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ドラゴンのやらかし

(俺、夢だと思ってたからさ。それはもう盛大にはしゃいじゃって……)


 遼平のやらかし、それはほんの一時間前に起こった出来事だ。



     ***



「それじゃあ。君たちが死んだ暁には異世界に転生してもらうから、そのつもりでちゃんと準備とかしといてね!」


 神様がそう言った次の瞬間、遼平は森の中に居た。


「おおおっ! ドラゴン! ドラゴンだ! 本当にドラゴンになっているっ!」


 遼平はすぐに自分の体がドラゴンのそれに変わっていることに気付き、全身真っ赤な鱗に包まれたその雄大な姿に興奮した。


 このときはまだ、夢の中にいると思っていた遼平は、それゆえに神様が最後にこぼした言葉の意味を深く考えずに聞き流して行動する。


 憧れてやまないドラゴンの姿になれたことを喜び。


「ぐおおおおおぉぉぉー!」


 その衝動のままに咆哮を轟かせると、巨大な翼を広げて羽ばたかせる。


「ぐえっ」


 その瞬間、羽ばたきによって巻き起こった風によって足元にいたスライムが吹き飛ばされ、近くにあった看板にぶつかっていたが……。


(飛んだ飛んだ! 飛んでるぞー!)


 ドラゴンになれたことへの興奮に頭が支配されていた遼平は、そんなことにはまったく気付くこともなく、大空へと飛び立ってしまった。


 飛べたことに気持ちを昂らせていた遼平の目には空しか映らなかったのだ。


 そのため、ドラゴンと比べると、それこそ豆粒のような大きさのスライムが足元に居たなどと気付くはずもなく。


 そのスライムがぶつかった『注意! 異世界転生してません! ここは……』から続く警告文が記された看板にも気付かない。


 もしここで遼平がスライムか看板に気付いていたら……。


 あるいは高い空ばかり見上げておらずに、少しでも地表を顧みていたら、見覚えのある山の姿や街並みを確認できていたかもしれない。


 そうしていれば、そこで遼平も異世界に転生していないという現実に気付けたに違いなく、この後の結果も大きく変わっていただろう。


 だが遼平はただただ高い空だけを見据えて上昇を続けてしまった。


 夢の中でドラゴンになったと思い込んでいた遼平は、その夢を存分に楽しむことしか頭になかったのである。


(すごい! どんどん空が近くなる! なんというスピードだ! すごい! すごいぞ! さすがはドラゴンだっ!)


 遼平はごうごうと風を切り、まるでロケットのようにぐんぐんと上昇していく体に感動を覚えながら、分厚い雲へと突入する。


 すると、途端に視界が悪くなったが気にせずに上を目指し、いくつもの雲を抜けた先に広がる雲一つない青空を前にして、ようやく上昇するのをやめた。


「おお! なんて景色だ!」


 遼平は眼下に広がる景色に感嘆する。


 あいにくの曇り空で、どんよりとしていた地表とは違い、雲を超えた先はどこまでも青々とした空が広がっており。


 その下にはどこまで果てしなく続く雲海が広がっていた。


「絶景かな! やはりドラゴンこそが最強! まさに空の王者! それに比べたらスライムなど足元にも及ばない!」


 絶景を前にして興奮が最高潮に達した遼平は、声高にそう宣言すると大きく息を吸ってその興奮を解き放つように咆哮する。


「ぐおおおおおおぉぉぉぉー!」


 そうしたところで、遼平の気持ちもようやく落ち着いてきた。


(……まさに空を制した気分だ!)


 遼平はそこからは余韻に浸りながら、ゆっくりと空を泳いだ。景色を堪能しながら遊覧飛行と洒落込んだ。


 そうして遼平はふと思う。


(…………にしても、夢にしては随分とリアルじゃないか?)


 風を切る音に、僅かに肌寒く感じる気温と体にあたる風の感触、空気の匂い。遼平は五感があまりにも鮮明なことを不思議がる。


(これは……)


 遼平の心に、まさかという疑問が芽生えた瞬間だった。


(もしかして夢じゃなかったりします?)


 まさか本当に異世界に転生しているのだろうかと、まだ現実世界でドラゴンになっていることを知らない遼平は、そんな疑念を抱く。


(いやいやいや。異世界転生が現実にあるわけがないって……)


 いやいやまさかと否定するが、一度疑念が芽生えると気になって仕方がない。


(うん。一旦、地上へ戻って考えようかな)


 そして気になり出すと落ち着かなくなるタイプだった遼平は、ともかく一度地上に戻ってじっくり考えることに決め。


(とりあえずさっきの森にでも戻ろう)


 遼平は翼を羽ばたかせて旋回すると、雲の中へと飛び込み、元来た方角を目指しながらゆっくりと下降を開始する。


(ええっ!)


 だがその途中、雲と雲の間にできた切れ目に差し掛かったとき、遼平はとんでもないものを目にしてしまった。


(えっ? あれ?)


 異世界の空には絶対飛んでいないはずのそれを見た瞬間、遼平は混乱して二度見三度見と確認を繰り返す。


 別にそんなことしなくともドラゴンの視野なら見えるのに、人間臭く首ごと顔を動かしてチラチラと見る。


(なんで? 飛行機が飛んでんの?)


 遼平の目に映ったのは一機の飛行機だ。それは遼平のほぼ真横、かなり近い所を遼平と並行するように飛んでいた。


(えっ? あれ? どういうことなの?)


 遼平も過去に利用したことがある見慣れたロゴマークが印された大型の旅客機の登場は、遼平を大いに戸惑わせることとなる。


(えっ、だって。剣と魔法の世界だって……。神様そう言ってたよね?)


 そんなことを思いながら、遼平は目をぱちぱちさせた。


 事実神様は言っていたのだ。剣と魔法のファンタジーな世界だと。


 文明は中世ぐらいで科学は余り発達していないと。


 だから夢かどうかは置いておいても、異世界に転生していると思っていた遼平は、そこに飛行機が飛んでいるという現実が受け入れられない。


 思考がまとまらず、そのまましばらく飛行機と並走する遼平。


(っ!)


 しかし、あるものを捉えた瞬間、遼平はすぐさま再起動した。


 それは旅客機の窓からスマートフォンのカメラを構える乗客の姿だ。人間よりも遥かに優秀なドラゴンの目はそれを見逃さない。


(ま、まずい!)


 未だ状況がよく飲み込めていない遼平だったが、直感的に姿を撮られては不味いと判断して、慌てて雲の中へと逃げ込んだ。


 夢じゃないかもという疑惑と、異世界転生していないかもという疑惑。二つの疑惑が頭をよぎっていたからこその判断だったが……。


 残念ながら、その判断は少しだけ遅かったと言わざるを得なかった。


 すでに遼平の姿はばっちりと撮影された後だったからだ!


(と、撮られてないよね? 大丈夫だよね? ギリギリセーフだったよね? そうだと言ってくれ!)


 それを知ってか知らずか、雲の中に飛び込んだ遼平は慌てていた。


(夢だよな? そうに決まってるよな?)


 そうでなければ、この現実世界でドラゴンになってしまったことになると、異世界に転生していない事実を察し始めた遼平。


(現実世界でドラゴンとか、そんなの洒落にならないぞ!)


 だからこそ遼平は洒落にならないと心中で叫ぶ。撮影されたかもしれないという想像も相まって遼平を焦らせる。


(これで夢じゃなかったりなんてした日には……)


 信じたくはない現実を前にして刻一刻と焦燥が募っていく。


(い、痛い……)


 遼平はなんとか否定する材料を探してベタに頬を抓ってみるも、リアルな痛みがかえって現実だと主張してきた。


(いやまだ大丈夫だ。別に痛みくらい夢の中でも感じるって。そ、それに異世界の空に飛行機が飛んでることだって、あるかも、だし……)


 そんなことあるはずがないと遼平も思っていたのだが、夢だと信じ切れなかった不安のせいで、限りなく薄くとも希望を欲しがった。


 そのため、遼平は周りに何も飛んでいないことを殊更入念に確認してから、雲の切れ目からそろりそろりと顔を出して地上を確認する。


(ああうん。どう見てもあれは富士山ですね。ありがとうございました!)


 だが、もちろんそこに希望などなく、見覚えあり過ぎる山が見えてしまう。


(わかってたけど! わかってたけどもっ! やっぱり異世界じゃないじゃん!)


 日本人である遼平が富士山を見間違えるはずもなく、現実を突きつけられた遼平は、雲の中に戻って右往左往とし始める。


(どうすんだよ。どうすんだよ。なんか夢じゃないっぽいし……)


 そして、ここに至って遼平はすでに最後の砦として残った、夢を見ているという可能性に対しても否定的な見方をしていた。


(ほんとに不味いぞ。現実世界でドラゴンとか、絶対駄目だって。絶対騒ぎになる! やっぱりさっき撮られてたかな?)


 だからこそ遼平は先ほど飛行機と出くわしてしまったことを悲観する。


(いや撮られてなくても確実に見られたし……)


 撮られてなくとも見られたことは確実だと、そう考えて大きく動揺する。


(と、ととにかくっ! い、一回地上に戻って考えよう!)


 だがほどなく遼平は、とにかく落ち着ける場所で状況を整理するべきだと考え、当初の予定通り地上に戻ることを決め。


 そして意を決すると、眼下にある富士の樹海目掛けて急降下し、できるだけ人目に付かないように最高速で地上に突っ込んだ。



     ***



 そうして現在、遼平は樹海の中で頭を抱えることとなったのである。


(いやほんと。夢じゃないだとか……。異世界に転生していないだとか……。そんなの聞いてませんってば)


 樹海へ降り立ち数時間、できる限りの検証をしたうえで一向に夢から覚める気配がないことから、遼平も現実を受け入れざるを得ず……。


「がぁー……」


 そうなるともう、遼平にはため息をこぼす他にできることはなかった。

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