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作者: とうしろう

がががぁがあ  ふごっ

私は、私含め2人しかいない4号車で、くたびれた中年サラリーマンのいびきを聴きながらぼーっと、その額に刻まれた皺を数えていた。

いっぽん   がぉぉあ

にほん    ぐががかぉ

さんぼん   ごっ

よんほん   ぐがぁ


ちょうど10本目に差し掛かろうとした時、額の皺が、ぎゅるっむにゃにゃと動いたような気がした。

驚いた私は、はっと我にかえり、気づいた。

電車が動いていないのだ。

さっきまで、新宿三丁目だったのに、車内の電光掲示板は真っ暗になっていた。


不気味な皺にもう一度目を向けると、三本の皺がぱっくり開いた。

そして目、目、口と、まるで人の顔のようになった。


そして、「おい」と私に話しかけてきたのだ。

なぜだろうか、その時の私は衝撃的な出来事にも関わらず、「はい」と答えてしまった。


皺は喋り続けた。

「お前は俺を見て、どう思った?

くたびれた中年親父とでも思ってたんじゃないのか?こうはなりたくないとか、私はこんな無様な姿を晒さないとか思ったんじゃないか?」


突拍子もない言葉に「あ、えっと…」と口ごもることしかできなかった。でも、確かに少しこうはなりたくないと思う気持ちはあったと、少し本音を見抜かれたようで、ドキッとした。


皺は続ける。

「俺はな、選ばれた人間だけが持つことのできる、『誉』みたいなもんなんだぜ?こいつの名前は、加瀬浩介(57)だ。北海道で生まれて、実家の牧場を継ぐ予定だったんだぜ。でも、家が火事になっちまって、なんとか生きていくために東京に上京して就職したんだ。」


そんな知らないおじさんの話を聞かされてもと思ったが、この電車がどこともわからない空間にあるという恐怖で、皺の話に口を挟めるわけもなく、黙って話に耳を傾けることしかできない。


「で、その会社警備の会社だったんだけど、それはそれは、一生懸命に仕事してんだよ。特に印象的だったのは、いまでも覚えてるぜ。こいつ千葉県のさくらマンションってとこの502号室に入ろうとしてた泥棒、モニター越しに見つけてさ、それは勇敢だったぜ。走って『おいっ』って、その泥棒を大声で追い払ったわけよ。で、その次の週かな、またそいつが来たわけ次は、包丁持ってさ、いよいよやばいって思ってるこいつ走ってまた追い払おうとしたわけよ、まぁ、揉み合いになってその泥棒をちょっと怪我させちまったけど、まぁ、正当防衛だから許されたけど、それがショックでその会社辞めちまってさ、また新しい会社入って下積みから頑張ってるって感じなんだよ。それで俺は、そんな頑張ってる人間だけにつく、努力の証?みたいなもんな訳、人間には皺とかって言われてるけど、まぁ、とにかくあれだ、初めは悪態ついちまったけど、俺が見える人間なんてそうそういないからさ、ちょっとはこいつも頑張ってるんだぜって誰でもいいから伝えてやりたかったってわけ、時間取らせたな。お前も立派に生きて、立派な『俺』を持てるといいな、じゃ。」


そう言って、皺はただの皺へと戻った。

電車も動き出し、もうすぐ終点の三鷹に着くというアナウンスが流れた。


さくらまんしょんの502号室。私のストーカーが押し入ろうとした前に住んでいた家。

警察から、警備会社の人が助けてくれたという話は聞いていたが、まさか前でいびきをかいているこの人だったとは。


『三鷹、三鷹です。』終点についた。

私は目の前の加瀬浩介という恩人の肩をそっとたたき、「終点ですよ。」と言い。「あ、ありがとうございます」と寝ぼけているその人を横目にそそくさと電車を先に出た。

駅のホームで私より5mくらい後ろを歩いている加瀬さんが見えた。


私は振り返り、加瀬さんに

「あの、ありがとうございます。新しいお仕事も頑張ってください。」という言葉を、明日の朝飲もうと思っていた栄養ドリンクと共に無理やり押し付けた。


きょとんとしている加瀬さんに背を向け走って家まで帰った。


そして、家の洗面台の鏡に映った私の顔を見てうっすらとほうれい線が出てきていることに気づいた。なんだか誇らしい気持ちになり、笑みが溢れた。笑った事でより深くなったほうれい線が、お前も頑張れよと、言っている気がした。

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