泣き寝入りをする小娘とは違いますの
侯爵家と落ち目になった伯爵家の縁談。よくある話しですわ。親の代、祖父母の代、曾祖母の代からの縁と恩があるお家。繋がり。それもよくあるもの。故に、愛なき政略の為の結婚もつきもの。
貴族としての恩恵を血肉として甘受し、智を得てきた者としてその程度の事に心乱したりもしませんわ。寧ろ愛ある結婚ができるだなんて余程の強運の持ち主くらいしかいないんじゃないかしら。それでも皆、気落ちしたり背を向けあったり不幸を嘆いたりしても互いを奮い立たせ共に茨の道を歩んだりと世を回しておりますもの。私もその一つになるというだけ。
お相手が女性に人気のある優男風の風貌をしていても、後は若いもの同士でと気を利かせた親達がいなくなったら直ぐに真に愛する人がと世迷い言を繰り出す頓珍漢であろうとも、形式だけの贈り物やメッセージは欠かさず親の面目だけは立て、結婚も済ませ初夜に姿を現さないという恥知らずな行いをしようとも。
初めから期待してもいなければ、ああ、この方に家を任せては例え我が侯爵家の融通があっても伯爵家は風が吹いただけで飛んでしまうに違いないと再度確認しただけ。
父母、祖父母、縁のあるところには直ぐにあの男に関わるのは止した方がいいと忠告して回り、何かの手違いでもあってはならないと信用のおける侍女や用心棒で周りを固めて徹底的に我が身に触れさせぬよう努めさせた。
真に愛する方がいるのであれば私に気安く触れないでほしい。真に愛する方が一人ではなく沢山いたのなら質の悪い病を移されてしまうかもしれないし、そもそも私は結婚はしたが名高い侯爵家の娘であったのだから簡単に股を開く女と同じ扱い等矜持が許さない。
だが私のそんな気持ちを他所に私に与えられた部屋に主人となったあの男が寄り付く事は無かったからその点では良しとしよう。愛する方への貢ぎものや他所から借りたいお金が借りられなくなってどう言うことかと帰ってきた時には流石に白い目を向けたが。
こちらこそ何故家族思いでも有名である父が私を大切にしないあなたに融通すると思うのか。何故、この家の全てが筒抜けとなっている事に疑問を一切持たないのか困惑しかないもの。
私のせいかと眦をつり上げても違うとしか言いようがないし、ヒントを与えるとするならば私の侍女は父の寄越してきたもの。私の護衛も父が婚家で孤立しあなたの息がかかった者達に酷い目に遭わぬようにと私を思って手を尽くし回してくれたもの。
それにね、婚前に結婚相手がどのような人物かと調査しない筈がないでしょう。私だけではなく、父母もあなたの本性は知っていましてよ。それでも尚、伯爵家へと手を差し伸べたのはそれこそ一言では語れない程に綿密に我が侯爵家との絆があったから。義父様も何度あなたの為に様々な場所で頭を下げてきた事か。そしてあなたはそんな素晴らしい義父様からもとうとう見限られた、ただそれだけですわ。
私はいずれ子を産むでしょう。あなたの子ではない、義父様の子種を頂くの。それは伯爵家を繋げる為に必要な事。義父様は少し年がいっているけれど再婚だとて望める年齢。私も嫁いできてから少し時が経っているけれど未だ若いもの。きっとどちらの家にも幸福を齎す子ども達を産んでみせますわ。決してあなたのような貴族としての自覚も責任もなく四方へ災いの種しか生まないような恐ろしい人にならぬように厳しく教え、愛し導きますとも。
今更縋られても何とも思いません、近寄らないでくださいまし。懺悔の言葉を並べ立てるのであればもっと早く貴方が目を覚ましていればこのような事にもならなかったでしょうに。義父様の最後の情けで廃嫡されずにいたけれどここまで落ちてしまえばもう無理ね。
おめでとうございます。あなたは真に愛する方と同じ平民となり市井で慎ましい生活の中、お幸せに暮らしなさいな。