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相反する白と黒  作者: 葵(あおい)
最後の休息
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理想と現実の狭間で

「どうして私達を助けてくれたのですか?」


 來奈は、部屋を出て行こうとする燈を呼び止める。ベッドで上半身を起こす來奈の隣では、呼吸を落ち着かせた詩音が寝息を立てていた。


「どうしてだと思う?」


「……考えても解りません」


 心当たりなどあるはずもない。視線を落とした來奈は手を何度か開閉させ、随分と楽になった身体に安堵した。


「助けてと泣いていたからよ。助けを求められたから従った、ただそれだけ」


「そんな理由で……」


「裏を返せば、まだ死ねない理由があるということでしょ? 話してくれない以上それが何なのかは解らないけれど、君達にはまだやるべきことがある。私にはそう見えた」


「ありがとう……ございます。もしも、日常生活においてお手伝いが必要なら声を掛けて下さい。家事などを含め、出来る範囲で手を貸しますから」


「ふふ、優しいのね。もしかして目が見えないからって心配してくれた?」


 光を閉ざした目と視線が合う。「色々と不便でしょうから」と返答した來奈は燈の身を案じた。


「ありがとう。でも大丈夫よ? そもそも此処まで来るのだって、道に迷ったり何処かにぶつかったりなんてしなかったでしょう?」


「言われてみれば……」


「周囲に魔力を張り巡らせることで空間を把握し、物体や人の場所を間接的に()()ことは出来る」


「つまり生活に支障は無いと?」


「いいえ、実は支障ばかりよ。当然だけれど人の表情は見えないし、お買い物の時だって値札さえ読めないから聞くしかないもの」


 「でもね?」と続けた燈は、木製の棚に置かれた間接照明をつける。ぼんやりと広がる橙色の光が部屋を優しく照らした。


「だからこそ得たものもある」


「得たもの……ですか?」


「表情が見えない代わりに、声の抑揚や呼吸の起伏から色々と察することが出来るようになったの。感情の揺れとか、その人が嘘をついているかどうかの判断もね」


「事故に遭ったのは去年だと言っていましたね」


「そうよ。たった一年だけれど人って変わるものね。生活は不便になったけれど、私には支えてくれる人も居るから。だから心配しないで? 気持ちだけありがたく受け取っておくわね」


「そうですか。なら、もしも何かあれば頼って下さいね」


 白い木製の椅子に腰掛けた燈は、「ありがとう」と優しげに紡いだ。そして丸テーブルに頬杖をつき、來奈を真っ直ぐに見据える。


「どうかしましたか?」


「……聞きたいんでしょ? 私が遭った事故の話」


 光を宿さないはずの瞳が來奈を捉えている。盲目でありながら見透かされているという緊迫感に、來奈の喉が僅かに鳴った。

 

「何故そうだと?」


「心拍数が少し乱れた。事故の話をした瞬間にね」

 

「……貴女には敵いませんね」


 視線を落とした來奈の口角が緩んだ。


「見ず知らずの他人に、過去を話して下さるのですか?」


「君が何と戦って、そして誰に追われているのか。それを話してくれない以上、こちらからの情報提供だけでは些か不公平な気もするわね」


「……ご最もです」


「ふふ、冗談よ。別に大した話じゃないから面白くも何ともないわよ」


 テーブルを指先で何度か叩く燈。過去を追体験しているのか、光を閉ざした瞳が虚空を泳いだ。そして、小さな吐息を皮切りに胸中が語られる。


「私ね? 元政府の人間なの」


「え……?」


 驚愕を示した來奈はシーツを強く握り締める。


「意外だった? それとも……読まれてた?」


 意地悪げに目が細められるも、來奈は「そんな訳ないでしょう」と即座に否定する。


「去年まで政府の医療機関で働いていたの」


「確かにこの治癒魔法を見る限り、何ら不思議な話ではありませんね。貴女のような人材であれば、政府側も喉から手が出るほどに欲するでしょうね」


「残念ながら私が治せるのは怪我や傷だけ。病気には一切効かないわよ」


「それでも重宝されるのでは? 傷を負ったレイスの者達を癒す為にね」


「レイスを知っているのね。普段は表に出ないし、出たとしても名乗ることはしないから驚いたわ」


 失言だったか、と來奈の表情が歪む。燈は表情一つ変えずに、人差し指でテーブルを叩いていた。


「ここ最近、反政府を(うた)うテロリストが暴れていますよね? そのせいか街中の警備が厚く、存在を知ったのは偶然です」


「確かに今の帝例特区は治安が悪い。テロリストも、一度は地下牢に投獄されたみたいだけれど、脱獄して行方を(くら)ませているみたい。第三研究棟や帝例政庁まで襲撃されたと聞いたし、本当に危険な存在ね」


師月(しづき)さんも、出歩く際には気を付けて下さいね」


「ふふ、ありがとう。でも気を付けようがないの。だって私には顔を認識する術が無いから。近くですれ違ったとしても気付かないわよ。さすがに魔力の波長で個を見分けることなんて出来ないしね」


「落ち着くまで外出は控えた方が良いかもしれませんね。戦闘に巻き込まれてしまえば危険ですから」


 「そうね」と相槌。顎に手を当てた燈は何かを考え込む仕草を見せる。


「目的は何なのかしらね。十八歳だっけ? 二人ともまだ若い女の子だし、理由も無く暴れているとは思えないの」


「先人が築いてきた歴史だけが真実ではないのです。抗うとは戦うこと。きっと大切なことを()り、彼女達だけに視える何かがあるのでしょう」


 來奈の表情が(かげ)る。憂いを含んだ瞳が鈍い輝きを発した。


「揺れているのね、理想と現実の狭間で」


「もちろん憶測ですけれど」


「ふふ、本人に聞いてみたいわね」


 口元に手を当てて微笑んだ燈は、何かを思い出したように短い声を上げる。


「ごめんね、脱線し過ぎたわね。私が失明するに至った事故の話だったかしら」


「話せるのであればで構いません」


 「大丈夫よ」と囁く燈。巡らされた思考は、記憶の中で当時へと至った。


「政府に籍を置いていた頃、私は帝例政庁の医療班として働いていた。もちろん……レイスでね」


「やはりですか。貴女程の治癒魔法を持つ能力者を放っておく訳がありません」


「ふふ、でも入ったのは知人の紹介なの。別に声を掛けられたとかじゃないわ。この力で平和を守りたい、そう願っていた私は人々の為に戦うレイスを天職だと思っていた。それは今も変わらない」


「天職……ですか」


「ええ。そして去年、帝例政庁へ向かう途中に暴走する車を見掛けた。猛スピードで走る車が向かうであろう進路の先には、まだ小さな子供が居たの」


「まさか……」


 「ええ、そのまさかよ」と目を伏せた燈は目元を抑え、当時の痛みを思い出すように悲しい表情を浮かべた。


「庇って助けたのは良かったものの、壁に衝突した車の窓が割れてね。飛散した硝子(ガラス)が両目に突き刺さってしまったの。でも子供は無事だったわよ? 助けたのだって、一度足りとも後悔したことはない」


「人を救った代償が失明だなんて、こんなにも(むご)い話がありますか。本当に救われなければならないのは、貴女のような心優しき人だというのに」


 小さく微笑んだ燈は「白ちゃんは優しいわね」と視線を合わせる。


「でも見て? 瞳自体は医療班のお陰で形を保てているし、ましてや義眼ですらないの。光は閉ざしてしまったけれど、そのお陰で潰えるはずだった命は救われた。それなら安いものでしょう? 誰かを救う為、そして国を護る為……私はレイスに人生を捧げたのだから」


「……今の私にはよく解りません」


「別に難しく考えなくていいわよ。民を護りたいという想いが私を突き動かしただけ。だから白ちゃんも大切な人を護ればいい。失って手が届かなくなる前にね」


 燈の視線が詩音へと向く。倣った來奈は小さく息を吐くと、「その件ですが……」と切り出した。


「私が二咲さんを護る為に戦っていたことは、本人には黙っておいて下さい」


「どうしてかしら? 大切な存在なんでしょう?」


「それも事情があり話すことが出来ません」


「ふふ、謎が多い子ね。でもそこまで言うのなら従うわ」


「すみません。傷が癒えましたらすぐに出て行きますので」


「別に焦らなくていいわよ。ゆっくりしていきなさい」


 「お気遣い感謝します」と会釈する來奈を横目に立ち上がる燈。そのまま軽く手を上げると「もう遅いから、今日はおやすみなさい」と部屋を後にした。

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