派手過ぎる先制攻撃
「ごめんね、割と大変だったの」
「天笠さんは?」
「拘束して車両ごと切り離した。脱線したから死んだんじゃない?」
まるで他人事のように後方の景色が指差される。遥か遠方では凄まじい黒煙が広範囲で上がっており、脱線した車両が街中を豪快に薙ぎ倒したことは明白だった。
「凄まじい炎が上がっていましたが、まさか貴女の仕業でしたか」
「そ。それであんたは何してるの? 急ブレーキや急加速を繰り返していたけれど」
ガチャガチャと運転を行う手元に視線が向く。本人も訳が解っていないのか、伸ばされた手があっちこっちに触れては視線も右往左往している。
「どれがどの挙動を示すのか見極めていました。粗方掴んだのでもう大丈夫です」
「あらら。もしかして天才?」
「もしかしなくとも天才です」
「頭悪そうなのに」
両手が塞がっている為に頬を抓ることは不可能。日頃の仕返しと言わんばかりの低俗な煽りが飛んだ。「はいはい」とジト目で適当に流した來奈が左前方の景色を指差す。
「あの転轍機のレバーを奥に倒して下さい。変えられた進路を是正します」
「奥に倒すって……横を通過する一瞬で? 無理ゲーじゃない?」
「無理ゲーどころか私達がしているのは死にゲーでしょう。もうこれ以上減速は出来ませんよ? 追い付いてきた別の電鉄に追突されて死ぬのが関の山ですから」
近付いてゆく転轍機との距離に比例して鼓動が高鳴る。手のひらに視線を落とし開閉させた詩音は、感覚を確かめながら手中に零度の魔力を収束させた。
「不安ならカウントダウンでもしましょうか?」
「要らない。気が散るから集中させて」
窓の外で流れゆく景色は速く、チャンスは一瞬であることが窺える。左側の窓を蹴り割った詩音は半身を乗り出してその時に備えた。手中の魔力が濃度を増し、運転席内の気温が急激に下降し始める。
「お願い……当たって!!」
転轍機の横を通過する一瞬、レバー目掛けて魔力が押し出される。純黒の煌めきを放つ魔力はレバーと接触したと思われたが否、見えない障壁のようなものに拒まれて明後日の方角へと吹き飛ばされた。着弾したのは帝例特区の民家であり、傾斜の強い屋根が音を立てて凍り付いた。ついでに場の空気も凍り付く。無言で顔を見合わせる二人は数秒間見つめ合ったかと思えば、そのまま何事も無かったように視線を前に戻した。
「気まずい」
「それは声に出すのではなく心で想うものです」
「……そうだね」
「はい」
優雅に飛ぶ二羽の鳥が電鉄の前を横切った。電鉄は小気味の良い音を立てながら、進路の変わらなかった線路をひたすらに進み続けている。
「あーもう!! 気まずい気まずい気まずい!!」
「沈黙を気まずいと感じるようでは私達もまだまだですね。本当に仲の良い人達は、沈黙にすら安らぎを覚えますから」
「違う。レバーの操作に失敗したからだよ」
「何かに弾かれていたでしょう? 予め先手を打たれていただけですよ。政府の方が一枚上手でしたね」
運転する來奈の横顔は何一つ変わらない。流れゆく景色にも興味を示さず、心地の良い振動に身を委ねただひたすらに前だけが見据えられていた。
「関係無い民家の屋根が凍っちゃったじゃん」
「まあ大丈夫でしょう。問題はこのまま行けば……」
最後の進路変更の希望は無情にも絶たれた。政府に敷かれたレールの上を淡々と走行する電鉄。目的地であろう場所が見え始めた頃、來奈が小さく嘆息した。
「やはり行き先は処刑広場でしたか。方角的に怪しいと思っていたんですよ」
「処刑広場!? 帝例政庁の真ん前じゃん。レイスの本拠地だよ!?」
「私達を待ち伏せして殺すつもりなんですから妥当でしょう。ここまで来ればもう殺るしかありません」
意図しない帝例特区ど真ん中への到達。覚悟を決める來奈は昂る心を無理矢理に鎮める。「初手からラスボスなの!?」と取り乱した詩音もまた、時間を置いて落ち着きを取り戻した。
「……何があってもあんたのことだけは護るから」
「私より自分の身を心配したらどうです?」
鋭い切り返しに「まあまあそう言わないの」と黒髪を耳にかける詩音。「さて」と紡がれた言葉は愉しげに弾んでおり、運転する來奈の手に詩音の手が重なった。
「最後のカーブまでに最大限加速して。帝例電鉄なら三百二十キロは出る筈だよ」
「出るってだけで、実際に出すのは馬鹿かジャンキーだけですよ」
「後半は聞かなかったことにしておくね。それでね? そのままわざと脱線して処刑広場をめちゃくちゃに荒らす」
「正気ですか? そんなことをしたら、政府と殺り合う前に私達が死にますよ?」
「脱線の寸前にあんたを抱えて運転席を脱出する。だから最後まで運転に集中してくれればいい。後は適当に車体が突っ込んでくれる」
そう言い、詩音は運転席の片側の扉を蹴り破る。へし曲がった金属製の扉が、暴れるように線路でバウンドして後方へと流れて消えた。一気に車内に吹き込む風。視界には風に煽られた髪が映り込む。
「解りました、四咲さんを信じます。ですが関係の無い人もたくさん死にますよ?」
「言ったでしょ? 私は正義の味方やヒーローなんかじゃない。むしろ犯罪者やテロリスト寄りに位置する者だと」
「試しただけです。以前言いましたが私も同じ考えですから。政府も政府の息が掛かった者も皆殺しです」
流れゆく景色が加速する。体感速度が恐怖を訴え始める頃、帝例電鉄は最高速度へと達した。外から吹き込む風が強さを増して運転席内を乱暴に掻き乱した。
「さて、先制攻撃といこうか。派手にぶちかましちゃって? 私の來奈姫」
「貴女のかどうかはさておき、覚悟は決めて下さいね」
大きなカーブに差し掛かる寸前、曲がり切れない電鉄は大きく傾く。車輪や線路に負荷が掛かり、金属が擦れ合うような異音が鼓膜を劈いた。視界も丸ごと傾いており、曖昧になった感覚が命の危機に警鐘を鳴らした。
「まだ……いける」
そんな状況下で更に速度を上げようと試みる來奈。浮かぶ表情に焦りや不安は微塵も無い。傾きが重力に押し負ける寸前、詩音は來奈を抱き抱えると即座に電鉄から離脱した。放り出された宙で身を翻し華麗に着地するはずだったが、体勢を崩して尻餅をついた詩音。覆い被さる形で來奈が上になった。
「上手くいきましたね」
「全然ダメ。お尻が痛いから失敗」
遠方から押し寄せる灼熱。熱くなった空気を伝播して轟音が迸った。帝例電鉄は、停留予定だった駅を喰らうように薙ぎ払い景色ごと削り取る。そのまま勢いを衰えさせることなく横滑りで処刑広場へと突っ込み、その場に居た者達を嘲笑うように轢き殺した。まさに阿鼻叫喚。悲鳴やサイレンがけたたましく鳴り響いた。
「ねえ、早く降りてくれない?」
未だ上に乗っかったままの來奈に不満を孕んだ視線が向く。意図しない密着に、來奈は意地悪げな笑みを浮かべた。
「照れているんですか? 頬が赤くなってますよ?」
「こんなに近くで見つめ合ったら誰でもそうなるでしょ。ムカつくけど、あんた可愛いしね」
「それは解り切っていますが、もしかして初だったりします?」
髪が頬に当たるくらいの至近距離。上から降り注ぐ視線に辟易した詩音は目を逸らす。辺りでは電鉄が突っ込んだ影響による爆発が連鎖しており、その度に破片や瓦礫が粉々になっては降り注いだ。
「あー、重いなー。私よりも体重あったりして」
発言とほぼ同時に頬を抓られ、めそめそと泣いた詩音は煽ったことを謝罪すると立ち上がる。「凄い景色だねえ」と赤に染まった処刑広場に視線が向いた。
「天笠の応援通りにレイスが待ち伏せしていたみたいだけれど」
「こっちは二人なんです。このくらいやってもバチは当たりませんよ。まあ……ハンデということで」
敷き詰められた砂利の感触が靴底に伝わって足取りを重くする。二人は身体の汚れを叩きながら眼前に伸びた線路を辿り、敵の本拠地前である処刑広場へと至った。