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相反する白と黒  作者: 葵(あおい)
死を見届ける為
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少女達の邂逅

 揺れる車内。舗装された道路を走る心地の良い振動が絶えず身体に伝わる。ハンドルを握る黒髪の少女が気怠そうに欠伸をし、少しきつめの切れ長の瞳を雑に(こす)った。


「ねえ、あんたいくつ?」


 惰性で流れた視線は助手席へ。隣で俯いていた少女は無言で顔を上げると、ゆっくりとした動作で目を合わせる。


「……十八です」


「名前は?」


 尋問のように続く言葉と共に、視線が前方と少女を行き来する。時折進路を外れかける車が何度も不規則な揺れを(もたら)した。


黒瀬(くろせ) 來奈(らな)と申します」


 何も読み取れない紺色の瞳。ショートボブをアレンジした茶色の髪が走行の振動ではらりと揺れる。淡々と名乗った來奈は、灰色のパーカーより垂れる紐を指に巻き付けて手遊びを始めた。


「そ。私は四咲(よつさき) 詩音(しおん)。覚えてもいいし、覚えなくてもいいよ」


「じゃあ覚えません」


 捲れ上がった地面に乗り上げた車は、衝撃を以てして異常を伝える。ハンドルに頭をぶつけた詩音は「痛った……」と額を撫でた。


「え!? そこは覚えるところじゃないの!?」


「二択を提示したのは貴女です」


「はいはい私の負け。それで? 呼び方は來奈(らな)、でいいのかな?」


「いきなり呼び捨てですか」


「駄目なの?」


「別に構いません」


 空は生憎の曇天(どんてん)。何層にも重なった分厚い雲が何処までも続いている。陽の光は一切無く、今にも雨が降り出しそうな空模様だった。


「じゃあ早速だけれど、來奈は何者なの? 車を停めて休憩していたらいきなり乗せてくれだなんて、普通の人なら断るよ? 怖いし」


「乗せていただいたことには感謝します。ですが、普通の人ではないから声を掛けたのです」


 來奈の視線が詩音の襟元へと向く。纏われる黒いブラウスの襟元には、獅子を象った白銀のバッジが身に付けられていた。


「そのバッジが意味するものは、政府直属掃討部隊レイスであること」


「……そういうことね。でも残念、私はレイスのアンチテーゼ」


「解っていますよ」


 目を細めて襟元を凝視する來奈。身に付けられたバッジには誇りを引き裂くような十字の傷が刻まれており、痛々しくも剥がれたメッキ部分は僅かに錆び付いていた。


「そこまで気付いてたんだ」


「そもそも、私を警戒していたら車には乗せませんよね。仮に乗せるとしても、普通の人なら後部座席を選ぶでしょう」


「……何が言いたいの」


「私を隣に乗せる度胸。つまり貴女は自分の強さに自信がある。もしも私が暴れても制圧すれば(しま)いだと考えている……違いますか?」


 口角を緩めて「面白い子だね」と柔らかく紡いだ詩音は前を向いたまま運転を続ける。高層ビルが建ち並ぶ区画内に入り、すれ違う車の排気音が窓越しに伝わった。


「別に自信なんて無いよ。歳も近そうな女の子から乗せてと言われたから、ただの親切心で乗せただけ。逆の立場で考えたら断られると落ち込むしね」


「優しい方で良かったです」


「もしもあんたが政府側の人間で、私を殺すことを企んでいるのなら掛かっておいで。相手くらいしてあげるよ? さすがに運転中の不意打ちは勘弁して欲しいけれど」


「武器も持たないのに、ですか?」


「こらこら、嘘をつかないの。その可愛らしいスカートの下で両太腿に身に付けられたレッグシース。左右に三本ずつ計六本……小型ナイフを仕込んでいるよね」


 膝丈よりも上、短くアレンジされた灰色のプリーツスカート。白のニーソックスが肌の白さに拍車を掛ける。武器の所持を見破られて驚いた來奈は、上から無意識にスカートを押さえた。


「殺るの? 殺らないの?」


「殺りません。私は政府側の人間ではありませんから」


「そ。それを聞いて安心したよ。私は見ての通り丸腰だし、何よりも運転に忙しいから」


 「それで?」と続ける詩音はハンドルを軽快に切る。高層ビル群の景色を抜け、少し寂れた区画が姿を見せた。先程とは打って変わって都会とは言えなくなった街並み。辺りには閉店して看板が錆びてしまった店や、崩れ掛けの空き家が所狭しと並んでいる。


「來奈、あんたの目的地は? これも何かの縁だから特別に送ってあげるよ」


「何処でもいいですか?」


「うん? 言ってみて? 私が知っている場所なら何処だっていいよ」


「じゃあ……」


 景色を堪能していた來奈の視線が詩音へ。引き込まれそうな紺色の瞳の奥が僅かに揺らいだ。


「政府直属掃討部隊レイスに対するアンチテーゼ。つまりは反政府。その仲間に入れて下さい」


「……え?」


 浮かぶ怪訝そうな表情。(なら)って首を傾げた來奈は故意的に似たような顔をする。しばらく無言で見つめあった二人は、腹の底を探り合うような冷戦状態へと陥った。


「何ですか?」


「それ、本気?」


「冗談で言うとでも?」


 落ち着いた思考を巡らせる為か開けられた窓。吹き込む冷たい風が二人の髪を靡かせる。車内には辺りの喧騒だけが漂い、暴れる髪を押さえた來奈が返答を待つように詩音を流し見た。


「政府には逆らわない方がいいよ? 反政府の思想が漏れれば容赦なく殺されるし、私と居ても危険が伴う。問題を起こそうものなら真っ先にレイスが飛んで来るしね」


 軽く思考を巡らせながら「やっぱり車から降りた方がいいんじゃない?」と減速する詩音。そんな彼女に対して横から手を伸ばした來奈があまりにも適当にハンドルを切る。あらぬ方向へと進路を変えた車が、大事に至る前に詩音によって是正された。


「ちょっと!! 危ないでしょ!!」


 僅かに膨れる詩音に膨れ返す來奈。二匹のフグが頬を膨張させ合い意志の衝突が巻き起こる。互いに譲らず、眉間に(しわ)を寄せた來奈が追撃を試みる。


「……仲間に入れて下さい。これ、二回目ですよ」


「あのさあ、目的は何なの? あまり揶揄(からか)わないでくれると嬉しいのだけれど」


「目的? 政府の連中を皆殺しにすることです」


「あらら、随分と物騒だねえ。まあいいや」


 面倒臭そうに投げ出した詩音は、バックミラーを確認するや否や表情を変えてアクセルを力強く踏む。軽快な排気音を撒き散らしながら公道を爆走する車。切り替わる外の景色が現実離れした速度を物語った。


「今のは聞かなかったことにしてあげる。でも、あまり無茶ばかり言うと早死にするよ? 子供じゃないんだから」


「子供と言いますが、貴女も対して歳変わらないでしょう」


「うん、同じだよ? あんたと同じで十八。でも私は、そんな馬鹿げた思考は持ち合わせていない」


 馬鹿げた思考、という言葉に再び膨らむ頬。虚ろな紺色の瞳が感情の理解を拒絶するように曖昧な表情をみせた。詩音が(しき)りにバックミラーを確認する。併せて、面倒臭そうなため息。更に速度が上げられ、車内の揺れがより一段と酷くなった。


「目的地も言わないし、そこまで物騒なことを言うのなら一件付き合ってもらおうかな?」


「お酒を飲むには二年早いですが。でもいいですよ? 私お酒強いですし、仲間に入れてくれるという条件で付き合ってあげます」


「こらこらお酒の話じゃないよ、私の目的地に行くの。と言ってもすぐそこなんだけどね」


 時間にして僅か二、三分。車が停止したのは湾岸沿いの倉庫前。本来ならば人があまり立ち入るエリアではないのにも関わらず、この日だけは大きく状況が異なっていた。

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