第3話 第1村人発見!
少しずつ書いていきますのでどうぞお付き合いください。
(2020.3.18 一部改行のおかしなところを修正しました。)
榎やんこと榎本勇気は部内きっての理論派筋肉だ。明日の休養日を前にして全力で筋肥大トレーニングをした直後だけに一刻も早くプロテインを摂取しなければいけないというその思いは焦燥にも近いものがあった。この異常時にあっても筋肉第1のルーティンを固持しようという姿は明らかに狂っているのであるが、その狂気こそが彼の日常であるので、榎やんのその狂気と日常の対比によって他の5人は急速に落ち着きを取り戻し自分達に降りかかってきたこの異常事態を認識することができた。
「榎やん、済まんかった。自治会の奴らに遠慮してプロテイン置場をトレーニングルームからロッカールームに変えた俺のミスだ。」
下級生に対してでも悪いと思った時はきちんと謝れる男。それが鬼瓦狂四郎だ。そんな男だからこそ皆が付いていくのである。頼れるリーダーの声を聞きながら他の5人は、なんの気まぐれかいきなり綱紀粛正を掲げ活動を活発化させた学生自治会がトレーニングルームの壁という壁に貼りまくった「トレーニングルーム内飲食厳禁!」の貼紙のことを苦々しく思い出しながら、今の自分達の周りにはその貼紙どころか壁すらないという現状を再認識していた。
「そもそも負荷トレーニングとタンパク質もしくはアミノ酸の摂取が揃って初めてトレーニングと言えるのであって、トレーニングルームで飲食禁止とかトレーニングルームなのにそこでトレーニングするなと言ってるようなもんですよね!」
例の貼紙以来部内で何度となく繰り返してきた愚痴をカバオこと樺山源太が口にした。異常事態だからこそ敢えてとりとめもない話をして皆んなを落ち着かせようという、そういった気配りを意識せずに出来るのがこの男の長所だ。これまでの試合でも幾度となくピンチの時のハドルでそんなカバオ節は皆を救ってきた。自然と6人の口元には軽い笑みが浮かんでいた。
「まぁ、筋トレ時間確保のために毎日あそこで弁当食ってた俺らにも非はなくはないからさぁ。それにしても森だねぇ。てか、山かなぁ?」
権ちゃんこと権田雄大がいつもどおりのゆったりした口調で話す。そう、森なのである。そして平坦ではなく彼らの左右には広大な尾根が屹立していた。山だ。先ほどまで6人がトレーニングに勤しんでいた最新鋭とは言わないまでもそれなりに充実した機材の揃っていたトレーニングルームが一瞬のうちに山の中へと変わってしまったのだ。
「これは異世界召喚きちゃいましたか!?」
なっしーこと高梨弘樹が文学部生らしいともらしくないとも言える発言をする。おそらく、らしくないとするのが正解なのだろうが、他の5人にとっては最も状況を受け入れるのに的確な言葉だったのかもしれない。
「ステータス!!!ステータスウィンドウ!オープン!オープン!…出ないな」
ドカベンこと山田太郎は小中高と柔道一筋で大学でも体育会のアメフト部という一見硬派な経歴を持つ男だが、アメフト部に入部した理由がモテたいからであり、当然のことながらラインマンはモテないので異世界転生小説を読み漁ってはチートハーレムに思いを馳せていることは部内の誰もが知ることだった。
「さすがにそれはないやろ。ドカベンよぉ」
権ちゃんがふぁっふぁっふぁっと特有の笑い方をして場が少し和む。しかし、事態は一切進展していない。こんな時いつも皆を導くのはラインチームのリーダーであり部のバイスキャプテンでもある鬼さんの仕事だった。
「うん。とにかく理由は分からないが俺たちは気づいたら見知らぬ山の中にたった6人で立ち尽くしている。自治会の奴らのせいでプロテインもない。もちろん水も食料もだ。」
鬼さんが状況を再確認するように口を開くと5人は信頼の眼差しで彼らのリーダーを見た。
「おばぁちゃんが言っていた。山の中で迷ったら尾根に登れと。」
これは、おばあちゃんの知恵袋というかサバイバル豆知識なのだが、山の中で迷った場合人は得てして下へと下りたがるが、それは生存の確率を下げる行為なのだ。下れば下るほど谷や沢に行き着く可能性が上がる。そして、山奥の谷や沢は急峻な地形である場合が多くその為進めなくなってしまうのだ。極端に言えば滝に出くわすことだってある。そうして、来た道を戻る羽目になるのだが、下りることはできるが登れない場所というのは意外と多いのである。さらに、それまでの下りで体力を消耗してしまっているせいで登ることは困難を極める。そして立ち往生することになるのだが、そう言った場所は見通しが悪く上空からの捜索でも見つけにくい。まさに、生存の確率がぐんぐん下がっていくのである。一方、登ると必ず尾根に行き着く、そして尾根の稜線上を登ると頂上に辿り着くのである。そこまで辿り着かなくても高いところに登ることで見晴らしの良い場所に出る確率は上がる。そこで、現在位置と山裾の集落の位置などを確認すれば下山ルートを見つけることも可能なのである。さらに、こちらから見晴らしが良いということは捜索側からも見つけやすいということで生存の確率が上がるのだ。
閑話休題。
それが正しい判断であるのかはともかくとして、信頼するリーダーが方針を明確にしたことで6人は意識を切り替えた。彼らはチームなのだ。ハドルでチーム全員の意思を統一し定められた戦術を遂行するために全力をつくす。幾度となく修羅場を潜り抜けてきた誇り高きレッドデビルズのラインマン達なのだ。
「ハドル!」
「「「「「「トゥッスゥ!!!」」」」」」
「これより、右手に見える尾根を登り見晴らしの良い場所を目指す!そして、現在地の確認と下山ルートの選定を行う」
「「「「「ウィッスッ!!!」」」」」
6人は機敏な動きで円陣を解くと鬼瓦を先頭に颯爽と尾根を登り始めた。急傾斜ではあったが誰も気にもかけない。最後尾についた榎本はそんな仲間たちの背中を見て頼もしく思った。坂道ダッシュに階段ダッシュ。これまでの練習で潜ってきた修羅場はこの程度の山歩き如きを恐れるほど生易しいものではないのだ。特に地獄の夏合宿…。あのことは思い出したくもない。
「ウィアー・ザ・レッドデビル!」
「「「「「ウィアー・ザ・レッドデビル!」」」」」
「ウッ!ハッハハ!!」
「「「「「ウッ!ハッハハ!!」」」」」
誰からともなくウォーミングアップ時の掛け声が始まった。このチームなら大丈夫だ。榎本はそう確信した。
それほど時間もかからず尾根の稜線上に到達した一行はそのまま頂上に向けて登り始めた。しばらくすると木々の密集が無くなり少し開けた場所に到達した。
「ハドル!」
「「「「「「トゥッスゥ!!!」」」」」」
鬼瓦の掛け声に6人がさっと円陣を組む。トレーニング後のプロテインを摂れていないとは言え、屈強なラインマン達だ。誰も疲れた様子すら見せていない。
「ここはだいぶ見晴らしが良さそうだから、近くに登山道や集落などが見えないか探してみよう」
6人は一斉に辺りを見回し始めた。
「鬼さん!あそこ!!人家じゃないすか!?」
「ほんとだっ!」
「お!少し下ったところに道がみえるぞ!!」
「やったな!!!」
皆が口々に嬉しい発見を報告し合う。尾根の登ってきた方とは反対側の斜面にそれは確かにあった。道というのは少し憚られるが獣道というほど酷くもない。だが、確かに道だ。そして、どうやら人家のいくつかある集落へと繋がっていそうだ。そうなれば、ここは即断即決の男鬼瓦狂四郎である。
「ハドル!」
「「「「「「トゥッスゥ!!!」」」」」」
「あの道らしき所まで下りてそれから集落の方へ下ろう」
「「「「「ウィッスッ!!!」」」」」
6人の表情には安堵の色があった。屈強な男6人とは言え皆不安が無かったわけではない。チームとして、そして闘うラインマンとしての日々の鍛錬の成果でそれを表に出していなかっただけなのだ。やはり、状況が好転したというのが目に見えて分かって嬉しいのだ。
「皆ッ!山は登りよりも下りる時の方が危険だという!気を緩めるなよ!」
「「「「「ウィッス!!!」」」」」
頼れるリーダー鬼さんが皆を引き締めたことで冷静さを取り戻した一行は逸る気持ちを抑えつつ、慎重に下山を開始した。
下り始めて1時間ほど経っただろうか。徐々に周りの景色が変わってきた。下り坂は徐々に平坦になり山の中から少し開けた盆地の様相を呈している。そしてついに、あのイベントの発生である!
「「「「「「だ、第1村人発見!!!」」」」」」
一行が下ってきている道を逆に登ってきている人影が見えたのだ!すぐにでも駆け出したい気持ちを抑えて6人が目線で会話する。ついに出会えた人影だ。すぐにでも接触したい。しかし、状況が状況だ。一体ここはどこなのか?相手は何人なのか?日本なのか?地球なのか?言葉は通じるのか?令和を生きる大学生である6人はごく自然にそれらのことに頭を巡らせ、目線で互いを牽制し軽率な行動を取らないことで一致した。
「ハドル!」
「「「「「「トゥッスゥ!!!」」」」」」
「一旦ここで待って相手の出方を見よう。ここで焦るのは危険だ。あと、念のためオーディブルも準備しておく。逃げる時は"レッド"だ。先ほどの尾根の見晴らしの良い地点までダッシュだ。」
「「「「「ウィッスッ!!!」」」」」
鬼さんが改めてハドルで方針を確認する。このルーティンが皆を安心させる。さらに、あらゆる事態を想定して逃げる算段まで立てているのは流石はリーダーの面目躍如といったところか。ちなみに、ハドルとは試合中のプレイとプレイの合間に円陣を組んで行う作戦会議のことだ。作戦ごとに全選手の動きが決まっており基本的にはハドルで伝達された作戦を全員が遂行する。一方、オーディブルというのは、ハドル後に実際に布陣した敵の陣形などを見て作戦を変える為の暗号のことを言う。アメフトの試合を一度でも見たことがある人はクウォーターバックがプレイ開始前に何かしら叫んでいる様子を目にしたことがあるだろう。あれがオーディブルだ。実際のアメフトではダミーがいくつもあったり、作戦の種類も数十〜百を超えることもあるので非常に複雑なのだが、この場合に限っては単純明快なことが最も望ましいと言えるであろう。
そんなこんなで、期待と不安の入り混じった気持ちで近づいてくる人影を見ていた6人だったが、徐々に様子が明らかになってくる。人数は2人だ。外見はどうやら日本人らしい。そして少女だった。1人は12〜13歳くらい、その少女に手を引かれているもう1人は5〜6歳ほどに見える。酷くボロボロの着物の様なものを着ている。時折後ろを振り返りながら急いでいる様子だが足取りは覚束ない。
ようやくお互いの顔が判別できようかという距離まで近づいた時、年長の方の少女が声を上げた。
「た、た、おたすけください!!!村に野盗が…!!」
言葉は通じるという事実に一安心した一方で穏やかならぬその内容に一同は顔を見合わせたのだった。
山を降りるだけでこんなにかかるとは…。
なんか、いらん豆知識を詰め込みすぎでここまで戦国要素まるでありませんが、次話くらいから少しずつ戦国時代っぽくなってくると思い…ます。