「 」
夢を見ました。高等時代の古い記憶を継ぎ接ぎにした少し恥ずかしい夢です。夢の中の私は外人さんのような肌の白いクラスメイトの女の子とよく駄弁っています。けれどもあるときから夢の中の私はその女の子と暫し疎遠になる代わりに一人の男の子と話すようになったのは、恐らく―否、確実に、夢の中の私が彼に引かれていたからでしょう。彼は大層お顔の綺麗な方ではありませんし、背丈が高いわけでもなく、運動も並みで、勉学に長けているなんてことは見受けられません。ですが、どうしてか、夢の中の私は彼の大きな瞳と鼓膜に残る程ほど良いお声に引かれていました。先ほど、彼は大層お顔の綺麗な方ではありませんともうしましたが、私からすれば、あの人ほど健気で真っ直ぐな異性を見たのは初めてでしたし、何よりクラスメイトの誰よりも大人でした。そうして、夢の中の私は彼に引かれるがあまり、友人関係を削いでいるにも気づけず、とうとう疎遠になっていた女の子に言われました。
「また――君」
彼女は教科書と筆記用具を抱えながら唇をへの字に窪ませ言いました。図星を付かれた羞恥で頬が火照った夢の中の私は、咄嗟に、小声で言い訳を吐いてしまい、不思議な使命感に苛まれ、それから夢の中の私は思考したのでしょう、数学の時間に例の彼に分からない箇所を教えてもらっていたとき、内心では鼓動が聴かれやしないか心配になるくらいとてもはしゃげていたのに、上辺は真剣に彼から公式を教わり、まるで飼い主から無駄知恵を植えつけられる子犬のようでした。
夢は其処で終わりました。彼とはもう大分連絡を取っておりません。けれども同窓会に参加した時、私は彼を見つけるとやはり眼で追ってしまう癖は治っておらず、彼と眼が合いそうになればわざと逸らしてまたちらと見る……十年の月日を経てなお彼の魅力は自覚をするも、最早これが何なのか、ざわめく会場の堅苦しい椅子にひとり腰掛けながら葡萄酒を舐めても、結局その問いには自答できず帰宅した数日後に彼からメールが届いていたのには驚きました。内容は、高等時代のクラスの集まりに参加するか否かと言う質問でしたので、迷わずに返しますと、彼からのお返事を読んだときには、どうしましょう、また会える、会ったら何をお話しましょう……昔と変わらず稚拙な脳で浮かれていました。けれど、私も其処まで阿呆ではありません。あの頃のような、友人を傷付けるような無自覚の所作はもう犯すまい、僅かに大人になりました。ですから、幹事の用意した鍋屋で彼を見つけても、眼で追っかけたり気色悪い事は致しません。どころか、私は彼に何の感情を抱いていたのかしら、それが随分覚束なくなってしまっている事に気が付き、帰路の電車内ではまるで彼と友人にでもなったかのように口が回り、笑みもこぼれ、またお会いする約束もして、それから書店に行ったり、電気屋さんに行ってイヤホンを買ったり、昼食には海鮮丼をご馳走してもらったり……これだけ長く異性の方とご一緒して、幸せを噛み締めたのは初めてでした。ですから、私は、少し頭がおかしくなっていたのでしょう、休憩がてらに二人で入った喫茶店で、私の言った何気のない告白に、彼は戸惑いを隠しきれせず、愛らしい童顔を此方に向けると、間を開けて「うん」という程良いお声は、いつもより小声で、私の鼓膜に届きました。彼もまた、少し頭がおかしくなっていたのでしょうね。でも私は素直に嬉しかったのです。嬉しくてお互いの顔を見合わせては初っぽく珈琲に眼を落とし、何故か突然静寂した雰囲気に耐えかねた私が、「でも、」と繫げてからはもう嘘か真か訳が分からず、
「でも、あれね、本当に好きかどうかは、あれね」
私は珈琲の波紋を見ながら口下手に言いました。
「うん」
彼は眼を合わせません。私も合わせません。
「難しいわよね、そもそも交際って何なの」
「俺の職場にはよく喧嘩をする夫婦がいる」
「え?」
私は顔を上げました。彼は珈琲に眼をやりながら続けます。
「その夫婦は、いくら大喧嘩をしても絶対に離婚なんてしないし、仕事も辞めない」
「どうして?」
「それが二人の普通なのかな。コミュニケーションと言うか」
「そのご夫婦きっと今幸せね。羨ましい」
「うん」
「……私のは傍観?」
私は同意を求めるように訊きました。
「そうかな、俺もそう思う」
彼は顔を上げて言いました。
「友達でいてくれる?」
「それは、うん、勿論」
「良かった。聞けて良かった。また会える?」
「勿論」
喫茶店を出ますと、十月らしい微風がやや肌寒く五臓に染みたように感ぜられつつ、それとは裏腹に全身は軽く、水滴も浮かばす、彼を見てもそれは恐らく同じだったのか、和やかに私の方を見て、「楽しかったね」と声を掛けてくれました。気遣いだったかもしれません。しかし私も同じ気でしたから、同じことを彼に返しましたら、彼は淡泊に「うん」と言ってから「帰ろうか」といつもの程良いお声で横から言うと、いつぞやの友人として電車内では静かに笑い合い、今でも彼とはお友達として街に出ては駄弁ります。それで良いのです。だって、好きな方とずっと傍にいられるのは確かに幸せでも、私は、その方がいつか結婚して、それでも過去の自分を覚えてくださる方が、幾分も幸せに思うのですから――考え方は人それぞれでしょうし何だか恥ずかしくなって参りましたのでこのお話はこの辺で、また会えるのを期待して。




