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相反する白と黒  作者: 葵(あおい)
第三研究棟
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重なる不自然

「大丈夫? 抱き締めてあげよっか?」


「結構です」


「あっそ」


 研究棟内を歩く内に、來奈の身体の震えは止まる。提案を断られ口を尖らせた詩音は、再び自身の黒ブラウスで拭われた鼻水を見て「お気に入りの服なのに……」と肩を落とした。


 そのまま施設内を探索し、相変わらず來奈へと向けられる視線を掻い潜り、様々な部屋を踏破する。用途不明の機械が敷き詰められた部屋や、薬や注射器などが大量にストックされた倉庫など、今のところ手掛かりとなるような発見は無かった。


「さすがに広過ぎますね」


「腐っても政府の施設だからねえ。手掛かりも無いしどうしたものか」


 見た景色を思い返しながら歩みを進める中、二人と対面するように白衣の女性が足早に歩いて来た。身構えた二人ではあるものの、女性は立ち止まるや否や可愛げな笑みを浮かべる。


「やっと見付けましたよ。この辺りで見かけたと他の者から連絡がありましたから。黒瀬さん、準備は整いましたか? 上の階で皆が待っていますよ」


 顔を見合わせる二人。そのまま横に振られた首は、話を理解出来なかったことの証明。「上の階で何があるのですか?」との問いに、女性は口元に手を当てて含み笑いをした。


「またまたそんなご冗談を。今日は促進剤の接種日でしょう? 副作用無しで能力の大幅な向上、そして日常生活における疲労蓄積の軽減。選ばれた黒瀬さんや他の九人の方達が羨ましいです。私にも早く順番来ないかなあ」


「何を言っているのですか? 貴女は一体、何と話をしているのですか……!!」


 自身でも不思議な程に熱くなっていた來奈。肩に手を置いた詩音がそれを制す。「すみません」と我に返った來奈は、唐突に顔面を押さえると歯を食い縛った。


「やっぱり……見覚えがあります……この人も……さっきの人達も」


 激しい頭痛が來奈を(さいな)む。頭の中で何かが繋がりゆく感覚に遭う彼女は、顔面を押さえた指の隙間から女性の姿を射抜くように見据えた。


「今日は東暦何年の何月何日ですか?」


「黒瀬さん? どこか具合でも悪いんですか? 別の者に掛け合ってみましょうか?」


「いいから答えて下さい」


 困り顔で手帳を取り出した女性は、何度かページを捲ると落とした視線を固定した。


「本日は東暦二〇五八年十一月二十四日です」


 頭痛を無理矢理に押し殺した來奈は、隣で驚きの声をあげた詩音と視線を合わせた。


「東暦二〇五八年って五年前じゃん」


「にわかに信じられませんが、この人達は実験が行われる少し前の時間軸に囚われ続けているのかと」


「……何それ、意味解んないんだけど」


「あくまで仮説です。私にも解りません」


「でもそれが事実なら、接種対象であるあんたにだけ視線が降り注いだのも頷ける」


 眼前の女性は不思議を絵に描いたような表情を浮かべている。


「ところで黒瀬さん。お隣の方はどなたですか? 接種対象者の中には居なかった筈ですが」


「促進剤のせいで大事な者を失った人ですよ。政府がこんなもの開発しなければ……私達は今頃此処には居なかった」


「えっと、何を仰っているのですか? 促進剤は国の繁栄の為に作られた薬ですよ? だから様々な世代の人に託すのです」


 屈託の無い笑みが逆に不気味だった。面倒臭そうにため息をついた來奈は、両手を広げると自身へと視線を誘導する。


「私達は東歴二〇六十三年に此処へ来ています。貴女達の住む世界から、五年先にあたる未来です」


悪戯(いたずら)揶揄(からか)うのはやめて下さい」


「果たして本当に悪戯でしょうか? 私をよく見て下さい。データと照らし合わせても構いません。今の私は十八歳。貴女達の手元にあるデータ上の私は十三歳でしょう? 促進剤を用いた人体実験が行われたのは、私達換算で五年前ですから」


「何が言いたいのですか?」


「私、十三歳に見えます? そんな訳ないですよね。どういった原理かは解りませんが、私達は別の時間軸を生きているという訳です」


 來奈は小さく息を吐き出すと更に続ける。


「なんなら十三歳の頃の私が知らない情報を言いましょうか? レイスの総督の名は尾堂。更に言うならば私の被検体ナンバーは七。そして六は私と歳が近い少年」


 一歩退いた女性が純粋な驚きを見せた。


「一体何処でその情報を……?」


「東歴二〇六十三年、五年後です。この実験は悲劇を生む。促進剤を接種して自我を失った六番と七番()が、研究棟内で暴れ貴女達を皆殺しにします。レイスが待機しているのも知っていますよ? 残りの八人は化け物と化し、即座に鎮圧されますから」


「私達が……死ぬ……?」


「はい、間違いありません。死んだ筈の貴女が何故生きているのか、甚だ疑問ですがね」


「何を言っているのですか? 早く上の階に向かって下さい。まもなく接種が始まりますから」


「上へ行ったところで何もありませんよ。実験が行われたのは五年前ですから」


 解せないと言わんばかりに表情を凍らせた女性は、何も語らず無言のまま血の涙を流す。一瞬にして張り詰めた場の空気。身構えた二人は即座に臨戦態勢を取った。


「黙っていれば……ラクニシネタモノヲ……!!」


 女性の左腕が膨張する。まるで大木だった。歪なドス黒さが肌を侵食し、本来の肌色は塗り潰されて名残すら皆無となる。声は低く枯れ切っており、最早人で無いことが容易く代弁された。


「詩音、私の後ろへ。促進剤を接種している者は全て私が相手します」


「……どうして?」


「生身の人間とでは力の差が歴然だからです。能力を持たない者なら敵うかもしれませんが、能力者が接種した場合、その差はより顕著に表れる」


 力無く垂れ下がった分厚い左腕が振り子のように揺れている。ゆらりゆらりと三往復目を迎えた時、地を蹴った女性が腕を振り抜いて前方を薙ぎ払った。


「詩音……!?」


 止めたのは來奈ではなく詩音。私が護ると言わんばかりに前へと出た彼女が、腕一本で大木を塞き止める。


「あんたが下がってなよ、來奈」


 殺し切れない衝撃だけが通り抜けて壁を穿(うが)つ。意図せず覗く向こう側の景色。「ラッキー、エレベーターじゃん」と軽々しく紡いだ詩音は、右脚を振り上げて分厚い腕を切断してみせた。


 木霊する断末魔の叫び。女性は裂けるほど口を開けて激昂し、半分程度の短さになった腕を無差別に振り回す。


「促進剤の接種は確かに脅威だけれど……喧嘩を売る相手くらいは選びなよ?」


 短い風切り音、虚空で煌めく湾曲した刃。視認すら赦さない速さで繰り出された蹴りが女性の首を()ね千切った。


「相手が悪かったね」


 二つに別れた身体は凍結し、軽快な音を立てて弾ける。飛散した純黒の氷片はまるで雨のようで、それでいて、美しくも儚い表情を晒した。


 まさに圧倒。「さて」と手を打ち鳴らして仕切り直した詩音が、風穴の空いた分厚い壁面を潜り抜ける。重厚な金属扉を持つエレベーターが、まるで二人を誘うように口を広げていた。

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