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相反する白と黒  作者: 葵(あおい)
激動の帝例特区
20/56

正面突破

「詩音、見て下さい」


「え!? 呼び捨て!? 私まだ心の準備が……」


 先程と同じく頬を抑えて首を左右に振る詩音。即座に頬が抓られ大人しくなると、そのまま指差された方向に視線が向いた。分厚く錆び付いた白鉄色の扉。その上部では階数を示す数字が何度も行き来している。


「エレベーターがあるということは……」


「選択した階によっては死ぬでしょうね。開いた瞬間敵陣ど真ん中の可能性も存分に有り得ますから」


「既に敵陣ど真ん中じゃない?」


「ま、まあ……」


 唸りながら頬を掻く來奈。惰性で階数表示へと向いた目が僅かに細められる。忙しなく行き来していた数字が嘘のように静まり返り、一直線に地下へと向かって来ていた。


「これ、誰か降りて来てません?」


「ええっ!? まさかもう脱獄に気付かれたのかな」


 脇に身を潜めた二人は扉が開くと同時に現れた者を襲撃する。不意打ちは功を奏し、殺めた男がエレベーターから引き摺り出された。


「護身用に刀を貰っておきますか?」


「私は扱えないよ」


「私も扱えません」


 機密事項の資料や重要な部屋のカードキーなど、そんなものが都合良く見付かるはずはもない。あーだこーだと会話を交わしながらも男を物色し、結局詩音は靴ではなく刀を奪い取る。そのままエレベーターへと乗り込んだ二人は、天井の隅っこに備え付けられた見慣れた設備に嘆息した。


「監視カメラがありますね」


「まあ……当然だよね」


「さすがにバレましたね。これでもう隠れる必要はなくなりました」


 カメラに向けて中指を突き立てる詩音。隣では、來奈が大きく舌を突き出して挑発じみた表情をする。唐突に振り返った詩音に対し、來奈は何事もなかったと言わんばかりに表情を是正した。


「あまり挑発しないで下さい」


「あんたもしてるじゃん」


「……バレてないと思ったのに」


 独白しながらボタンに指を這わせた來奈は「どの階へ行きますか?」と判断を仰ぐ。唸りながら腕を組んだ詩音が、二の腕を人差し指でトントンと叩いた。


「当然だけれど脱出するなら一階。ここで暴れて皆殺しにするなら最上階でもいいよ。ラスボスが居たりして?」


 迷いなく一階を押した來奈に「意外だね」と野次が飛ぶ。特大のため息がエレベーター内に響き渡った。


「勝ち目などある訳ないでしょう。必ず殺り合う時が来るからその時まで生き延びなきゃ、貴女はさっき私にそう言ったはずですが? それに今回の目的は、第三研究棟へ向かい五年前の真実を知ることですから」


「政府への殺意は隠さない割に、物事は冷静に判断する。來奈の良いところだよね」


「良いかどうかは別として、戦闘に備えて下さい」


 稼働を始めたエレベーターが地下牢から一階へと昇る。昇降の際の僅かな振動が、脈打つ鼓動を無意識に早めた。


「じゃあ、私のいいところは? 可愛いところ? それとも超強いところ?」


「見た目によらず泣き虫なところでは?」


「え? どうして?」


「イライラしている時に泣かせば、ストレス発散くらいにはなるでしょう」


「……最ッ低!! そんなことの為に私を泣かせるの!?」


「場合によっては」


 悪びれる様子もない來奈に、首を勢いよく背けた詩音は「もう知らない」とあからさまに拗ねる。メンヘラ顔負けの拗ねていますアピールに、二度目のため息が添えられた。


「冗談ですよ」


「もういいもん」


「後で美味しいスイーツでもご馳走しますよ」


「……知らない」


「機嫌を直してくれたら、ほっぺにキスくらいしてあげてもいいですよ」


「直ったよ」


 ケロッとする表情で「ほら早く」と差し出された張りのある頬。來奈にそんな気は一切なく、無情にも時間だけが過ぎてゆく。そして遂に長い上昇が終わり、放ったらかしにされた頬を嘲笑うように、錆びた扉が歪な音を立てながら開いた。 開けた景色は広大な空間。茶色い建具を主とした広間は、エントランスに相応しい高貴さを醸す。装飾過多の煌びやかな柱や屋内用噴水。誰が歩くのか不明なレッドカーペットにおいては、上階へと続く階段全てに敷かれている。垂れ下がるシャンデリアに似た照明器具からは、ぼんやりとした優しい光が発せられていた。


「あらら。やっぱり一階となるとエントランス直通か」


 先程までとは違い冷たい表情を見せる詩音。まるで氷のように冷めきった瞳は、視線の集中砲火を浴びせる政府の連中へと向いていた。開幕早々袋のネズミ。次に拘束されれば間違いなくその場で殺される。二人は理解しているからこそ、周囲が身構える前に先制を仕掛ける。


「あっ、ちょっと來奈!!」


「射撃訓練じゃないんです。こんな所に居たら恰好の的でしょう」


 先にエレベーターから飛び出したのは來奈。挨拶代わりに巻き上がった純白の炎が高貴な空間を嘲笑う如く蝕む。灼熱に焼かれた者達が、この世のものとは思えない悲鳴をあげて命を散らせた。刺々しく燃ゆる炎を飛び越え、來奈は更に奥へと突き進む。ぴょんぴょんと兎のように身軽な彼女を横目に「これだけ離れれば巻き込む心配も無いか」と詩音が魔力を練り上げた。意識外から放たれた銃弾を、エレベーターの壁に背を張り付けることでやり過ごす。一呼吸おいて外へと飛び出した詩音は、不敵な笑みを浮かべながら零度の魔力を解き放った。


 それはまるで津波。


 地鳴りを引き連れて湧き上がった純黒の氷塊が辺り一面を喰らいながら猛進する。圧倒的な質量を持つ氷による領域侵食。地面は剥がれ、無理矢理に押し退けられた柱は(ことごと)くへし折れて倒壊の運命を辿る。飲み込まれた者は全身を凍結させ、角張った氷塊に身体の至る箇所を貫かれて絶命した。


「ゴミ共が死という命の始まりに還る。滑稽な光景……なんちゃって」


 場が余計に寒くなった気がした。純黒の氷は血液の赤すら主張を赦さず、白と黒で埋め尽くされた周囲は混沌としていた。だがそんな死の奔流を潜り抜けた者が、堂々たる闊歩で詩音目掛けて距離を埋める。刀を抜いた一人の男。迎撃体制を見せる詩音は顎を引いて、先程奪い取った刀を眼前に掲げた。


「さあ、私と(あそ)ぼっか!!」


 互いに力を押し付け合う一閃。薙がれた刀を止めた際、振動が腕を通して脳裏まで駆け上がる。反射的に「痛った」と()()る詩音。扱い慣れない刀は弾き飛ばされ、切っ先を振り回しながら明後日の方向へと飛んだ。


「お前が刀を扱うという情報など出回っていない。所詮は付け焼き刃だったな」


「やっぱりそんな玩具より、詩音ちゃんキックの方が得意みたい。ごめんね? ここからは本気だから」


 間髪入れずに振られた刀を屈んで躱し、重心を遊ばせて足元を払う。体勢を崩した男の腹部に零度の魔力が叩き込まれた。身体の中心部より凍結した男は目を見開いたまま動きを止める。「退()いて、邪魔」と詩音が横を通過した際、入れ替わるように砕け割れた。炎と氷による侵食がエントランスを見るも無惨な光景へと変えている。白と黒、まるで色を無くしたモノクロの世界だった。


「修理費いくら掛かるんだろう?」


 そんな下らない思考を巡らせる詩音とは相反して、來奈は逃走ルートに使うであろう細道の掃討に当たっている。対多数では細い通路で順番に迎え撃つのがセオリーであり、小柄な身体も相まって、華麗に翻弄する彼女を手に負える者は今のところ存在しない。


「ナイフ一本しか持っていないのにつっよ」


 討ち漏らしを片付けながら援護に向かう最中、詩音の目に一人の女性が映る。後ろに手をついて座り込む若い女性の股間の地面には、先程弾き飛ばされた刀が突き刺さっていた。


「何してるの? あんたも早く掛かっておいでよ。来ないなら不意打ちしちゃうよ?」


「私は戦闘要員では無いんです。腰が抜けて立てません……見逃して下さい」


 そう言い涙目で訴える女性。どうやら刀が飛んできた際に腰を抜かしたようで、この場を離れようとする意思はあるのか身体が小刻みに震えている。罠を警戒した詩音が視線だけで周囲を探った。


「襟元にレイスのバッジ身に付けてるじゃん」


「主に研究などで前線を支える部署の所属なので……」


「あっそ。でも政府の息が掛かった者は皆殺しなの。恨まないでね? 私達も殺らなきゃ殺られるからさ」


 冷酷に吐き捨てた詩音は魔力を練り上げるも、何かを思い付いたのか即座に消失させる。悪知恵を思い付いた子供のように、瞳の奥がロクでもない感情に揺れた。


「質問に答えてくれたら助けると約束する。私達の武器は何処にあるの?」


 僅かな間を置いて、敵わないと悟り観念した女性が上の階を指差す。指先が僅かに震えており、嘘はないと判断した詩音はしめしめと内心ほくそ笑んだ。


「三階の研究室で管理されていましたが、先程総督が持っていかれたそうです……」


「総督?」


尾堂(びどう)総督、レイスを率いる(おさ)です」


「へえ、ぶっ殺していい? 私、レイスのこと大嫌いなんだよね」


 襟元のバッジを見せる詩音。刻まれた十字傷がアンチテーゼを語る。女性は拒絶の為か首を横に振り、それを見た詩音が「そっか」と冷たい声色で発した。女性の前に屈み込んだ詩音が手を取る。色白で繊細な手が恐怖に震えていた。


「駄目なんだ。じゃあ貴女の爪を一枚ずつ剥がしていくね。足の爪も含めて二十枚剥がしてから、また同じ質問をするから」


「い、いや……助けて下さい……お願いします……」


「あんた等も、反政府を掲げるだけで平気で人を殺すよね。それと同じだよ? 私達も平気で人を殺す。ただそれだけのこと」


 人差し指の爪に指先が触れる。涙を浮かべて震える女性。軽く力を込めた詩音は「なんてね」と可愛らしげに舌を突き出した。


「そんな下衆なことする訳ないじゃん。巻き込まれて死にたくなければ、何処か安全な場所に隠れていればいい」


「……敵を見逃すのですか」


「約束は約束。答えてくれたら助けるって言ったよね」


「でも……貴女達は帝例政庁からは出られません」


「何が言いたいの?」


 質問に応えるように、少し離れた位置を指差す女性。


「あれが尾堂総督です」


 紡がれた言葉と同時に目を見開いた詩音は短い声を洩らす。白髪頭で口周りに髭を生やした四十代後半と思われる男が、來奈の首を鷲掴みにして壁に押し付けていた。(はや)る気持ちが先走る。感情だけが前へと進み、引き摺られるようにして身体が追従する。詩音は跳ね上がる鼓動よりも先に飛び出していた。

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