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相反する白と黒  作者: 葵(あおい)
平和を謳う政府に、たった二人で抗え
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提案ではなく命令

「提案があります」


 何も読み取れない紺色の瞳が鈍い光を発した。


「此処で、最後の一人になるまで殺し合いをしませんか? まあ、私は尾堂……貴方を真っ先に殺しますが。その後は貴女ですよ、詩音」


「それでいいよ、私は。促進剤を開発した政府、そして母親を殺した來奈。どっちも殺せるのなら異論は無い。そろそろ終わりにしようよ? こんな下らない争いはさ。ねえ? 尾堂」


 二人の視線は尾堂へと向けられる。当の本人は心底愉しげに喉を鳴らした。


「周りを見れば解るでしょう? 燃え盛る炎の中、どの道逃げ場はありませんよ」


「黒瀬君、君は本当に面白いことを言う」


「死を前にして気でも狂いましたか?」


「残念だがその提案には乗ってあげられない」


「そうですか、なら一つ訂正します。“提案”ではなく“命令”です」


 逃さまいと言わんばかりに、周囲の炎が一際勢いを増す。一切の混じり気の無い純白。虚空を揺蕩(たゆた)う炎が不気味に揺らめいていた。


「さすが黒瀬君、今や過去の実験における唯一の生き残り。だが、うちのじゃじゃ馬娘が、私だけが愉しむのを赦してくれないらしい」


 立てられた人差し指が空を向く。同時に顔を上げる詩音と來奈。何処からともなく響き渡る何かの駆動音が、次第に三人の元へ近付いていた。


「ヘリ……?」


 何層にも重なった分厚い雲を背景に、低めの高度を飛ぶヘリコプターが姿を見せる。片側の扉は開け放たれており、そこから身を乗り出した一人の女性が、靡き過ぎる髪の毛すら気にも留めず、無邪気に手を振りながら地上を見下ろしていた。


「私は目が悪いから見えない。來奈、あれ誰?」


 何かを叫ぶ女性。だが個の判別には至らない。


「……間違い無く天笠ですね。仕草だけで解りました」


「何してんの」


「さあ? 彼女のことは貴女の方が詳しい筈ですが」


「だよねえ。でも、天笠だけは何度会っても理解出来ないの」


「さすが、じゃじゃ馬娘と言われているだけはあり……えっ!?」


「えっ!? 何!?」


 倣って悲鳴に近い声をあげた詩音は、來奈と同じ方向に視線をやると目を見開いた。ヘリコプターから生身で飛び降りた天笠。それはまるでパラシュートの無いスカイダイビング。空中でありながら器用に身体を操る彼女は、両腕を大きく突き出し巨大な斧を具現化させる。


 瞬く間に地上と近付く距離。身体を大きく後ろに反らせた天笠は、巨斧を握る両手に力を込めた。


「離れて!! 詩音ッ!!」


 二人が飛び退いたとほぼ同時に、立っていた箇所がクレーターの如く陥没した。叩き付けられた巨斧は地を抉り、地鳴りに近い振動を起こし、耳を劈く轟音を迸らせた。


 巻き上がる角張った瓦礫が身体を叩く。無意識に來奈を庇った詩音の背には、小さな瓦礫が幾つも突き刺さっていた。この状況において尾堂は一切動かない。全ての瓦礫は、彼に到達する前に速度低下が齎された。


「天笠、君は乱暴過ぎる。もう少しお淑やかにしなさい」


 辺りに砂塵が立ち込める中、無傷の巨斧を担ぎ上げた天笠が「気が向いたらねー」と説教を聞き流す。地面を抉った際の風圧により純白の炎は全て消えており、立ち込めていた熱は嘘のように冷め切っていた。


「來奈、大丈夫?」


 少し離れた位置で地に屈する二人。背から滴る血を隠そうと背を向けるも、來奈は即座に気付いた。


「詩音、血が……!!」


「大丈夫だよ、こんなの凍らせておけば何とでもなる」


「どうして私なんかを助けたのですか」


「……解んない。無意識だけど嫌だったんだろうね、來奈を傷付けられるのが。共に過ごした時間に嘘はつけなかった。でも安心して、あんたを赦した訳じゃないから」


 背に突き刺さった瓦礫を処理しながら立ち上がった詩音。名残惜しそうに伸ばされた來奈の手は、掴むものを失って力なく垂れ下がった。


「背に瓦礫が突き刺さるより痛いかもしれませんね……」


「ん? 何か言った?」


「いいえ、助けてくれてありがとうございます」


「気にしないで。変なことは考えなくていいよ? 私と殺り合う時に殺意を鈍らせられたら困るから」


 僅かな沈黙を撃ち抜くように雨が視界を横切る。炎により火照っていた身体が急激に熱を失っていった。


「尾堂の周辺には、空気抵抗が自由自在な領域が存在する。そこに踏み入ってしまえば行動が大きく制限される。近付いたら勝ち目は無いと思った方がいいよ」


「なるほど、以前の政庁で歯が立たなかったのはそれが理由でしたか。でも、何故私に情報を?」


「あんたの親の仇でしょ? 尾堂は譲ってあげる。でも一つだけ約束して」


「……約束?」


「あんたを殺すのはこの私。こんなところで負けないでね」


「私が負けると思いますか?」


 食い気味に視線を合わせた來奈は不機嫌そうな顔をする。「ううん、思わない」と首を振った詩音は優しく微笑んだ。倣って笑顔を見せる來奈。僅かに流れた優しい時間。それはまるで、以前の関係のよう。


「二人とも見付けたよー!!」


 晴れ始めた砂塵の中から飛び出した天笠は、巨斧の石突き部分で地を叩く。長く捻れた柄の先端に、堅牢で分厚い紅き刃。重量も凄まじいのか、叩かれた地面には亀裂が迸った。


「昨日振りだね、天笠。あれだけ囲まれていたのに生きてたんだ」


「あのさー、咲ちゃんさー、君が死なないでって言ったんじゃん。後味悪いからって」


「へえ、律儀に約束守ってくれたんだ?」


「約束と時間を守れない人はお友達を無くしちゃうよー?」


「忠告どうも。で、どうする?」


「んー?」


「來奈は尾堂と殺り合うみたいだから、必然的にあんたの相手は私になるけれど」


「あのさー、私さー、(リク)と凄く仲が良かったんだ。だから六を殺した君を心の底から憎んでるのー。殺ろうよ、咲ちゃん」


 可愛げに首を傾げる天笠。「場所を変えようか」と提案した詩音は、來奈に此処を離れることを視線で合図する。「いいよー」と了承した天笠は、詩音の耳元にそっと口を寄せた。


「────」


「え……?」


 紡がれた何か。詩音の表情が変わるも即座に是正され、かと思えば、無言で天笠に続く。


「詩音……死なないで下さいね」


「……あんたこそ、そんな下衆野郎さっさと伸しちゃって。私の知る來奈は強い、誰よりもね」


 それ以上言葉が交わされることは無い。踵を返した詩音は肩越しに右手をあげると、天笠を追ってその場を後にした。

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