Scene05: 裏筆名
サルヤ――もとい、ナオヤが部屋に戻ってくると、私は換気を終わらせて窓を閉め、座椅子に座り直した。入り口で渋い顔を浮かべて亡霊のように突っ立ったままでいるナオヤに、「はやく」といってベッド側のテーブルを指差す。
ナオヤはあからさまな溜め息をつき、重たい足取りで移動。あぐらをかいて座ったあとに、私から「正座」と指摘され、溜め息をもう一度ついてから従った。
「……で? 僕に用って、なんなんだよ姉ちゃん」と、うつむき加減の顔で睨んでくる。貞子ならぬ貞夫だ。黒縁メガネ越しの目がとても恨めしそうで、なにより。
対話準備が整い、私はやっとのことで本題を切り出す。
「猫渕珠子って知ってる?」
ナオヤの一重瞼が大きく持ち上がった。そして、「な……」と言葉を詰まらせたあと、見据える私から瞬時に視線を逸らし、素知らぬ顔と声を作る。
「ネコブチタマコ? 知らないなあ。誰なの?」
「あんただろ」
単刀直入にぶっ込んでやると、前後に揺らされていたナオヤの体の動きがピタリと止まった。どう切り返そうかと迷っているのだろうか、眼球は文字を読んでいるかのごとく激しく左右に行き来し、唇がわなわなと震える。あきらかに不自然な間をたんまり経過させたのち、「ちょっと何いってるかわかんないんだけど」と吹き出すように苦笑った。熟考した挙げ句がそれかよ。
「サンドウィッチマンみたいなノリで誤魔化そうとしても無駄だから」
「誤魔化しとかじゃなくてさぁ――」
「猫渕珠子はナオヤのペンネームだよね?」
「姉ちゃん、僕のペンネーム忘れたの?」と白々しい笑みを見せてくる。「……まあ、最近、新作出してないからしかたないかもだけど。いくらなんでも、そんな女みたいな名前じゃなかったことくらい――」
「商業用じゃなくて、趣味用の執筆で、別名義で使ってるやつ」
「べ、別名義? いやいやいや、趣味で書いてる暇なんてないから! てかね、僕は今、小説自体書いてる場合じゃないんだよ。その小説を書かせてもらうための企画書で、首も回んないの。担当に送ってはボツくらって、送ってはボツの連続。書く段階にも入れないんだからさ、嫌になっちゃうよ」
「それでなんでしょ」
「……それでって?」
聞き返してきた声にニヤリと笑い、私は口を開く。
「次回作の企画がぜんぜん通らない。プロット送っても書きたい部分が理解されない、全修正になる。試しに小説一巻分書いて送ったけれど、出せません、の一言。こっそり新人限定ではないコンテストに送ってみても一次審査落ち。そ・れ・で、むしゃくしゃして、嫌になって、自棄になって、ただ自由に書きたいことを書きたいように書くため、ネット小説投稿サイトのアカウントを取った。――って話だったからしらね」
ナオヤの顔面が完全に引き攣る。
「……なんで姉ちゃんがそのことを――」
「知ってるかって? ミツヒサくんから聞いたんだよ」