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こんなはずじゃなかったドラゴン

 サブカルチャーにどっぷり浸かった大学生、松下(まつした)遼平(りょうへい)は並々ならぬドラゴン愛を持つ人間である。


 遼平にとってドラゴンとはロマンの塊だった。


 見る者に恐怖を抱かせる縦に割れた切れ長の瞳……。


 背筋が凍るほどに鋭い牙が並んだ顎……。


 並大抵の攻撃では傷一つつかない強靭な鱗……。


 振り払えば強力無比な鞭になる長くしなやかな尾……。


 いかなるものも切り裂き蹂躙する鋭利な鉤爪が付いた手足……。


 見上げるほどの体躯とそれに見合う大きく猛々しい翼……。


 ドラゴンの全身余すところなくすべてが遼平を魅了してやまず、ドラゴンについてならばいくらでも語り続けられる自信が遼平にはあった。


 だからだろう……。


 だからこそ遼平は神様に願いを一つ叶えてあげようと言われたとき、ドラゴンになってみたいと思ってしまったのだ。


 そして、そんな遼平の思いに拍車をかけ、願いとして口に出してしまう原因を作ったのが、友人の挑発的な態度だった。


 友人に「スライムこそが至高にして最強。それを証明してあげます!」などと啖呵を切られ、遼平は黙っていられなかったのだ。


 百歩譲って至高かどうかは個人的な趣向だとしても、遼平にとって最強はドラゴンであり、そこだけは決して譲れなかったのである。


 今朝方まで続いたオンライン飲み会の最中に巻き起こった議論でも、そこだけは譲れずに、友人と言い争いになったのだから仕方がない。


 互いの好きなもの、すなわちドラゴンやスライムに、実際に転生出来るとしたら転生するか否かという問いかけから始まり。


 互いにドラゴンやスライムの良さを相手に熱弁しているうち、いつの間にか勃発していたその議論は、遼平の記憶にまだ新しい。


 遼平と友人はドラゴン派とスライム派で対立し、酒が入っていたこともあって議論は大いに盛り上がり、白熱したのであった。


 そして、遼平は今でも友人の言い分には納得していない。


 確かに昨今は様々な作品のおかげでスライムも大いに株を上げたが、登場する作品においては雑魚キャラ扱いも多く。


 対してドラゴンは大抵の作品で最強の一角に数えられるうえ、そうでなくても雑魚キャラ扱いはされないと断言できたからだ。


 ゆえ、遼平にとってどちらが最強かなど、一目瞭然のことだった。


 だというのに、スライム大好きな友人は「かわいいは正義。正義は勝つ。つまり最強」と、謎の論法を振りかざしてきたのである。


 もちろん、遼平とてスライムが可愛いという意見は認めなくもなかったが、しかしその論法は余りにも暴論が過ぎると言えた。


 そのため、そもそもそんな苦しい論法を持ち出さざるを得なかったことこそが、なにより答えを物語っていると遼平は一歩も譲らず。


 結果として、同じく譲ろうとしない友人との言い争いはどこまでも平行線を辿り、結局は二人が力尽きて寝落ちするまで続いたのだが……。


 しかし、それが遼平にとっての悲劇の引き金となった。


 そのまま眠っている間に神様に呼び出された遼平は、それゆえに議論のときのノリをずっと引きずったままに行動してしまったのだ。


 同じくノリを引きずる友人が「スライムこそが至高にして最強。それを証明してあげます!」などと挑発するように啖呵を切り。


 そのうえで「神様! 私はスライムになりたいです!」などと願った姿を前にして、遼平もまたノリと勢いで張り合ってしまったのだ!


 それはいわゆる、売り言葉に買い言葉というやつだったが……。


 ともかく、友人がスライムに転生してまで最強を証明するというのならば、遼平だってドラゴンに転生して最強を証明すると息巻き。


 そうして「なんだと! だったら俺はドラゴンこそが最強だと証明してやる! 神様! 俺はドラゴンになりたい!」と願ってしまったのだ……。


(だって夢だって思ってたからさー……)


 なにせ、夢を見ていると思っていたのだから仕方がない。


(まさかあれがすべて現実だったとは……)


 そのため今やドラゴンとなってしまった遼平は、とても後悔していた。


(いやでも仕方ないじゃん。神様とか異世界転生とか、どう考えても二次元の話だし、普通に夢だと思うじゃんか)


 だが仕方ないのだと、誰に言うとでもなく心の中で言い訳を並べながら、どうしてこうなったと項垂れる遼平。


(これも全部、議論が白熱したせいだ)


 そんな遼平の敗因は、やはり寝落ちするまで議論を続けたことだろう。


(寝ている間に呼び出されてさえなければ……)


 そうであればもっと冷静に考えて行動したと、遼平はそんなことを思う。


 酒と夜更かしが祟って、寝ている間に真っ白な世界へと呼び出されてしまったことが、遼平の明暗を分けたからだ。


 そのせいで遼平の体感だと議論中にうとうとしてたら、いつの間に真っ白な世界に居たという感じになってしまい。


 それが遼平によくない誤解を招いたのである。


(あのタイミングたと、夢だと思っても仕方ないじゃん……)


 寝落ちした自覚があったことで、真っ白な世界で友人の姿を見つけたときにはもう、夢だろうなと思ってしまったのだ。


 だから周りが死因に心当たりがあると騒いでいたときも「死んで真っ白な世界とか、異世界転生しそうな展開だな」と呑気に友人と話していたし。


 そこに神様が現れて実際その通りの展開になると、遼平はもはや夢でしかありえないと断定して、深く考えることなく流れに身を任せてしまった……。


 白熱した議論の最中に寝落ちしたせいで、夢にまで友人や異世界転生の話が出てきたのだと、遼平はそんな風に考えてしまったのである。


(だって、神様だの異世界転生だのが、現実に存在するとは思わないし。そりゃ寝落ちする前のこともあって、夢だと思うでしょうよ)


 現実に異世界転生が存在するはずがないという思いもあって、寝落ち直前に異世界転生に話していたから夢に見たのだと、そう思ってしまったのだ。


 そのために、遼平と同じプロセスを経て同じく夢を見ていると思い込んでいた友人の喧嘩を買って、遼平もドラゴンに転生することを選んでしまった。


 夢に出てきてまで最強を証明しようとは小癪な奴めと、挑発に乗ってしまった。


(俺もあいつも、やっちまったとしか言いようがない……)


 そしてその結果、遼平は本当にひどい失敗をしてしまったと、どこかでスライムになっているであろう友人を偲びながら、項垂れることになったのだ。


(ドラゴンになっただけならまだ良かったんだよ。だってドラゴンは至高だし。最強を目指すのも、まあ吝かでもない)


 ただそれでも、ドラゴン愛の強い遼平にとって、ドラゴンになってしまったことは、別にそこまで悲観することでもなかったりする。


 では、いったい何を嘆いているのかというと……。


「でもここは異世界じゃないんだよおおおぉぉ!」


 今叫んだ通り、異世界に転生していないという現実を嘆いていたのだ。


 そう。ここは紛れもなく現実世界の、富士の樹海の中であり、遼平は現実世界でドラゴンになってしまっていたのだ!


(なんでだよ! おかしいだろ!)


 こんな状況を招いたすべてに納得がいかないと猛る遼平。


(普通、異世界に転生する代わりに願いを叶えますってなったら、そのときにはもう死んでるもんでしょ)


 それですぐに異世界に転生するのがお約束だと遼平は主張する。


(なんか死因にだって心当たりがある人がいっぱいいたし、あれはもうどう考えてもあのまま異世界に転生する流れだったじゃん)


 夢だと思っていた遼平は、余り真剣に取り合っていなかったが、それはともかくとしてシチュエーションを無視されたことに憤る。


(なんだよ事前説明会って! なんだよ死んだ暁にって! そんなの最後にぶっこんでくるなよ! そういうのは最初に言え!)


 夢だと思って聞き流していたことを差し引いても、最後の最後に爆弾を投下されたら対応できないというのが遼平の率直な感想だった。


(仮に百歩……いや万歩譲って事前説明会がありだったとしても。でもドラゴンになるのは転生後に決まってるでしょうがっ!)


 異世界においてドラゴンに転生すると思っていた遼平にとって、現実世界でドラゴンになることは完全に想定外だったのだから仕方がない。


(あれか? ドラゴンに()()()()って願ったのが悪かったのか? いやでもみんな似たような願い方してたよね?)


 あるいは、遼平は自分の願いの仕方が悪かったのかとも考えるが、すぐに自分以外も似たような願い方をしていたのだからと、正当化する。


(そりゃそうだよ。だって皆死んだと思ってたのだから。わざわざ転生したいって言わなくても、なりたいで通じると思うじゃん)


 もう死んでいて、これから異世界転生するのだと、皆そう思っていたのだから、そういう願い方をしても仕方ないと。


 自分の願い方だけが悪かったわけじゃないと、そんな言い訳のようなことを並べ立てて、遼平は小さくため息をこぼし。


「がぁー」


 それは小さな唸り声となって空へと消えていった。


(これじゃあ、最強がどうとか言ってられないじゃん……)


 遼平は前途に大きな不安を覚えてやまなかった。


 現実世界でドラゴンとして生きていくことは難しく、様々な問題があることが遼平には想像できたからだ。


 なにせ現実世界では架空の存在とされているドラゴンである。


 それこそ現れただけでも大騒ぎになるに違いなく、もしも姿を見られでもしたらセンセーショナルなニュースとなるだろう。


 一目見ようと人が押し寄せ、それどころか場合によっては研究や鑑賞のために大規模な捕獲作戦が決行される可能性もあった。


 それこそ最悪の場合は生け捕りではなく討伐すらもありうる。


 だからそうならないためには、ひっそりと隠れ潜むように生きていくことが必要不可欠だったが、それも大変だと言えた。


 なにせ科学技術が進歩した現代の目は、もはや地球のほとんどを覆ってるため、ドラゴンの巨体で隠れ潜むのは一苦労である。


 隠れ潜むにも、かなりの不便を強いられるに違いなかった。


 あるいは、それこそ最強を証明するかのように、どんな障害も力で捻じ伏せる気概が遼平にあれば良かったかもしれない。


 科学がなんぼのもんじゃいと、ドラゴンの力を奮って好き勝手をして生きていくという道も、ありだったかもしれなかった。


 しかし、ドラゴンになっても元が平和主義な日本人である遼平には、そこまで過激な道を選択する度胸など、あるはずもなく。


(ああもう! 現実世界でドラゴンになるならさ。せめて一言欲しかったって)


 そしてそうなると、自ずと残った選択肢を選ぶほかなく。人の目に付かないように隠れ潜んで生きていくしかなかったのだが……。


(そしたらもっと慎重に動いたのに……)


 時すでに遅く、遼平はすでに大きなやらかしをしていたのである。

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