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頭が割れるように痛くて目が覚めた。
アデレードは生まれて初めて二日酔いになったが、昨日の記憶はまるっとない、みたいな都合の良い展開にはならず、そこそこ全部をちゃんと覚えていた。
ペイトンに、姉と同じ台詞を言われたことで、レイモンドとのあれこれがフラッシュバックした。しかし、全く関係のないペイトンに当たり散らすのはどうなんだ、と冷静にスマートに切り替えしたつもりだ。最初のうちは。途中から自分が酔っていることに気づいて「これ以上飲まないようにしよう」と思った時には手遅れだった気がする。普段は飲酒しないが、外食した際は料理に合わせて嗜むことはあった。だから、昨夜もいつものペースで飲んでいたが急に酔いが回った。嫁いで来て一週間が経ち、これまで溜まっていた疲れのせいで酔い易くなっていたのかもしれない。とにかく思考がふわふわしてきて、一度は聞き流したペイトンの「縋り付くなよ、みっともない」という感想に無性に腹が立ってきた。尤もペイトンにではなく、母国にいた頃、レイモンドの取り巻きだった令嬢達にだが。これまではレイモンドがこうしたから嬉しい、ああしたから悲しい、みたいなことばかり考えていたので、周囲の人間に腹は立っても、そこまで意識が向かなかった。しかし、物理的な距離ができて冷静に思い返せば、あんな令嬢達に嘲笑される謂れはなかったと苛ついてきた。腹底から湧き上がる怒りのままに感情を吐露すると、関係ないのにいちいちペイトンが絡んでくる。ペイトンが何か勘違いしていることはわかったけれど、面倒臭くて放置した。すると、あれこれ世話を焼いてくれるので、変な人だけど結構良い人だな、と気持ちが落ち着いてきた。デザートまで貰ってしまって、そこからは終始上機嫌でいた。でも、馬車に乗ると二人分のケーキがたたり胃がムカムカして、ぐったり壁にもたれかかりながら、半分死んでいた。なんとか吐かずに帰宅したけれど、その時点で今度は頭がかなり痛くて、よたよた歩くのを見兼ねたペイトンが、
「き、君が嫌じゃないなら運んで行くが」
と申し出てくれた。しかし、頑なに断った。重いから、とか、恥ずかしいから、とかいう理由ではなく、酔っ払って醜態を晒したことがバレるとバーサに死ぬほど怒られるからだ。バーサは、ざっくばらんな性格だが、礼儀的なことには厳しい。アデレードはできれば、ほろ酔い風な体で部屋まで戻りたかった。化粧が剥げ落ちている時点で無駄な足掻きなのだが。
「アデレード様! 大丈夫ですか?」
屋敷に入り階段を上っている所でバーサがやって来た。最初は心配していたが酒の匂いに気づいてからは、
「旦那様にご迷惑をお掛けして!」
と説教に入った。頭が痛くて顔を顰めると、
「叱らないでやってくれ。可哀想だろう。次から気をつければいい」
とペイトンが横から口を挟んだ。それでバーサは一旦引いたが、
(これ単に明日まで雷が持ち越されただけよね)
とアデレードは思った。
その後は、バーサと他の侍女が二名で介抱してくれて、着替えと洗顔だけ済ませて泥のように眠りにつき、一度も目覚めることなく朝を迎えた。
(思い返すと思考がいろいろおかしすぎる)
穴があったら入りたい気持ちになったが、済んでしまったものは致し方ない。致し方ないのだが、いつもなら直ぐにバーサを呼ぶところを、絶対に怒っているだろうな、と呼び鈴を鳴らせずにいた。
ベッド傍のサイドテーブルには、毎朝、八時の起床時に用意してくれる水差しとグラスが置かれてあった。手を掛けると温い。これはもしかして大幅に寝過ごしているのでは? と時計に目をやると十一時過ぎだった。
(うわぁ……)
アデレードは現在与えられている仕事はなく、毎日暇なので、別に好きなだけ寝ていてもフォアード家の人間に咎められることはない。が、バーサは違う。自堕落的な生活をしようものなら、
「バルモア侯爵様とナタリア様が知ったらどう思われますかね」
とくどくど言われることは必至だ。それに、アデレード自身も嫁ぎ先でそこまで自由きままにやるほど非常識でもない。なので、毎日規則正しく生活している。だから今日だって、起こしてくれたら起きた。そうだ、いつもは起こしてくれるじゃないか、とアデレードは開き直った。朝だけはノック後、アデレードの返事がなくてもバーサは入室してくる。今日も水差しだけは置いて行っている。逆に何故起こしてくれなかったの? と強気でいこう、と思っているところへ、扉が叩く音がしてバーサがやってきた。
「お目覚めですか?」
「……はい」
アデレードはおずおず答えた。バーサは、機嫌は良さそうに見えたが、これは怒りが突き抜けた時のやつでは? と不穏を感じた。
「アデレード様、わたしは見誤っていたようです」
やっぱり、とアデレードは思ったが反省の謝罪をするより先に、
「旦那様は心の広い方ですね」
とバーサと微笑んだ。
「え、何処が?」
めちゃくちゃ細かくあれこれ言ってきますけれども、とアデレードは首を捻った。
「朝の準備をしておりましたら、旦那様から呼び出しを受けましてね、アデレード様をゆっくり寝かせておくよう仰ったんです。わたしに叱らないようにとも念押しされまして。本来ならばあちらから叱責されて離縁されても仕方ないような失態ですのに」
とバーサが感心しきりに言うので、アデレードは、そこまでかしら? と思った。記憶もちゃんとあるし、自分の足で部屋まで帰ってきた。泥酔して暴れ回ってはいない。もちろんそんな反論はしないが。ただ、
「契約があるからじゃない?」
バーサがペイトンを褒めるのが、なんとなく面白くなくて、アデレードは皮肉まじりに言った。
「人の弱みにつけ込むのは感心しませんよ」
「別につけ込んでないわ」
「なら、いいですけど」
バーサは、新しく持ってきた水差しから冷たい水を汲んで、アデレードに差し出した。こくこく飲むと食道を伝うのがわかった。まだ頭痛はするが、気分は幾分かすっきりした。
「食事はどうなされます?」
「先にお風呂入りたい」
「畏まりました」
バーサが備え付けられている隣室のバスルームへ向かう。アデレードは空になったコップに自分で水を汲みつつ、その後ろ姿を見つめた。
(でも、契約がなかったら、私は一年蔑ろにされていたかもしれないじゃない)
ペイトンのことは、意外に良い人だと思うが「意外に良い人」であるだけだ。初対面でいきなり「君を愛することはない」と宣言をする割に良い人、という認識だ。
(まぁ、迷惑掛けたのは確かだから謝罪はするけどさ)
アデレードは冷たいコップを額に押し当てながら思った。
短いですが、キリがよいのでここまでで投稿します。




