淡く儚い初恋は、君の手元で終わるだろう
『ねぇ、生まれ変わったら何になりたい?』
幼い頃の彼女の声が聞こえる。
僕は、それになんて答えたのか。
今では思い出せない。
だけど、その返答を聞いた彼女が何か困ったような、それでいながら嬉しそうな笑顔を浮かべ、僕は恥ずかしそうに頬をポリポリ掻いたのだけは覚えている。
*ーーー*
16歳の春。
僕は高校に入学した。
中学の頃とは違い、遠く離れた高校に通うことにした僕は自転車に乗って朝早くに家を出る。
まだ、日が昇る前。
欠伸をしつつ、ネクタイをはためかせ、自転車を漕ぐ。
肌寒いながらも、心地よい風を全身に感じながらふと彼女の話を思い出した。
「生まれ変わったら、か。」
今なら何て答えるだろうか。
英雄? それとも王様?
少なくとも、身分の低い人間にはなりたくない。
それだけは嫌だ。
なんで、一度死んでまでそんなに見窄らしい生活を送らなければならないのか。
なんて、考えつつもやはり思う。
"果たして自分が王様なんかの中心にいてもいいのか?"
と。
平凡な人間、良いところもなければ悪い所もない。
平凡。
それ以外に言うことはない。
それ以外に表現する言葉はない。
だから、そんな"狭い世界でも平凡な人間が"より大きく広い世界に出ても良いのか? と。
この学生生活もおそらく、流されるままに生きるのだろう。
中学の時と同じく。
居れば良いけど居なくてもいい人間として、流されるままに生きるのだろう。
そのことに不満はない。
それどころか、少し嬉しくも有る。
けど、その生き方が通用するのはいつまでだろうか?
高校生の間はまだいいだろう。
狭いコミュニティの中で生きているのだから。
けど、大学生になれば? 社会人になれば?
果たして、こんな生き方は通用するのだろうか?
分かりきってる。
答えは、通用しない。
有るところまでなら通用するだろう。
けど、直ぐに通用しなくなる。
無難に事を運ぶ人間というのは、ハイリスクハイリターンを選べない。
それ故に、重要な局面で必要な一手を打てない。
転生したら何になりたい?
子供の時は、ただの戯言だった。
けど、今は執拗にそれを望んだいる自分がいる。
そして、それを拒んでいる自分も。
「久しぶり」
「うん、久しぶり。今朝は早いね?」
いつの間にか、学校に着いていた。
日が、登り始めている。
早く部活の朝練に行かなければ。
「うん、少し早起きしてね? なんか脱獄犯がいるとかなんとかでちょっと早くに来たの。そっちは、いつもこの時間なの?」
なぜそんな事を聞くのかと一瞬戸惑い、そして思考を放棄してその問いに答える。
「いつもこんなもんだよ、部活の朝練が早くてさー。」
他愛もない会話。
彼女と2、3分も話すわけではない。
ほんのちょっとした世間話。
それに、苦痛を感じた僕はわざと時計を見て話を遮る。
「あ、ごめん。ちょっと急がなきゃ。」
「えー、もうちょっと話そうよ? 私と部活、どっちが大切なの?」
「そんなこと彼氏に聞かれたら僕が睨まれるだろ?」
「あはは、じょーだん冗談。じゃあ、また授業で!!」
「ああ、またな」
そう言い残し、こちらに手を振る彼女に背を向け駐輪場へ自転車を漕ぐ。
さっと、自転車から降り、鍵を閉めてから鞄を持ち部室の方へ向かう。
きっと、僕は彼女に片思いをしていたのだろう。
もう、叶わない片思い。
「ああ。」
思い出した。
子供の時、なんて返したか。
『君のお婿さんになりたいな?』
「はぁ、くだらないな。」
長い、長い初恋だったのだろう。
だが、その初恋はもう叶わない。
告白も、付き合いもぜずに始まる前に終わった初恋という訳だ。
古い記憶を思い出し、少し懐かしさを感じていた僕は止まっていた足を動かそうとして再度止める。
「お前、叫ぶんじゃねぇぞ……!!」
小さく鋭く発せられたその声を聞き思わず振り返る。
見えるのは彼女の小柄な体、そしてナイフを持った無精髭の男だった。
「ッ!!」
慌てて口を抑える。
ここで叫んでしまえば、彼女が殺されるかもしれない。
それは、嫌だ。
ゆっくり建物の影に隠れる。
僕が隠れる間に男は彼女の制服の上着で両手を縛りリボンで口を塞ぐ。
その手際は大変慣れているようだった。
「死にたくなかったら大人しくしとけ……!!」
まだ人も少ない朝、昇降口の近くとは言えそこはあまり使われていない階段だ。
人二人が隠れるならば十分すぎる。
ゆっくりと僕はその男に近づく。
その男は、辺りを警戒しつつも人通りが少ない事を知っているのか警戒心が薄い。
助けるならば今だ。
震える足に力を込める。
今にも逃げ出したくなる体を無理矢理動かし、建物の影からその男に飛びかかる!!
「うわぁぁぁぁぁあああああ!!!」
情けない雄叫び。
だが、働く力に変わりはなく体がその男を押さえつける。
「グッ、な、なんだテメェ!!」
暴れながらそのナイフを無闇矢鱈に振り回し、僕の体に幾重にも傷をつける。
胸に、首に、足に、腹に、腕に。
無闇に振り回されたそのナイフは血に濡れる、押し倒した相手を逃さないように無理矢理押さえつける。
どちらも、必死だった。
必死で、必死で必死に足掻いて、
「あ、あそこですっ!!」
彼女の声が聞こえたと同時に複数人の足音が聞こえる。
それに安心して、身体から力が抜ける。
いつの間にか彼女は逃げていたようだ。
そして、助けを呼んでくれた。
「き、君!! 大丈夫かい!!」
その言葉に応えようとして、口を動かそうとしあまりの倦怠感に答えは言えなかった。
いや、倦怠感じゃないだろう。
あれだけ切られたんだ、それも首とか胸とかを。
致命傷となるものがあっても不思議じゃない。
「だっ、大丈夫!? 大丈夫よねっ!?」
彼女の声が聞こえた。
ぼやけた視界にもう一人現れる。
きっと彼女だろう。
「君が、助かってよかった。」
僕がそう告げる。
泡のような初恋の結末がコレか。
案外悪くないかもしれない。
なんでもない人間から、一人の少女を救った少年となったのだ。
それも、自分の好きな少女を。
僕は満足気に、微笑もうとして彼女の嗚咽を聞いた。
困ったな、それじゃあ満足に笑えない。
きっと、僕の顔は彼女を助けられて嬉しそうに、それでいながら彼女を泣かせてしまった事で困ったような笑顔を浮かべたと思う。
解説
彼女は主人公のことが好きです。
彼氏を作ったというのは嘘です。
彼の気を引きたくてついたちょっとした嘘です。
彼はそれに気づかず嫉妬もせず彼女を手に入れる事を諦めました。
彼女は目論見が外れた事を悟りました。
彼女は嘘だとそして彼のことが好きだと告白しようといつも通り彼が来る時間に合わせて登校しました。
彼女は彼に告白するためにいつもとは違い姿を表して彼の目の前に現れます
彼はそれに気づかず彼氏持ちの彼女と長話するのは罰が悪いと思い早々に立ち去ります。
あとは皆さんの知っての通りです。