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愚者と城  作者: 的野ひと
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9話 猶予の春

 春は嵐の季節であり、二日に一度は強風が訪れる。それに悩まされて家に籠もることになるので、毎年民にとって快い季節だとは思われないものだったが、この年に限ってはむしろ安息の季節といえた。海を越えて敵が訪れないと考えられたからだ。

 サリーは部屋に居た。ぼんやりと机に向かうリウスを眺めていた。いや、正確にはリウスの周囲の虚空を眺めていた。このたいへんな時期に、夜でもないのにとろんとした目をしている者は、王国のぜんたいを探し回ってみてもサリー一人だろう。

 リウスが二人の部屋で木板や粘土板を眺めているのはいつものことであるが、その内容はいつもよりも激しいもののようだ。リウスは珍しく息を荒くしている。そんなにおもしろいのだろうか。

「五十年前の戦いの記録には、ロメス帝国の熾烈な攻勢が書かれている。正面から迫られつづけ、一度は城門を破られたとある。結局、やはり橋で結ばれ、壁が薄い正面が弱点なのだ」

 それからリウスは、血なまぐさい戦いの中身を一通りサリーに向かって語ってから、拳に顎を乗せて考え込んだ。しかし、サリーはそのあいだ宙を眺めていて、リウスと視線を合わせることはなかった。


 ロメスの使者が訪れて以来、王国の全体は緊張に包まれつづけていた。兵が海岸や山岳、城壁で戦うための訓練が普段よりも多くおこなわれた。アマデウスは、将軍の後ろでさまざまな指揮を出す訓練に、このときばかりは駆り出された。

 さらに、戦いが起こった場合には、全ての民が城に逃げ込むこととなる。そのときのための訓練が、七日に一度おこなわれた。

 この日も、その訓練がおこなわれていた。昼の日の下で、民は兵に誘導されつつ、わずかな緊張を漂わせながらも、がやがやと城壁の門をくぐる。

 方形の城壁の内側に方形の城の建物があるわけだが、サリーはその建物の入り口から、様子をしげしげと見つめていた。老若男女から成る案外のどかなその人波を眺めていると、状況に反して頬が緩み、穏やかな気持ちになるのだった。

 その人波は、しかしいつまで経っても止まない。やがてサリーは、リウスとともに自然と城の中心に追いやられることとなった。そして、あれよあれよと言う間に、城の広間に至った。

 広間の一段高いところから見下ろしてみれば、人間が横に密着した横列が、縦に大人一人分の等間隔で、四角い広間に何十列も連なっていた。

 このような現象は、この広間に限らず、建物と城壁の間の空間や、城の廊下など、ほとんどの場所で起こっていたらしい。

 隣に立つリウスが言うには、百年前の戦いにおいても民の全てが城に籠もったという。しかし、百年前にこの城が建てられたとき、民は千人だった。対して、今の人口はその十倍である。当然、城はぎゅうぎゅう詰めになる。

 城に籠もって戦うとなれば一日ではすまないから、全ての者が眠る必要がある。試しに全ての者を寝かせてみることとなった。寝転がってみると、全く床が見えなくなった。民はそれぞれ寝返りをうってみたりしながら、窮屈そうに快適な姿勢を探していた。この様子を、干し魚づくりのようだとサリーは思った。つまり、海岸で、藁の上に隙間無く敷き詰められ、一部の魚がぴちぴちと跳ねる干し魚づくりの様子を思い浮かべたのだ。

 そう思ったサリーは、誰にも見えぬように小さく笑った。そして、こっそりと隣のリウスに言った。

「この光景は、なんだか気が抜けるわ」

 リウスは首を横に振り、ため息をついて答えた。

「そんなことを言うものではない。実際の戦いでは、このような環境においては民の緊張は極度に高まるだろう。混乱が起きれば、城は内から崩れるかもしれない。そういうことを考える必要がある」

「そんなものかしらね」

 サリーは、ぶすっとした表情で、リウスの建設的な戒めに一応の返答をした。

 現在の差し迫った状況や、リウスの指摘する実際上の問題がわからないわけではなかったが、相変わらず心の焦点をどこに合わせれば良いかはわからなかった。ただ、最近はバタバタし、ピリピリするのがとにかく嫌だった。

 そしてこの春、このような民の訓練と、兵の訓練は、晴れの日も嵐の日もおこなわれた。


 そして日は経ち、春は終わり、夏が訪れ、海と天とは穏やかさを取り戻した。

 白い縦の曲線が、遠くの海の上に揺れて群れるのを見た兵が居た。少し待てば、それは帆であることがわかった。ロメスが来たのだと、誰もが知った。

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