言われて引っ掛かっていたことではあった。
「さっき会ったお友達も仰っていたじゃないですか」
「気にする必要ない」
(気にするわよ)
ラウルの嫌味な言い回しを脳裏に浮かべた。そして、自分の買い物には十分付き合ってもらったので、今度はペイトンの番では? とも思った。
「旦那様はいつもは西広場へ行くのですよね? 社交クラブの方も集まっているんですか?」
「まぁ、そうだが……」
「私も西広場に行ってみたいです」
なんとなくこう告げればペイトンは頷くだろうと予想した。
「君が行きたいならいいが」
「良かったです」
案の定の結果にアデレードは笑った。
東広場と西広場の一番大きな違いは喫煙所があること。ノイスタインでは基本、野外での喫煙は禁止されているが、本日に限りいくつかのガゼボを開放している。何処の国の社交クラブも共通して、酒、煙草、博打、というのが遊びの一環として蔓延している。そのため、本日のような催しなら、煙草の吸える場所には男性達が集まり、逆に臭いがドレスにつくのを嫌悪する女性は立ち寄らない構図ができあがる。夫がクラブに出入りすることを良く思わない夫人も多いが、情報収集のための基盤作りには入会は必須だ。アデレードの実父も義兄も要所要所できちんと顔を出していた。
「旦那様って喫煙するんですか?」
ふいに湧いた疑問を口にした。
ペイトンが屋敷で喫煙している姿を見たことはない。といっても食事時間くらいしか一緒にいないので私室でもくもくと煙をふかしまくっているのかもしれない。ラウルの話ではクラブに入り浸っていたというから、耐性はあるはずだ。
「え、いや……まぁ、嗜む程度には」
咎める意図は全くないのにペイトンは随分歯切れが悪い返答をした。これ以上膨らむ話でもないのでアデレードも「そうなんですね」と流して広場の中へと歩みを進めた。
飲食店より物販店が多めで東広場より高級品を扱っている印象。露店を抜けた広場の端の木陰に等間隔でいくつかガゼボが見える。男性が屯しているのも。逆に露店には女性が多い。なるほど、夫人達が買い物をしている間に、男性陣はガゼボに集まるのだな、と理解できた。だったら、やはりこっちへ来て正解だった。ペイトンが仲間内でどういう立ち位置かは不明だが、結婚した途端付き合いが悪くなるのは心証が悪い。白い結婚が満了して元の生活に戻った時「今更なんだよ」と除け者にされたら後味が悪い。尤もそんな子供じみたことが起こるかは疑問だが。とにかく、せっかく来たのだし、顔くらい見せに行って損をないはず。ただ、問題はどうやって説得するかだ。ここまで連れて来るのは簡単だったが、ペイトン単身でガゼボに行かせるのは困難な気がする。さっき東広場で買い物していた時も「気を使うから一人で自由に見て周りたい」とそれとなく告げたが、「君は何を言っているんだ」とぶつぶつ言ってずっとつけ回して来たから。
(子供かなんかと間違えているんじゃないかしら)
だからといって、社交クラブに自分が一緒についていくのは非常識な行為だ。こっちはペイトンの立場を慮っているのだから素直に挨拶に行けば良いのに、全く意味がわからない。あれこれ考えた末、
(よし、逃げよう)
と半ば面倒くさくなったアデレードは手っ取り早い方法を選んだ。
「旦那様、どうぞ社交クラブへ挨拶に行ってください。私、ちょっとその辺の露店を見てますので」
アデレードはペイトンの後ろに回り込み背中をぐいぐい押した。
「ちょっと君!」
「一時間後にあの時計台の前で待ち合わせで!」
大柄なペイトンはびくともしなかったので、最後は殆ど突き飛ばすように前方へ押し出して、アデレードはペイトンとは逆方向へ走り出した。露店の入り組んだ配置を利用してぐねぐね曲がりくねって一番端まで。なんとなく怖くて振り返れなかった。露店の裏に身を寄せて息を整える。妙な高揚感に笑いが込み上げる。逃げる必要があったのか? と今更感じたが、やってしまったものは仕方ない。ちょっと落ち着くまで休んでいこう、と更に人目につかない露店の裏の方へ回るが人の気配がして立ち止まった。
「不細工ではないけどな」
「まぁ、不細工ではないけどさ」
男の嘲けた笑い声。煙草の臭いもする。明らかにここは喫煙所ではないのに、ルール違反の不愉快な連中だ。関わってよい相手でもない、とアデレードは踵を返そうとしたが、
「ノイスタインの侯爵家の娘らしいぞ」
自分の話だと直感して足を止めた。
「白い結婚というが、フォアード家がわざわざ業務提携する必要があったとは思えん。なんか訳ありなんじゃないか」
「訳ありって?」
「さぁな。まぁでも、あんな女と結婚したってことは、女に興味ないと言っていたペイトンの発言はポーズではなかったわけだな」
「確かに」
その場にいる全員が同調して笑った。
アデレードは腹底にぐっと力が入った。なんでこういう連中は、不特定多数の行き来する場所で平気で陰口を叩くのか。そして、何故自分はこの手の話を立ち聞きしてしまうのか。折角忘れていたのに、また嫌な記憶を一つ思い出してしまった。




