あなたは悪魔に魂を売ってでも叶えたいことはありますか?
「ごめん……ごめんね………。でも、もう後戻りはできない。5年いや本当なら6年ぐらいか。この短くも長くもない期間での生活も今日で終わりだね…。今日までの日々、大変だったけど一番楽しかったよ…。」
「何故………………。俺のせいか?俺が病気になんてなったからか?」
「違うわ。これは私の選んだ道。これからは今までのようにうまくはいかないから覚悟してね…。私の大好きな────」
ピッ─ピッ─ピッ─ピッ─────────
不思議な夢を見た。あの光景どこかで見たような気もするがここ2年は病院生活を送っているし、泣いていたあの人は一体誰なのか……。まあ、こんな体になっちまったんだもうそろそろあの世の迎えでも来たのかもしれないな。
「鷹野さん。朝食の前の採血の時間です。気分はどうですか?」
「おはようございます。体調は特に悪くはないです。」
「それは良かったです。そうだ、今日はとても良い天気なんですよ…。カーテン、開けますね。」
「っ! 本当にとても良い天気ですね。」
「朝食持ってくるから体温計で熱、計っといてください。」
ここのところ曇りだったり雨だったりして暗かったけど、逆に今日は良すぎるぐらい明るいな。
俺が入院して今日で丁度2年。意外とあっという間だったが、俺の病気は一切良くならない。抗生物質やらなんやらといろんな薬を試していて悪化もしないが良くもならない。これなら家で寝ていても変わらないような気がする。というより、入院費や治療費とお金がかかっている分、親への負担が相当かかっているのだろう。うちは決して裕福とは言えない家庭だが、そんな金どこか───
ピピピピッ-ピピピピッ-ピピピピッ─
思考に耽っていた俺の脳は体温計の計測終了音によって無理やり現実に引き戻された。
「丁度終わったみたいだね。朝食持ってきたよ」
グッドタイミング過ぎて逆にドアの前で待ってたんじゃないかと一瞬思ったが、待つ必要もないし事の真相に興味はないのでそのまま流されることにした。
「特に熱はないみたいね。今日は検査もないからゆっくりしてていいけど、ご飯は時間までに食べてね?取りに来るから」
「わかってます」
この病院には小さなルールがいくつか存在する。食事は7時-12時-18時に届けられるが、検査などで遅れない限りはその2時間以内に食べないといけない。これは、患者が多くなっても次の食事時間に間に合うようにしているからだ。2時間後ぴったりではないが、大体そのぐらいに取りに来ている。
2つ目は───
「博樹君。着替え持ってきたよ。」
「おじさん、いつもありがとうございます」
「別に良いさ、弟は忙しくて来てないんだろう?私はそこまで忙しくないからね。」
おじさんは父さんのお兄さんで、いつも忙しくて来れない父さんの代わりに身の回りの世話をしてくれる。大抵は週に2、3回仕事前に来てくれて、たまに飲み物やお菓子を持ってきてくれる人。
「父さんはあれっきり一度も来てないです。仲良くないから来ても話すことないし父さんも気まずくて来れないんだと思います」
「そうか、一度もか……。そういえば、父さん……君のおじいちゃんがやっと連休とれたって言ってたから今日か明日中には来ると思うよ。」
「うん、わかった。じいちゃんだけ?ばあちゃんは?」
「一緒に来るってさ。」
「そっか、教えてくれてありがとう。おじさん」
この反応が素っ気ないと言う人もいるが、俺が10歳の時に転勤で県外に行ってしまったため、あまり会うこともなくこの歳になってしまったから、どう返して良いのかわからないのが正直なところだ。後は病気のせいでもあるが……。
「うん、それじゃあもうそろそろ仕事にいかなきゃ行けないから。また着替え持ってくるね」
「うんありがとおじさん。おばさんにも、いつも洗濯ありがとうって伝えておいて」
「わかった。じゃあまたね。」
「うんまたね。」
少し賑やかだった時間から一変して、声のしなくなった病室の静けさがやけにココロに響いて2年間なにも思わなかった僕が初めて泣いた。父と母が離婚したのは8年前、それから父は深夜の仕事をするようになった。受験があった俺は朝早くから学校で勉強、放課後も図書館で遅くまで勉強をしていたからまったくといっていいほど顔を合わせてなかった。俺はほぼ独り暮らしのような状態で毎月おこずかい込みの10万をもらって生活していた。そんな生活をするうちに笑ったり泣いたりといった感情も外に出さなくなったし、家で声を出すことはなくなった。
「おっはよ~♪」
「!?」
「あっ、ごめんなさい。間違えました……。」
唐突過ぎる訪問と、独り泣きを見られたことの恥ずかしさで言葉を発せられないままその突然の訪問者は頬を赤らめて去っていってしまった。
なんというタイミングの悪さ。