表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

Scene05: 裏筆名

 サルヤ――もとい、ナオヤが部屋に戻ってくると、私は換気を終わらせて窓を閉め、座椅子ざいすに座り直した。入り口で渋い顔を浮かべて亡霊のように突っ立ったままでいるナオヤに、「はやく」といってベッド側のテーブルを指差す。


 ナオヤはあからさまな溜め息をつき、重たい足取りで移動。あぐらをかいて座ったあとに、私から「正座」と指摘され、溜め息をもう一度ついてからしたがった。


「……で? 僕に用って、なんなんだよ姉ちゃん」と、うつむき加減の顔でにらんでくる。貞子さだこならぬ貞夫さだおだ。黒縁メガネ越しの目がとてもうらめしそうで、なにより。


 対話準備が整い、私はやっとのことで本題を切り出す。


猫渕ねこぶち珠子たまこって知ってる?」


 ナオヤの一重ひとえまぶたが大きく持ち上がった。そして、「な……」と言葉をまらせたあと、見据みすえる私から瞬時に視線をらし、素知らぬ顔と声を作る。


「ネコブチタマコ? 知らないなあ。誰なの?」


「あんただろ」


 単刀直入にぶっ込んでやると、前後に揺らされていたナオヤの体の動きがピタリと止まった。どう切り返そうかと迷っているのだろうか、眼球は文字を読んでいるかのごとく激しく左右に行き来し、くちびるがわなわなと震える。あきらかに不自然な間をたんまり経過させたのち、「ちょっと何いってるかわかんないんだけど」と吹き出すように苦笑った。熟考じゅっこうした挙げ句がそれかよ。


「サンドウィッチマンみたいなノリで誤魔化ごまかそうとしても無駄だから」


「誤魔化しとかじゃなくてさぁ――」


「猫渕珠子はナオヤのペンネームだよね?」


「姉ちゃん、僕のペンネーム忘れたの?」と白々(しらじら)しい笑みを見せてくる。「……まあ、最近、新作出してないからしかたないかもだけど。いくらなんでも、そんな女みたいな名前じゃなかったことくらい――」


「商業用じゃなくて、趣味用の執筆で、別名義べつめいぎで使ってるやつ」


「べ、別名義? いやいやいや、趣味で書いてるひまなんてないから! てかね、僕は今、小説自体書いてる場合じゃないんだよ。その小説を書かせてもらうための企画書で、首も回んないの。担当に送ってはボツくらって、送ってはボツの連続。書く段階にも入れないんだからさ、嫌になっちゃうよ」


「それでなんでしょ」


「……それでって?」


 聞き返してきた声にニヤリと笑い、私は口を開く。


「次回作の企画がぜんぜん通らない。プロット送っても書きたい部分が理解されない、全修正になる。ためしに小説一巻分書いて送ったけれど、出せません、の一言。こっそり新人限定ではないコンテストに送ってみても一次審査落ち。そ・れ・で、むしゃくしゃして、嫌になって、自棄やけになって、ただ自由に書きたいことを書きたいように書くため、ネット小説投稿サイトのアカウントを取った。――って話だったからしらね」


 ナオヤの顔面が完全にる。


「……なんで姉ちゃんがそのことを――」


「知ってるかって? ミツヒサくんから聞いたんだよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ