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「午後からは彼女を連れて露店を見て回ります」
昼食を終えてまったりしているとペイトンが唐突に口火を切った。さっきは軽率に喜んだが、本当に挨拶はもうよいのだろうか、とアデレードは思った。
「そうか。それはいい」
そんな懸念をよそにフォアード侯爵がにこやかに答える。更に、
「少ないが小遣いだ。楽しんでくるといい」
と財布からサラッと十万リラ札を差し出した。
(え、多くない?)
どう考えても貰いすぎだ。されど、自分より爵位が上の人間の申し出を断るのはマナー違反になる。拒絶しづらくてペイトンに目で訴えるが、
「くれると言うのだからもらえばいい」
と、こちらの意を微塵も介さずフォアード侯爵に同調した。それでその場は結局貰ってしまった。でも、やはり後になってもやもやした。祭りだからって実家でもこんなに小遣いを貰ったことなんてない。
「やっぱり、頂きすぎじゃないですかね」
アデレードは、フォアード侯爵と別れてペイトンと二人きりになってから改めて告げた。
「え? ……あぁ、父は君を気に入っているからな。嬉しいんだろ。年寄りの道楽だから遠慮する必要はない」
ペイトンはまたもや涼しい顔で答える。
(年寄りの道楽……)
難ありの息子に嫁いでくれた、とフォアード侯爵は結婚前から何かと気遣ってくれている。しかし、こちらも手前勝手な理由で結婚を決めた身だ。つまりお互い様だ。親切にされると申し訳なくなる。でも、それをペイトンに説明するのもどうか。
(露店で何かお礼の品を探してみよう)
本日見つからなければ後日買いに行こう、とアデレードはしつこく気に病むのはやめた。
「わかりました」
素直に返事だけして、取り敢えずペイトンのエスコートで、件のデザートエリアをめざした。
王立公園は、中央広場以外に、東口と西口にそれぞれ別の広場がある。毎年東広場に、若い貴族に向けた店が多く出店している。
「めちゃくちゃ店の数ありますね!」
「そうだな」
「毎年こんな規模なんですか?」
「年々賑やかになっているよ。他国からの招待客も増えてきているし」
ペイトンと並んで歩くと遠目からでも視線を感じる。自分一人ならこんなにジロジロ注目を集めるはずはない。午前中いろいろと挨拶を済ませたから、フォアード家の若夫婦ということは伝わっているだろう。女嫌いのペイトンの妻ということで好奇の目に晒されていることは否応なくわかった。
(久しぶりに嫌な感覚が蘇ってきたわ)
美丈夫のペイトンを狙っていた令嬢は多いだろうし、その相手がぽっと出てきたこんな凡庸な見た目の女じゃね、とアデレードはやさぐれた気持ちになった。
「ほら、君、チョコレートの専門店があるぞ」
アデレードの重い内心とは裏腹に陽気な声が頭上から降ってくる。
(この人、本当に人の目とか気にしないわね)
最初にローズウェル劇場へ行った時のことを思い出した。多分、今も全然何も感じていない。
(まぁ、気にしてもしかたないものね)
とアデレードもペイトンに倣うことにした。
「じゃあ、あのお店から見ていいですか?」
「あぁ」
アデレードが好き勝手に見て回るのをペイトンは黙ってついてくる。ペイトンは甘い物は、嫌いではないが恐らく大して好きでもない。延々お菓子の露店を見るのは退屈なのではないか。途中で申し訳なくなって、
「しばらく掛かりますから、旦那様も好きに見て回ってください。他のエリアに行って頂いても構いませんよ」
と提案してみた。
「僕のことは構わなくていい」
いや、こちらが構うのよ、とアデレードは言い方が悪かったのかと反省した。
「じゃあ、あそこで待っていてください。じっくり見たいので」
中央広場と同様、購入した商品を飲食するためのテーブルがセッティングされている場所を指差した。するとハハッとペイトンは軽く笑った。
(え、今笑う要素あった?)
アデレードは唖然としたが、
「僕は君より体力はあるから、気にせず見たらいい」
ペイトンは笑ったままで答えた。ペイトンが疲れることより、こっちが気を遣うから休憩しておいて欲しいという意味だったのだけど、随分良いように解釈したらしい。
「……退屈じゃないですか?」
「僕が案内すると言ったんだ。途中で放棄するわけないだろう。気の済むまで見て回ったらいい」
ペイトンが常識を諭すように言うので、アデレードは虚しくなった。ノイスタインにいた頃、しょっちゅう約束を反故にされたし、二人で出掛けても放ったらかしにされたことが多々あった。自分に微塵も好意を抱いていない、なんなら傍にいるのも嫌かもしれない契約上の夫さえ、当たり前にしてくれることをお座なりされてきた。でもそれを認めたくなくてずっと目を逸らしてきた。次は大丈夫、次は約束を守ってくれる、とだらだら時間ばかり経過して、経過した時間の分だけ執着した。無駄なことをしたと思いたくなかったから。
「それに僕はいつもは東広場には来ないからな。新鮮でいい」
黙ったままいるとペイトンは続けて言った。
「え、なんで来ないのですか?」
「若手貴族の出会いの場みたいな部分があるからな。面倒臭いことになる」
「旦那様、モテますものね」
アデレードは嫌味や揶揄うつもりで言ったわけではなかったが、
「そういうわけじゃ……」
とペイトンがバツの悪そうな顔をした。
「危険を冒して連れてきて頂いたので、変な女が近づいてきたらちゃんと守ります、と言いたいところですけど、王家主催の催事で諍いを起こすわけにはいけませんからね。変な女がきたらいちゃいちゃして追い払います?」
「いっ……!」
和ませるために言っただけなのだが、ペイトンが絶句したのでアデレードはけらけら笑った。
「冗談ですよ。それにこんな日に正面きって喧嘩を売ってくる人もいないでしょう」
「……ま、まぁそうだな。喧嘩を売られたら、その、あれだな、いちゃいちゃした方がいいかもしれんが」
絶対しないでしょうよ、とアデレードは半笑いになったが、同時に改めて王家主催の祭事で揉め事起こしたら駄目なんだなと感じた。ペイトンがいちゃいちゃした方がましと判断するくらいに。
(じゃあ、本当に喧嘩を売られる心配はないわね)
被害妄想かもしれないが、フォアード侯爵と別れてペイトンと二人になってから悪意ある視線がぐっと増えた気がしている。きっと家の為にした白い結婚だから、フォアード侯爵のいないところではペイトンが妻を邪険に扱うと思っているんじゃないだろうか。ペイトンが冷遇するなら便乗してやろうと虎視眈々と狙っているのではないか。そういう経験を嫌というほどしてきたから、過剰反応してしまう。
ペイトンを見る。
何故かあわあわしている。生まれ育った土地が違うせいか、年齢のせいか、時々理解不能な挙動をとる。でも、こちらを貶める気配はないのはわかる。周囲に舐められていると考えると業腹だが、見られているくらいなら色男と結婚したことへの妬まれ税として払ってよいかと思えた。どうせ陰口は叩かれているのだろうけど、自分の耳に入ってこなければいい、とも。
しかし、残念ながら人生は試練に満ちている。聖母のように慈しみの広い心で良妻になろうと決意した時に限って、陰口の現場に居合わせてしまうのだから。




