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SIDE2-2

 レイモンドとアデレードの通う王都最古の学校ステラス学園は、二年生になるタイミングで特進科と普通科に分かれる。「貴族なんだから学校くらいは出ておきましょう」という温い普通科とは違い、授業のスピードは速いし質も高い。特進科へは試験に合格すれば誰でも編入できるが、門扉は狭く、学期の途中でも成績が下がれば普通科へ振り戻される。最初のクラス分けで五十人が選抜され、特進科のまま卒業できるのは二十人程度だ。

 厳しい条件を強いられる分、卒業者が享受できる利益は大きい。現職の官僚の多くが特進科の卒業者であるため、強靭なコネクションを得られ、後ろ盾のない下位貴族の令息達が立身出世するための登竜門とされている。それ以前に、ステラス学園の特進科を出たというだけで優秀な人材の証明となる。故にレイモンドも当然の如く二年生に進級する際に、特進科へ編入する試験を受けて見事合格した。すると、段々とレイモンドに対する周囲の評価は変化した。侯爵家の娘に上手く取り入った成金の伯爵家の息子、という評価から、レイモンド・リコッタ個人として認知されるようになった。そうして、三年生、四年生と学年が上がり、父親と共に様々な夜会で後継として挨拶回りもするようになってからは、特に、レイモンドははっきりと自分の市場価値を自覚した。


「こんなに優秀な跡取りに恵まれて、リコッタ伯爵が羨ましいです。うちの娘もレイモンド殿に憧れておりまして、是非一曲踊ってやって頂けませんか」


 娘を自分に宛てがおうとする貴族達が後を絶たなかったから。

 全く興味がなかったレイモンドは適当にやり過ごしていた。が、将来有望な資産家の嫡男の上、ここ数年で身長がぐんっと伸び、母親譲りの美貌に拍車が掛かったレイモンドを狙ってくる令嬢達は存外行動的だった。夜会での顔合わせのみならず学校でも声を掛けてくるようになった。特進科と普通科は校舎が違うのに、わざわざ昼休みになると訪ねてきて昼食に誘ってくる。勉強をしたいから、とアデレードとの約束すら断って一人でいるのに迷惑な話だ。しかし、取引相手の娘からの誘いを無下にも断れない。愛想よくしていると、学園主催のダンスパーティーやら、学校祭といった行事にも群がってくるようになった。正直げんなりしたし、手を焼いた。だが、将来商売をしていく上で、嫌な相手とも上手くやっていくスキルは必要だったから、貴族として内心を悟られない訓練にはよい練習台だと割り切った。それよりレイモンドが憤りを感じたのは、アデレードの言動だった。令嬢達に平気で喧嘩を売るようなことを言う。「客人だから」と自分が我慢して接していることに、アデレードが悪態をついたら元も子もないないではないか。令嬢達のアデレードに対する態度が良くないことはわかっていたが、レイモンドは、


「彼女はそんなつもりで言ったんじゃないだろう。悪意に取りすぎだ」


 とアデレードの方を嗜めた。アデレードの「嫌なことは嫌」とはっきり言う性格が「自分は侯爵令嬢だから」と権威を笠に着ているようで不快だった。王女だろうが平民だろうが、嫌味を言われたら腹が立つのは同じなのに、高位貴族から下位貴族への怒りは高圧的なものだと捉えた。自分の中の爵位に対するコンプレックスに気づかずにいた。アデレードが逆らわずに素直に従うことにも、レイモンドの歪んだ思考を増長させた。もし本当にアデレードが自分を悪くないと思うなら両親に泣きつくはず。それがないということは自分の我儘を反省しているから、と解釈した。同時に、アデレードだって自分を虐めた令息達と平気で仲良くしていたじゃないか、という感情が心の奥に灯った。令嬢達と親しくするとアデレードがやきもきすることに仄暗い喜びを感じた。むしろ、わざと他の令嬢を優先させてアデレードが悲しむ様子を見たい気持ちの方が強かったのに、レイモンドは自分の内心を見つめることなく、大事な顧客の娘と諍いを起こすアデレードが悪いと決めつけた対応をした。

 ただそれも「卒業するまで」という妄信の範疇内のことだった。レイモンドはアデレードに仕事を手伝わせる気はなかった。バルモア侯爵家の後ろ盾など不要だ。アデレードに不自由なく贅沢させるくらい稼ぐつもりでいるし、屋敷で好きなことをしていればよい。社交界のような表舞台には立たなければ不愉快な思いをすることはない。だから、今だけ。学校に通わなくてはならず、自分の周囲に集まってくる令嬢達と接触してしまう今だけは仕方ないことだ、と。現在がなければ、未来もないのに、将来のことばかり想像して今を蔑ろにし続けた。いや、もし、二人が結婚していたら、或いはレイモンドの願望通りの世界線があったかもしれない。けれど、それは叶わなかった。

 メイジー・フランツが現れたから。でも、本当は違う。メイジーはきっかけに過ぎず、積み重なったアデレードの鬱積が弾けてしまっただけだ。そして、レイモンドはそれに気づけなかった。




 メイジーがリコッタ家に訪れたのは、レイモンドが最終学年に上がり三月経過した頃だった。

 事業の失敗による多額の負債返済のため、フランツ男爵が爵位を返上することになった。でも、娘のメイジーには、せめて学校だけはきちんと卒業させてやりたい、と真摯に頼み込まれ、リコッタ伯爵は承諾した。これまで没交渉だった遠縁の殆ど赤の他人の不躾な申し出だったけれど、藁をも縋る思いで頭を下げにきた人間を、にべもなく追い返せなかった。同じ年の子供を持つ親としては尚更に。妻のポーラには年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすのは良くない、と反対されたが、親心を盾に説き伏せ、きちんと監視することを条件に許可を得てメイジーを預かることになった。

 そんなメイジーに対して、レイモンドは最初、自分に付き纏ってくる令嬢達と同じくらいにしか認識していなかった。

 だが、それは、二週間ほど経過した時から変化した。母の意向で、あまり接点がないままに過ごしてきたが、どうやら学校で嫌がらせに遭っているらしい。


「レイモンド、メイジー嬢を気に掛けてやってくれ」


 父に直接頼まれたこともあり、レイモンドはメイジーの世話をすることになった。

 しかし、特進科と普通科では校舎が違う。第一、男の自分がメイジーの助けになってやれることがあるのか。同性の友人がいた方がよいのではないか。虐められても、味方になってくれる友人が傍にいれば心強いだろう。思案した末、レイモンドは、アデレードに仲間に入れてやってくれ、と頼むことにした。人懐っこいアデレードなら仲良くやってくれるだろう、と。しかし、三日ほどして、


「アデレード様達のお話にはついていけないことが多くて……高位貴族の方ばかりだし、わたしとは釣り合わないわ。それに、迷惑に思われているみたいなの」


 とメイジーが沈んだ表情で告げに来た。除け者にされている、と暗に示唆しているが、アデレードはそんなタイプではない。メイジーの被害妄想だとレイモンドは思った。ただ、アデレードはそうでなくとも、その友人達がどうであるかはわからない。階級意識の強い貴族は沢山いるし、ましてやメイジーは平民になることが決まっている。アデレードの友人達が差別しない人間である保証はない。なにせアデレードは自分に嫌がらせしてきた令息達とも仲良くしていたのだから……とそこまで考えて、レイモンドは軽く息を吐いた。


「そうか、わかった。君が不快なら他の友人を作った方が良いだろうね」

「すみません。レイモンド様の幼馴染を悪く言うつもりはないんです。でも、信じてくださって嬉しいです」

 

 メイジーは安堵の表情を見せた。信じるって何が? とレイモンドは驚いた。自分はアデレードを一欠片も悪くは思っていない。友人達を疑っているだけだ。メイジーはアデレードにやっかみがあるのではないか。確かに、平民落ちする人間に、恵まれた侯爵令嬢を紹介したのは、浅慮だったかもしれない。これは完全に自分の過ちだとレイモンドは自省して、どうせメイジーは卒業したらいなくなるのだし、と無理に二人の仲を取り持つのはやめた。

 ただし、そうなってくるとメイジーに対する悪意ある噂をどう払拭するか、また振り出しに戻ってしまう。力になってくれる友人がいれば解決するのでは? という思惑が失敗に終わりレイモンドが頭を抱えていると、


「あの、レイモンド様、わたしに勉強を教えて頂けませんか? この学園は試験に合格すれば就職先を斡旋して頂ける制度があると聞きました」


 メイジーはおずおずと言った。毎年求人の募集が学校に持ち込まれ、成績順に条件のよい職を紹介してもらえる制度がある。優秀な人材を斡旋するから、依頼してくる相手も優良な商会になる。その流れを崩さぬよう、就職試験が導入され一定の要件を満たした生徒のみが紹介を受けられる。


「君はフランツ伯爵の知人の商会で働くのが決まっていると聞いているが……」

「わたしの境遇に同情して卒業後に就職先がなかったら『雇ってもいい』と仰って頂いているんです。でも、本当は人手は足りているから、他に働き口を見つけられればそれに越したことはありません。わたし、アデレード様とこの数日一緒にいて、自分の立場を理解しました。アデレード様みたいに裕福なお屋敷の令嬢じゃないんだから、遊んでいる場合じゃないなって。陰口に落ち込んだりしている間に、勉強して就職先を見つけなきゃ駄目だって」


 レイモンドはその時初めてじっとメイジーを見た。非常に美しい顔の作りをしているし、スタイルもよい。就職するより嫁ぎ先を探した方がてっとり早い気がする。自分の周りにはそういう他力本願な令嬢達が溢れている。しかし、メイジーは違うらしい。持って生まれた爵位の差で悔しい思いを呑み込んだ経験上、メイジーの発言は自分と重なった。


「自分で人生を切り開くことは素晴らしいことだと思うよ。協力するから試験を受けてみるといい」

「有難うございます!」


 勉強に追われていれば、下らない嘲笑も気にならなくなる。結果を出せば周囲の目は確実に変わる。レイモンドは身をもって知っている。それに何よりメイジーがやる気になっているのだから、素直に応援したい気持ちが湧いた。

 その日から、レイモンドはメイジーの勉強を見てやるため、空いた時間の殆どをメイジーに充てるようになった。

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[良い点] やっとレイモンド出てきてむっちゃ楽しみです(*´艸`) ペイトンと同じ鈍感男臭プンプンします ( •́ฅ•̀ )クッサ
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