泥棒エルフの仕事事情
企画『眼鏡娘とコンタクト』参加作品です。
「……………………」
「……………………」
「………………あの~……」
僕はいつになく真剣な眼差しの彼女を眺めては、話し掛けるのを躊躇っていた。
「……………………」
机に置かれた錠前に向かう姿は紛う事無き職人の顔だ。それが他人の家の物で無ければ、だがな。
―――チン
「……開いた!」
今度はエルフ特有の横に長い耳をヒコヒコさせては歓喜の笑みを浮かべはしゃぎ始めた。
「イヨッシャーー…………あ」
今の今まで気が付かなかったのだろう。僕と目が合った彼女は少し恥ずかしげに、大きなまん丸メガネをクイッと持ち上げた。
「すまん、集中していたから……その……」
僕は苦笑いをしながら、顔を真っ赤にして今にも茹で上がりそうな彼女の隣へと座った。
「随分と御大層な魔装錠前じゃないか。どっから持ってきたんだい?」
僕は彼女が今しがた解錠した錠前を繁々と眺めた。
「先日の仕事場さ。コイツが開かねえから扉ぶっ壊してコイツだけ持ってきたんだよ」
彼女はいつの間にか取り出したタバコを吹かしながら自慢気に答えた。
「鍵開かないからって扉壊す泥棒が何処にいるんだよ……」
「…………(ニコッ)」
僕は呆れて物も言えなかった。
魔法、魔術の類いが発達したとは言え、庶民の間ではまだまだ浸透しきっていないのが現状だ。精々小さな火の玉や静電気程度が関の山だろう。そんな庶民の為に開発されたのが『魔装錠前』だ。
コイツは誰かが近付くと自動で素性を解析してくれる上に解錠しようにも高度な魔術知識を必要とされる。防犯にはうってつけの代物って訳さ!
ふふん、凄いだろう?
勿論開発したのは僕さ!
「誰かさんのせいで仕事がやりにくいったらありゃしねぇぜ!?」
「誰かさんが街中を荒らして回るからだろ!?」
僕が開発した自慢の『魔装錠前』をデコピンする彼女。結構な自信作だったのだが、彼女の腕にかかれば赤子の手を捻る様に簡単らしい。精々時間稼ぎにしかならない……。
「次こそは破られない錠前を作るからな!」
「はいはい、コイツは魔術シリンダーが周回する時に一瞬だけ不正波長を示しやがる。これじゃあすぐ解けちまうさ。もう一回出直しておいで♪」
僕は帰ってから魔装錠前の開発に全力を注いだ。この街でコソ泥稼業に精を出す、泥棒ターナをやっつける為に―――
―――アタシだって好きで泥棒をやっている訳じゃないのさ。
きっかけはアンタがまだ駆け出しの鍵屋だった頃、アンタの仕事場で見た凛々しいメガネ顔に……情け無い事にアタシはやられちまったのさ。仕事の時だけメガネのアンタは、憎たらしい程にアタシの心をグチャグチャにしてくれた。
人様の家の錠前を壊せば鍵屋が儲かる。そしてアンタは得意の魔術と錠前を組み合わせる事に成功した。けれど、アタシに言わせればまだまだ子どもの玩具さ。もっともっとアンタには頑張って貰わなければ困るんだよ!
鍵屋のルークはアタシが育ててやるのさ―――
『コソ泥ターナ ついに御用!!』
その号外を見た僕は仕事を放り出して慌てて魔法刑務所へと赴いた!
「そんな! まだまだ魔装錠前は発展途中なのに!」
幾多の面会許可申請やら手続きやらに2~3日掛かり、それをくぐり抜けた僕が目にしたのは、ボロボロになったあられも無い姿の泥棒ターナであった……。
「……久し振りだな」
一昨日会ったばかりの僕に気を遣う彼女の言葉が僕の心に突き刺さる。服は破れ果て、裸足にガサガサの髪。捕まり投獄されるまでに余程酷い目に遭ったのだろう。エルフの象徴である長い耳は垂れ下がり目の下にはクマが出来ていた。トレードマークのまん丸メガネも無い……。
「ど、どうしたんだ! そんなにボロボロで!!」
「捕まるときにメガネは壊されるわ服は破かれるわ今の今まで拷問染みた取り調べだわ……流石に参ったぜ? 幸い魔法コンタクトだけは着けさせて貰ったからアンタの顔はよく見えるさ」
彼女はニヤリと笑うと僕をしっかりと見つめた。
「………………」
僕は言葉が出なかった。顔は傷だらけだが、メガネの無い彼女は何故か清々しく…………美しかった。
「そうそう。あの魔装錠前は良かったぜ。正解以外にダミーのキーナンバーがあって、いつの間にか通報されてるのな。気が付いたら後ろに魔術警察隊が居たとはな! アンタ、もう立派な鍵屋だよ!」
彼女は解錠の話を楽しそうに語り始めた。
何と言って良いのだろうか……。
彼女が泥棒を働いても二束三文の物や買い換えの利く物しか盗らない事は知っていた。実はそんなに悪い奴じゃないの。
「君が散々僕の傑作達を打ち破ってくれたからね。お陰で立派な物になりつつあるよ。それじゃあ……」
「え……!?」
一瞬彼女が寂しそうな顔をする。そんな顔もまた…………綺麗だ。
「あー…………」
「?」
「その…………君の腕前を買って一つお願いがある」
「……!!」
「僕の会社で働いてくれないか?」
「……そんな誘い文句じゃガキすら落とせねぇぜ?」
「……っと」
僕は気合いを入れるため、そして恥ずかしさを消すために仕事の時だけ着けているメガネを取り出した。
「俺んとこに来い。一生隣りにいろ。いいな」
「―――は、はい!!」
―――こうして、アタシは鍵屋ルークの嫁になった。
「…………よし、終わり」
一仕事終えてメガネを取るルークの顔をアタシは隣でじっと眺めていた。
「終わったから魔法コンタクトを取ってくれないかい? 何も見えないよ」
「やっぱりアンタはその顔じゃなきゃ……ね♪」
もう一度メガネを戻し、その凛々しい顔にキスをした。
盗るのが仕事だったけど、盗られるのもそう悪くは無い…………。
読んで頂きまして、ありがとうございました!