2つの“差”
これは、だめだ。勝てない。こいつが戯れのつもりで放った攻撃ですら俺は防げない。地力が違いすぎる。中村くんでも倒せるかどうかわからないな。つまり、俺に勝ち目はない。ああ、憧れの異世界召喚、かつ『実はチートでした職業ランキング』で1位2位を争う鍛冶系の生産職だったから後からほかのやつらと同じくらいの強さになれるとちょっと期待してたのに、俺はここまでなのか。ああ、ごめんよ、父さん母さん、俺ここで死ぬらしい。異世界に召喚されて、いつか帰れると思っていたけど、無理そうだ。俺は、両親よりも早く死んでしまうだろう。この親不孝を許してくれ。
「あーっと、その、なんていうか、跪いて絶望しないでくれない?私は別にあなたを食べようとか殺そうとか思ってるわけじゃないの。話し相手になって欲しいの。」
彼女が『人間』の姿に戻りながらそう言った。と、そう言われても俺が顔をあげるとこができない。何が彼女にとっての地雷かわからない以上、顔をあげることが不敬だと言われて殺されるかもしれない。
「あちゃー、こうやって全展開して自己紹介したらビビるよね。なんで気づかなかったんだろう。ごめんね。」
とたん、俺にかかってた威圧感が軽減される。それでも恐ろしいことに変わりない。
「それでも怖い?わかった。じゃあ、あなた私の名前を新しくつけて。それで私をあなたの名前で縛って?縛られてる間はあなたを攻撃できないでしょ?ね?これなら怖くないでしょ?」
「怖くないでしょ?」と言われても。名前で縛るとかこいつは何を言ってるんだ?俺は相当不思議そうな顔をしていたのだろう。彼女が俺に尋ねる。
「え?ビーストテイマーなら誰でもすると思うんだけど…」
「ビーストテイマーは数千年前に滅んだらしいですよ?」
「え?」
「確かに、昔はいたらしいですが、今はもう技術すら伝わってないそうです。」
俺が言うと、彼女はその場でへたり込んだ。
「じゃ、じゃあ私はここに数千年間封印されていたの?え?あ?が?え?は?」
プツンという擬音が聞こえてきて、彼女は倒れた。ここに閉じ込められて、精神が追い詰められて、さらにそこで途方もない時間が経過していたことを知って現実を受け入れられなかったのだろう。そのまま気絶してしまった。しかし良いことを聞いた。名前をつけることで縛れるのか。まるで、なんかのアニメみたいだ。ただこの世界の『名付け』はとても神聖な行事で正しい手順を踏まないと、名前がつけられないんじゃなかったっけか?だとしたら彼女が起きるのを待った方が良さそうだ。俺も疲れたし、一眠りするか。大切な生き物を封印していた部屋だから何かが入ってくることはないと思うが念のため、魔物が近づきづらくなるように罠と簡易警報機をつけて、目を瞑る。
……決して、現実逃避をしようとしているわけではない。