それはとても鮮やかな
悲劇です。苦手な方はご注意ください。
いくつもの悲鳴が響き渡るなか、私は晴れ渡った空をぼんやりと眺めていた。
――ああ、なんて綺麗なのだろう。
空をこれほどまでに美しいと感じたのはいつぶりだろう。
思えば、私の世界は長い間灰色だった。
あの人と出会って鮮やかに色づいたけれど、あの人が去ってしまってからはまた灰色に戻っていた。
けれども。今は。綺麗。
とても。ああ。
鉛のように重くなった手をゆっくり持ち上げる。
赤い。私の手は真っ赤に染まっている。
赤。赤。赤。
これ以上ないくらい鮮やかな色。
目を閉じる。開く。
視界が少しずつ白くぼやけていく。
息をするたびに首からゴボゴボと妙な音がして、熱い液体が首筋を伝い落ち、地面へと流れていった。
「クローイ!」
誰かが私の名前を呼んで、横たわっていた地面から抱き上げてくれた。
地面は冷たくて、私の体も冷えていくばかりだったから、ぬくもりをわけてもらえるのはありがたかった。
「なぜ! なぜこんなことをしたんだ! どうして!」
白くぼやけていく視界に、かすれてひび割れた声で問いかける人の姿は映らない。
けれども、私はこの声を知っていた。
彼は私のかつての婚約者で、今は妹の夫となった人だった。
◆◆◆◆
――親は、かならずしも子どもを平等に愛するとは限らない。
それが短い人生のなかで私が学んだことの一つだった。
生まれながらにして不幸だったのだ。両親からしてみれば、私よりも愛するに値する存在がいたのだから。
それが双子の妹の、ジュリエットだった。
ジュリエットは美しい子どもだった。
陽に透けると白金に輝くやわらかな髪に、けぶるようなまつ毛、青と緑が混じり合う瞳、切れ長の目じり、通った鼻筋にぽってりとした薄紅色の唇。
肌は抜けるように白く、体つきはどこもかしこも華奢で、その姿は宗教画から抜け出してきた天使のよう。
ジュリエットは成長するにつれますます美しくなっていき、やがては大人の色香をもまとうようになった。
両親はそんな彼女を溺愛した。
天真爛漫で無邪気なところも、両親にとっては可愛くてたまらないらしかった。
私は妹とは何もかもが正反対だった。
鴉の羽のような真っ黒な髪にやや吊り上がった目、髪と同じ色の瞳、地味で凡庸で、特筆すべきところのない顔立ち。
体つきは貧相なのになぜか背は高い。
性格は暗く口下手で、人と目を合わせることが苦手。気の利いた会話もできない。
――ジュリエットのように、素直に両親に甘えることもできない。
おまけに疲れやすい体で、ちょっとしたことですぐ寝込むくせがあった。痛みにも敏感だった。
妹が光なら、私は彼女の影だ。
彼女の踵にまとわりつく、人間の形をした薄暗い色。
容姿に関してはともかく、生まれたときから暗い性格だったわけではない。小さい頃の私はジュリエットに比べれば引っ込み思案ではあったと思うが、それでもごく普通の子どもだった。
普通から外れていったのは、やはりジュリエットの存在が大きい。
ジュリエットは何をしてもほめられ、いたずらをしても笑って許された。
親だけではない。親類たちもジュリエットを可愛い、美しいとほめそやし、彼女が何かするたびに大げさに手をたたいて喜んでみせた。
私は――。
両親は私をジュリエットのように甘やかさなかった。長女だから、という理由で。
ほめられた記憶などないし、いたずらをしようものなら鞭で手の平をしたたかに打たれた。まるでジュリエットのぶんのいたずらの罰も与えるかのように。
ひどいときなど、ジュリエットのいたずらを止めなかったという理由で食事を抜かれたこともあった。
『あなたの姿を見てジュリエットも学びます。あなたはジュリエットのお手本なのです。だからしっかりなさい』
母はもっともらしいことを言っていたが、本当のところは、ジュリエットほど美しくも可愛げもない私に愛情を注ぐ気になれなかっただけだろう。
もし愛してくれていたなら、あの厳しさが愛情だったなら、両親に認められようと必死だった私に、優しい言葉をかけてくれたはずだから。
マナーも勉強も、できないことばかり責めるのではなく、できることも褒めてくれたはずだから。
私たちの見た目も関係していた違いない。
ジュリエットは美しいだけでなく、両親双方の特徴を受け継いでいた。
私は父方の祖母似で、両親にはあまり似ていなかった。
けれども子どもの私は、ずいぶん長い間、努力すればいつの日かジュリエットのように愛してもらえると信じて疑わなかった。
両親のあたたかな眼差しの先に、ジュリエットと並んで立つことができる日が、きっと来ると。
この世が不条理に満ちていることに気づいたのは、何がきっかけだったのだろう。
――いや、きっかけなどなかった。
度重なるあきらめが私の心を蝕み、やがて一つの真理となって帰結したのだ。
この世は、不条理に満ち満ちている。
親が、子を平等に愛するとは限らない。
愛は、いくら望んだところで得られるものではない。努力でどうにかなるものでもない。
大切なものは、ある日突然奪われる。横暴な者の手によって。
両親に溺愛されて育ったジュリエットは日に日にわがままになっていった。
その横暴さは、姉の私に対して顕著に発露することが多かった。
両親の愛情を独占するだけではあきたらないのか――愛情など、彼女にすれば与えられて当然なのか――私のものをほしがるようになっていったのだ。
ドレス、リボン、装飾品、大切にしていた絵本。特に誕生日はひどかった。
彼女のなかにどんな心境変化があったかはしらないが、ある年を境に、必ず私に贈られたものをほしがるようになっていったのだ。
一度交換しておいて、あきるなり私の元へ放って寄越すということも珍しくなかった。
両親はそんな彼女を叱らなかった。二人は私に、妹がああ言っているのだから譲ってあげなさい、と言った。
嫌がって贈り物の箱を抱きしめていると、なんて心の狭い子なの、と母親になじられ、箱ごと無理やり奪われた。
私は泣いて、泣いて、泣いて――。
それが二度も三度も繰り返されると、やがて何も感じなくなっていった。またか、という空虚な思いだけが心に重く沈むようになっていった。
あきらめる、ということを覚えたのだ。
私は一つ歳を取るたびに暗く陰鬱な性格になっていき、社交の場には最低限しか顔を出さず、部屋にこもって本を読むようになった。
この世の不条理を理解してからは、両親と妹から距離を置くことが、心の平穏を保つ唯一の方法だったのだ。
ウィリアムとの出会ったのは、長く陰鬱な冬の最中だった。
あきらめを覚えた私の前に、彼はやわらかな笑みを浮かべて現れた。