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Scene04: 会心の一撃

 両親の介入をあらかじめ抑止よくしした私は、そろりそろりと階段をのぼって二階廊下に到達。どういう方法で突入しようかと思案しながら角部屋かどべやに向かって廊下を歩いてく。


 いきなり怒鳴どなり込みたい気持ちは山々だが、それで寝ているところを起こしてしまうのはしのびない。ひとまずこっそりドアを開けて中の様子をうかがうことにした。


 『NAOYA's ROOM』


 と、あいつが中学時代に作ったプレートが十年間ぶら下がっているドアの前に立ち、取っ手をゆっくりひねって徐々に押し開けていく。


 カーテンの閉め切られた室内は消灯していて、暗く静か。これは寝ている可能性が大だと喜んだけれど、見えてきた壁際にあるベッドの枕元には姿がない。さらに押し開いていくと、ベッドのもう一端いったんで、こちら側に背を向けてあぐらをかいているスウェット姿を見つけた。


 残念ながらまだ寝ていなかったらしい。しかたがないので作戦を変更する。


「お~い、ナオヤく~ん♪」


 およそ私が呼びかけないであろう猫なで声で、一気にドアを押し開ける。


 ヤニくさいにおいが廊下へ流れ出てきただけで、私に対しての反応は一切なかった。ボサ伸ばしの頭にはヘッドホンが付けられていたので、声が届かなかったのだろう。ドアを開け放つ前にヘッドホン装着状態とわかっていれば、さすがに閉じなおしてからノックをしたのに。


 ナオヤは振り返ることなく、あぐらをかきっぱなしで、そのうえ別なモノまで一生懸命、かいている真っ最中だった。膝元ひざもとに置かれていたトイレットペーパーのロールに手が伸び、さすがに最後まで見せつけられてはたまったものではないので、私は即座に照明スイッチを押す。


 瞬時に室内が光で満たされると、灰色一色のスウェットを着たナオヤが、そうみたいな動きをやめ、えっ、どうしてライトが?、とでも言うように一度天井をあおぐ。その後、ハッと首を振って、部屋の入口に腕を組んで立つ私を見た。


「うわっ、おばけ!」


「誰がおばけじゃ」


「……えっ、姉ちゃん?」


 と、鬼太郎じみた前髪から覗ける眼鏡めがねっつらはすぐに、あっ、と血相けっそうを失う。ベッドと壁に挟まれて置かれているシェルフ(メタルラック)を振り返り、その上にったノートパソコンを大慌てで操作。全画面表示で激しく胸を上下させていた裸の女が、ようやくツールバーに吸い込まれていく。


 私は心底()れて溜め息をついた。


「朝っぱらからなにやってんの?」


「し、仕事だよ……小説書いてたんだよ!」


いてたのはマスでしょうが。それともなに? AV見て、シコシコやってるのがあんたの仕事ってこと?」


「なにわけのわかんないこと言ってんだか。小説書いてるって言ってるんですよぉっ」


 と、一向に振り返ろうとはしないまま、体を横に方向け、私にノートパソコンをしっかり見せつけるようにかたけてくる。ワードソフトのウインドウに切り替わっているが、それが一文字たりと入力されていない白紙画面だったりするので、呆れ具合に拍車はくしゃがかかるだけ。


「シラ切っても無駄。さっさとズボン上げて半ケツ隠しな」


「…………」


 ぱたりと閉口したのち、後ろ手にゆっくりズボンが持ち上げられた。指摘されるまで頭が回らないほどの動揺ぶりである。これは就寝中のところを蹴り起こしてやるよりもはるかにダメージを与えられたに違いない。結果オーライの先制パンチ。


 私は開けっ放しにしていたドアを閉め、ヤニ臭い室内へ進む。


 もう慣れっこになったが、あいかわらずのゴミ屋敷やしき予備軍っぷり。フローリングが見えないほどに床は乱雑。服やらペットボトルやら文庫を足で払い避け、壁際に放置されていた座椅子ざいしをひっぱって来て、コタツテーブルを挟み、ベッド側に向かい合った。


 ナオヤが反発する磁石のように、くるりと背をそむける。


「……勝手に入ってくるなよ。なに居座ろうとする体勢になってんの? つーか、なんで家に居るんだよ。帰ってくるなって聞いてないんだけど」


「あんたにだ~いじな話があってきたの」


「はぁ? 髪を切れとでも言いに来たのかよ」と、後ろを向いたまま、髪が妖怪アンテナのようにつまみ上げられる。


 美容師である私にとって、伸びっぱなしの弟の髪は見るにえず、帰省のたびにとやかく言ってやっているが、今日は、そんなことなど取るに足らないような別件。


「いいから、とにかくベッドから降りる。面と向き合って座りなさい」


「……今は無理だって。スン止めされてんだから。そんな早くしずまらない……っていうかさあ?、ふつう見ぬふりで、そっとドア閉めて出てくだろう? マジありえないんだけど……」


「初めて見られたわけでもないでしょう」初目撃はナオヤが小6のときだろうか。そのときはさすがに気まずくなって、ああ、ごめん、と言ってすぐにドアを閉めていたが、高校卒業まで何度となく似たような場面に遭遇して、最終的には、時間考えるなりボリュームしぼるなりしろよな糞猿くそざる、といった感じで丁寧ていねいしかるようになっていた。「まさかあんたが24にもなっても同じ光景を目にするとは思いもしなかったけどね」


「……その実、わざと狙って開けて、キョドんの見て楽しんでんじゃないのかよ」


「馬っ鹿じゃないの」今日に限ってはうろつたえる様子はいい気味だけど、誰が弟の自慰じい行為など好き好んでみたがるか。私はいったん腰を落ち着けはしたものの、室内に漂うニオイがどうしても気になり、鼻をつまんで立ち上がる。「いつ換気かんきした? 全然してないでしょ。カーテン開けるついでに窓開けるから。スメハラ級のニオイがこもりすぎ」


「だ、だから! まだ出す前だったし、ちゃんと洗ってるし……ニオイなんて」


「ちがーう。ナニが匂ってるんじゃなくてヤニが匂ってるっていってんの」


 シェルフ上、ノートパソコンのマウス脇には、煙草たばこの吸い殻が山盛りになった灰皿がある。重度のヘビースモーカーというより、ナオヤの場合はかたすのが面倒で放置している結果だ。私も去年までは喫煙者きつえんしゃだった。こんなヤニ悪臭渦巻く部屋でもさほど気にはならなかったが、禁煙した今となっては、非常に耐え難い。


 一月の空気はかなり冷たいけれど、窓をフルオープンにして外気を取り込み、深呼吸をしてから窓枠まどわくに背をあずける。そして、いつまでも丸くなっているナオヤに灰皿を片付けさせようと、顔を真横に向けてあごでシェルフを差したときに、「ん?」と気になるものを見つけた。ノートパソコンのモニター裏と壁の間に隠れるようにしてある、丸められたティッシュの山だ。上にあるものは白く、下にいくほど黄ばんでいる。


 私は顔を究極にしかめた。


「嘘でしょ……あれって全部使用済みの……」


「あああああああ見るなあああああああっ!」


 窓全開の中で叫んだナオヤが、滑り込むようにしてノーパソの位置を両手でズラす。私の視界からティッシュの山は消えたが、入れ替わりでスウェットズボンの局地的な〝もっこり山〟が見えるようになった。しかしそちらにかまけている場面はない。


「どうしてそんなキッタナイもんを山盛りにめとけるわけ?」


「さ、再利用」と、顔を伏せっぱなしの妖怪頭が恐ろしく気持ち悪いことをいう。「一回使っただけじゃ紙がもったいないだろ……」


 うわっ、と私は素直にドン引き。


「あんたは今日から、ナオヤじゃなくてサルヤ」


「……よしてくれよ」


「だったら、ポコチンの皮剥かわむいてないで、さっさと、吸い殻とティッシュを処分! 終わったら、手の皮めくれるまで石鹸せっけんで洗ってから戻っておいで」

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