Scene07: 計画通り
語り聞かせていた私はいったん区切りをつける。もたれていた座椅子から前のめりになってコタツテーブルに頬杖をつき、対座する愚弟にやんわりと訊ねた。
「ねえ、ナオヤ。近親相姦っていう言葉で想うことが、あなたにはあるよね?」
「気張って叫ぶとドラ――」
「ドラゴンボールの技っぽくなるっていったらコンクリ詰めで大船渡湾」
「……姉ちゃんってさ、よく『マスを掻く』だの『シコシコ』だの『ポコチン』だの、果てには『近親相姦』だのってサラッと口から出せるよなぁ。慎ましやかであるべきはずの、女のくせに」
「ジェンダーワード出してそっちに食いつかせようとしても無駄」
こいつがよく使う手だ。触れて欲しくないことに肉迫されると、別なところに火を放って注意を引き、煙に巻こうとする。政治政策を批判されたときなんかに、わざと女性問題なんかをマスコミにリークして論点をすり替える悪徳な〝尻尾切り戦略〟みたいなことをやりだすのでタチが悪い。
「あのとき私、なんて耳打ちされたと思う?」
「知らないよ」
「ナツキさんってナオヤと近親相姦しちゃったことあるんっすか?」
ミツヒサくん口調で発した言葉を聞くなり、正座するナオヤの表情がこれでもかというほど歪んでいく。ムンクの叫ぶ人のように開いた口から「はぁぁああああっ!?」と大声を出しながら猛然と起立し、空中を何度も突き刺すように私を指差した。
「誰がこんな般若なんかとヤるかってんだ! 気色悪いこと言ってくるなよな! キョウダイ同士でそんなことしたことあるわけないだろう!」
「あったりまえだボケッ!」と私はテーブルを全力で押しやり、脛に打ちつけてやる。悲鳴を上げながらテーブルに突っ伏したナオヤの頭をむしり掴んだ。「その気色悪いことを実際にお前の友達から言われたのは、私なんだよ」
「……ミツヒサのやつ、やっべぇな」
「あいつもあいつでやばいけど、あんたもあんたで十分やばいでしょ?」
と、掴んでいた頭をテーブルの反対側へ投げるように押し返す。私が言わんとすることをすでに承知しているにもかかわらず、はぁ?、と惚けようとするナオヤにズバリ言ってやった。
「投稿サイトに近親相姦もののポルノ小説をアップしちゃったんだね、それも姉と弟の」
「……ん? なんの話だっけ?」とナオヤは小首をかしたあと、ぽんっと手を打つ。「ああ、こういうこと? ネコブチタマコってペンネームの人がぁ、投稿サイトに近親相姦もののポルノ小説をアップしてる、それも姉と弟の」
オウム返し論法で不快感を誘いつつ、猫渕珠子はあんただろ!、という前段階へ話題を戻そうとしているのは明白なので、完全無視で話を先へ進める。
「その題名が、わかりやすいというか、ストレートというか、『僕と姉』。内容を教えてあげようか? 教えてあげられるよ、全文読んだから。まあ、作者に向かって内容教えてやるもなにもないよね」
ナオヤはろくに日にも当たっていない白い顔をさらに白くする。「あぁ~あぁ~あぁ~!」と頭を掻きむしりながらテーブルにうつ伏せになると、ボヤき出した。
「……つーか、なんでミツヒサのやつ仙台なんかに居たんだよ。今住んでるとこ花巻なんだぜ? 真逆じゃん。買い物とかだったら盛岡行けっつんだ。――そういえばさ、」と顔を上げ、ヘラヘラ笑いかけてくる。「あいつ坊主じゃなくなってたろ? 今流行ってるスタイリッシュな感じで。あの髪型何って言うの? 姉ちゃん美容師なんだからわかるよね?」
私は座ったまま後方を振り返った。背後にはテレビがあり、ボード台にはブルーレイプレーヤーとともに映画やアニメなどのDVDが複数置かれている。ナオヤの好きな作品はなんだっけな?、と品定めし、ケースを一枚抜き取る。ふたたび前に向き直ると、取り出したディスクを、パキッ!、と南部煎餅のように真っ二つに割った。
「なにやってんだよおおおっ! 『デスノート the last name』をよくも割りやがったな! 松山ケンイチに謝れ! 藤原竜也にジャンピング土下座しろ!」
「もう一枚いっとく?」
「わ、わかった、もうやめて……ああもうっ、ちっくしょおおおおおっ!」
ベッドに飛び乗ったナオヤが布団に抱いて、「どうしてなんだよ! なんでこっちまったんだよおおおっ!」と、のたうち嘆き、ひとしきりゴロゴロ転がると、今度は枕に顔を押しつけて、「クククククッ、ハハハハハッ」と不気味に笑い出す。そして最後には、ゆっくりと身を起こして振り返り、ニヤッと影のある笑みを浮かべた。
「そうだよ、僕が猫渕珠子だ」
私の投げたケースがナオヤの頭に当たって落ちる。
「それはもうわかってるの。いいから座れ。話が全然進まないんだよ、この馬鹿」