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相反する白と黒  作者: 葵(あおい)
激動の帝例特区
27/57

てへっ

 病院内へは拍子抜けするほど簡単に入ることが出来た。二人への敵意を抱く者は居らず、夜間でありながらそれなりの人気(ひとけ)はある。焦燥に駆られる二人の異変に気付いたのか、見回りをしていた看護師が手を挙げて歩み寄って来た。


「どうかしましたか?」


「この子が……!! えっと……あの……!!」


 瞳を潤ませて取り乱す詩音。見兼ねた來奈が「突然咳き込み、胸を押さえて苦しみ始めました」と簡潔に説明する。詩音に背負われた瑠依の顔を覗き見た看護師が、何度か頷いた後に奥の通路を指差した。


「ああ、瑠依君ですか。彼の病室へ連れて行きますね」


「助かるよね……!?」


「この子は重い心臓病を患っていまして、この程度の発作はよく起こるのです。薬を飲ませればすぐに落ち着きますので、ご心配は要りません」


 落ち着き払った様子で紡いだ看護士の女性は、流れるように二人の襟元に視線を向ける。そこには十字傷の刻まれたレイスのバッジが身に付けられており、何かを察したのかすぐに目が逸らされた。


「隠さなくていいよ。気付いているんでしょ? 私達の正体に」


「病院内ではそんなこと関係ありませんから。貴女達がどんな者であろうと、瑠依君の命を救ったのは事実……ありがとうございます」


 顔を見合わせた詩音と來奈は、それぞれにバツの悪そうな顔で視線を落とす。何故か痛む心を鎮めるように、ぎゅっと胸元が押さえられた。


「……こちらこそ、迅速に対応してくれてありがとう」


 瑠依を連れた看護士は病室内へと姿を消した。一難が去り吐き出された安堵の吐息。長椅子に腰掛けた詩音は目を擦ると大きく伸びをする。倣って隣に座った來奈は「あっ!!」と大きな声をあげた。


「何!? どうしたの!?」


 大きく仰け反った詩音が周囲を警戒するも何ら異常は無い。「敵襲かと思ってびっくりしたよ」とふてくされた詩音が首を傾げて話を急かした。


「……思い出しました。大麻の件で民間企業に出向いた時、天笠と殺り合いましたよね? その時に彼女が落として行った写真をまだ持っていますか? 映っていた少年と瑠依君……とても似ていませんか?」


 手を打ち鳴らしながら「それだ!!」と詩音。取り出された写真を覗き込む二人は、写る人物と瑠依が同一人物であることを確信する。顔を見合わせて席を立ち、そのまま二人が向かったのは看護師が瑠依を連れて入った病室だった。


「やっぱり間違いありませんね」


 入口のネームプレートに刻まれている名前は『天笠(あまがさ) 瑠依(るい)』。入院して長いのか、プレートが僅かに汚れてしまっている。


「まさか、殺した天笠 日依(ひより)の弟だったとはね」


「弟も殺しておきますか? 看護師ごと屠れば口封じにもなりますし」


「こらこら、物騒なことを言わないの。にしても、日依(ひより)瑠依(るい)の治療費の為に頑張っていたという訳か……少し悪いことをしたかな?」


「いえ、全く。どのみち政府は皆殺しなのですから、それが早いか遅いかというだけ」


 相槌を打った詩音の瞳が不思議な人の流れを捉える。足並みを揃えずに各々(おのおの)に歩く者たちは、希望に満ち溢れているのか明るい表情を浮かべている。広い病院内でありながら他には目もくれず、みな入口の方向へと歩みを進めていた。


「あれ? もう終わったのかな?」


 両手を上に向けて「さあ?」と首を傾げた來奈は躊躇い無く一人の男に近付き、悪びれる様子もなく進路を妨げた。


「すみません。私も治験に来たのですが、もう済みましたか?」


 話しかけられたことに驚いたのか僅かな間が生まれる。(のち)、優しそうな男は辿って来た通路を指差した。


「奥の病室で誓約書を書かされるから行っておいで」


「どんな内容でした? 読まずにサインしたので憶えていないんです」


「來奈、そんな適当な方法で聞き出せる訳が──」


「えっと、確か……」


 思考を巡らせた男を見て「うっそ……」と驚く詩音。だが上手くいったのなら儲けもの。シメシメと語る表情が悪人さながらの醜悪さを晒した。


「副作用で命を落とす可能性があること、謝礼の支給は治験を行ってから一ヶ月後であること、後は能力者かどうかをチェックする項目もあったね」


「そうですか、ありがとうございます。ところでどちらへ向かっているのです?」


「どちらって治験の会場だよ。外に碇泊(ていはく)している一隻の船があるだろう? 遅刻したら受けられないみたいだから気を付けるんだよ」


「あ、そうでしたね。私としたら、さっき話を聞いたばかりなのに忘れてしまいました。てへっ」


 軽く自身の頭を小突いた來奈がウィンクをする。無理矢理に絞り出された可愛らしい語尾が、静けさに包まれた病院内で行き場を無くして溶け入った。


「え……?」


 驚いて目を丸くする詩音は、來奈から発せられた言葉を脳内で何度も反芻(はんすう)する。男は気にする様子もなくその場を去り、残された両者間には何とも言えない空気が漂い始める。


「何か文句あるんですか? 少し馬鹿を演じた方が情報を引き出しやすいと考えただけですが」


「え、だって、てへっとか似合わないにも程があるよ。どちらかと言えば私の方が似合わない?」


「……また泣かされたいのです?」


「ごめんなさい」


 ため息と共に「ともかく船へ行きましょう」と仕切り直した來奈は、無理矢理に詩音の手を取り、そのまま引き()るように病院を後にした。

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