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相反する白と黒  作者: 葵(あおい)
平和を謳う政府に、たった二人で抗え
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火種は燻り、やがては大きな炎となる

「たった二人の少女に本拠地まで攻め込まれ、主力である(リク)を殺められ、総督でさえ深い傷を負わされた。貴方も、そろそろ覚悟をした方がいいかもしれませんよ?」


「何が言いたい」


「火種は(くすぶ)り、やがては大きな炎となる。それはもう……足元どころか喉元まで迫っていますよ。解りますよね? 火種は貴方達が()いたのですよ。促進剤を開発したばかりに大切な者を失った人が居る。たくさん泣いた人が居る。私達の胸の中で渦巻き続ける……憎しみと言う名の火種をね」


「燻った火種など踏み消す、それで(しま)いだ。我々の掲げる平和は……未来永劫揺らぐことはない」


 臨戦態勢を取った吉瀬に対し、來奈が先に仕掛ける。唐突に切られた戦いの火蓋。真正面から突っ込んだ來奈は右手に持つ三本のナイフを突き出す。だがそれは初撃のフェイント。そのまま右側方へと飛び退くと、壁に靴底を張り付け、反発の勢いで飛び掛かった。


 狭い通路を利用した攻勢に超反応を見せた吉瀬は、無駄の無い動きで刀を添える。そこに吸い込まれるように迸る衝撃。ナイフと刀は()くような金属音を奏でた。刀を握る手に左手をも添える吉瀬と、右手一本で余裕綽々と渡り合う來奈。両者間には競り合いすら起こらず、純粋な力のみで押し切られた吉瀬の刀が、中腹より真っ二つにへし折れた。


「そんなものですかあ?」


 過剰接種(オーバードーズ)により感情の抑揚が大きく乱れる。曖昧になる自身の内側になど興味を示さず、そのまま見開かれた目は挑発の代弁。刀をへし折った勢いを利用して反発した來奈は、地に足を付かないまま空中で身体を翻し、顔面目掛けて右脚を振り抜く。


 まさに一瞬の出来事。

 

 吉瀬は左腕を添えるも勢いを殺すことは叶わず、亀裂の迸る壁面に吸い込まれるように叩き付けられた。大破する壁が瓦礫を散らす。巻き上がる濁った煙が互いの視線を遮断した。小さな吐息をつく來奈は、追撃を試みようとするも身体が動かないことに気付く。身体から迸るは蒼白い電流。触れ合った際に流し込まれたのだと、苛立ちに表情が歪んだ。


「本当、厄介な能力ですね。電気ウナギさん」


 吐き捨てる來奈の眼前で、積み上がった瓦礫が盛り上がる。軽々と瓦礫を跳ね除けた吉瀬が外套の汚れを払い、蹴りを受けた左腕を動かしながら可動域を確かめた。


「たかが蹴り一発でこの威力か」


 骨に(ひび)が入ったであろう痛みがひしひしと伝わる。吉瀬は何食わぬ顔で痺れて立ち(すく)む來奈の首を掴み、そのまま壁面へと叩き付けた。


「言え、貴様の目的はなんだ」


 喉元を締め付けられ苦しげに咳き込む來奈。だが、顔を上げた彼女の眼光はこの場に相応しくない鋭さをしており、抉るように吉瀬を睨み付けていた。


「……政府に復讐を果たし、そして復讐を()()()()()こと」


「解せないな」


「理解していただく必要など有りませんので」


 垂れ下がっていた腕に主導権が戻る。感電状態から解放された來奈は、右手を振り上げ吉瀬の胴体を切り上げた。吹き上がる鮮血越しに互いの視線が交わる。


「同じ手はもう通用しませんよ。直接貴方に触れなければいいだけの話でしょう」


 地に足を付いた来奈は、未だ首元に残る掴まれているような感覚に辟易する。手中のナイフの長さが純白の炎により延長されており、それを目の当たりにした吉瀬が「なるほど」と口元を緩めた。


「なら、これはどう対処するつもりだ?」


 腕を突き出す吉瀬。だが何も起こらない。周囲の気配を探る來奈の背に、突如として激痛が迸った。突き刺さったのは先程へし折った刀であり、じわりと広がる暖かい血の感触が、傷の深さを言わずと物語った。


「こんなもの……」


 歯を食い縛った來奈は、反撃に打って出ようとナイフを握る手に力を込める。そして気付く。折れた刀、その切っ先が見当たらないことに。


「──ッ!!」


 嫌な予感は(ことごと)く的中する。背に突き刺さった二本目は命へと届き得る一撃。ついに、來奈の足元が僅かに揺らいだ。


「まさか、電気を利用して引き寄せたと? 性格悪いですね」


 嘔吐(えず)き、吐血。赤く染まった口元から真っ先に吐き出されたのは、激痛に悶える(うめ)き声ではなく皮肉だった。


「戯言はあの世で言え。元よりその傷だ、生きて帰ることなど叶うはずもない」


 突き出した右手を強く握り込む吉瀬。背に突き刺さった刀が更に深く食い込む。だが、獅子を象る純白の魔力が、それ以上突き刺すことを許さないと言わんばかりに食い止めていた。体中を傷に蝕まれ、命の終わりが着実に近付く。前のめりに倒れた來奈は、すんでのところで右脚を強く踏み出し、地に屈するのを阻止した。


「ふふ……殺してから言って下さいよ」


 浮かぶ狂気。表情を引き()らせた吉瀬の眼前で、有り得ない濃度の魔力が高まりゆく。術者は紛れもなく來奈。荒れ狂う純白が、荒波の如く空間を泳いだ。來奈の背に突き刺さった刀が、独りでに燃え始めて灰となる。それは空気中へと散り散りになり、武器としての生命活動を完全に終えた。深い吐息と共に上げられた顔。同時に、獅子が咆哮をあげた。


「そこを……退けぇぇええ!!」


 それはまるで死に瀕した獣。強く踏み締められた地が陥没する。吉瀬の注意が割れ砕けた破片へと向いた瞬間、來奈は既に眼前へと迫っていた。


 ──全く認識出来なかった。


 吉瀬の中でそんな思考が巡るも、肩から横腹にかけて切り裂かれた痛みにより、意識は強制的に回帰する。傷跡が灼熱を主張し、身体が無意識のうちに崩れ落ちることを選択した。


「黒……瀬……」


 まともに声を発することすら叶わない。ただ歴然とした力の差だった。仰向けに倒れ込んだ吉瀬。対する來奈は見向きもしない。一切興味を示さず、獣のような唸り声を発しながら、政庁奥へと進み行った。


 複雑に入り組んだ通路や巨大な部屋を超え、時折向かい来る者達を即座に殺めていく。無我夢中で突き進んだ來奈は、ついに三階へと至る経路を捉えた。(ねじ)り曲がった階段が上へと続いている。崩落している箇所や凍結した箇所。入口のものよりも損傷は酷く、比較的新しいであろう戦闘跡が残されていた。


「詩音……何処に居ますか!!」


 三階へ到達し、戦闘跡がより酷い箇所を進む來奈。傷跡を焼いた彼女は、出血をし過ぎた為に霞む視界に辟易しながらも前だけを見据える。壁に手を付きながら歩みを進める最中、唐突な吐き気が來奈を襲う。堪えられるはずもなく嘔吐。それは過剰接種(オーバードーズ)による明白な拒絶反応。彼女は吐瀉物(としゃぶつ)の付着する口周りを袖で拭うと、未だ口の中に残る不快な味を吐き捨てた。


「ん……?」


 小さな違和感。少し進んだ先で、空間の温度が急激に下降する。肌を焼くような冷たい魔力が漂っており、周囲には星屑のような純黒の魔力粒子が浮遊していた。間違いなく詩音の力だと本能が語る。來奈はふらつく身体を律しながらも、十字路を一気に突っ切った。


 開けたのは、大きな地震でも起こったのかと錯角するほどの景色。天井は割れ落ち、至る所に風穴が空いており、地面や壁は分厚い氷に蝕まれていた。無造作に散らばる瓦礫の残骸の中、中身の入っていない注射器が転がっている。拾い上げて中身の有無を確認した來奈は、視界の隅に探し人の姿を捉えた。

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