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愚者と城  作者: 的野ひと
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8話 幼い頃の学び

 使者が帰ってから、リウスは使者とアマデウスとのやりとりを伝え聞いた。昼の日が傾き始めていた頃だ。

 弟アマデウスの対応はらしくもなくずいぶん毅然としたものだなと、リウスは意外に感じた。王座が弟を育てたのだろうか。そう考えると、もやがかかったような小さな不快感が生じた。しかし、その思いを振り払い、自分にできることをしようと、リウスは決意を新たにした。ロメス帝国と戦うのだ。

 そうだ。何はともあれ、ロメス帝国が再び戦意を露わにしてきたということが重大だ。リウスは考える。早ければ、嵐の春が終わった頃に攻めてくるに違いない。それまでに、万全の態勢を整えておく必要がある。三倍の兵ということばが本当かどうかは判断できないが、ロメス帝国には何らかの勝算があるはずだ。

 ただし、奇襲するという手もあったろうに、今回のような形で予告してきたことは意外な幸運だとも思った。簡単に降ると予想していて、計算が外れたということだろうか。ファラードの罵倒ではないが、本当に五十年の間に感覚が狂っているのかもしれない。

 しかし、難敵であることに間違いはない。考えながら、リウスは、ロメス帝国に関する記憶を遡る。そして、アマデウスとサリーとともに三人で学んだ十年前の日に思い至った。


 それは、晴れた昼だった。

 父は、しばしば知識のある者を城に呼んだ。リウスとアマデウスに学ばせようとしたからである。

 その学びの空間には、望む者は誰でも参加することができた。語られることは、王国の歴史であったり、ロメスの近況であったりした。これらのうち、歴史に関しては、内容に変化が少ないから、参加するのはたいてい、城に仕える者の子女であった。いろいろな者が参加したが、この日は、兄弟の他にサリーだけが居た。

 ロメスの近況について語る教師は、ロメスに頻繁に訪れる商人であったり、もともとロメスの官吏だった者であったりした。ロメスの下級官吏で、ロメスを嫌ってこの王国に逃れる者は、昔から今まで絶えた年がない。

 その日はしかし、王国の歴史の話だった。語るのは、文官を引退した老人である。

 語られたのは、百年前、英雄王がこの地に国を築いた歴史であった。


 いま英雄王と呼ばれている者は、かつてロメス帝国の十人隊長の位にあった。彼の故郷でもあった任地は、ロメス帝国の辺境の海岸にある、貧しい農村であった。

 軍は、平時には徴税官を兼ねていた。つまり、国に代わって民から税を徴収し、国に納めることが義務づけられていたということだ。

 この地域において、軍による徴税は苛烈だった。納税を渋る者には鞭打って強制した。殺すことも許されていた。十人隊長も、渋々ながらその職務を遂行していた。

 この地域では、生産物の百分の三十の税を納めさせていた。しかし、実は帝国は、この地域の農民が国に納める税率を百分の十五と定めていた。十人隊長は、ある春の日にそれを知り、地域の軍の長に詰め寄った。宝石を身に纏った肥えた上官は悪びれず、国の目が届かない以上、うまい汁を吸うのが賢いと言いはなった。

 その時、十人隊長は嚇怒(かくど)し、脳天から真っ二つにその上官を叩き切ったという。上官の部下たちは対応することができなかった。高々と掲げられた血だらけの剣と、憤然として大きく見開かれた目が、余人を寄せ付けなかったからだ。

 しかし、帝国の中心にその情報が伝わるまで、それほど時間がかかるわけではないと予期された。そして、この行為は反逆であり、当然死刑である。十人隊長は、逃れる必要があった。

 彼は、信頼できる数人の部下を引き連れ、海岸へ(はし)った。漁民の小さな船を譲り受けようとしたのだ。

 陸をどのように進んでもロメス帝国の版図から逃れられないことが明らかだった。彼らは陸から離れるべく、日が沈む方角へとひたすら進むことを選んだ。その方角に新たな陸地があることに賭けたのである。

 その頃、不快な軍の長が滅んだという情報は、村中に広まっていた。十人隊長を探したのは、彼を捕らえようとする者だけではなかった。幾人かの民が海岸で彼らの姿を見出し、彼らに従うことを宣言した。軍の長が死んだところで、また別の者が同じ圧政を敷くだろうと、民は理解していた。彼らは、もともとは徴税官であった十人隊長を信頼し、命を賭けてその旅に従う価値があると考えたのだ。十人隊長は、感涙してそれを受け入れたという。

 そして、何艘かの船がロメス帝国に別れを告げた。

 沈む日を追って進むうちに、船団は嵐に巻き込まれた。そして、十人隊長たちはこの地に漂着した。半数の行方が知れなくなっていた。

 その後、漂着して死に際にあった十人隊長たちは、先住民のホティ族に救われた。生き残った仲間たちは悲しみを乗り越え、山で狩猟をして生きるホティ族に助けられながらも、平地で農耕をおこなって生きた。十年の後、多くの蓄えもできて生活は安定し、仲間たちは農業を中心として生きることができるようになった。

 十人隊長は、企てていた計画を実行に移すときが来たと判断した。それは、この地に移民を受け入れ、新たな国を築く計画である。

 十人隊長は、天候の穏やかな季節に、勇敢な部下とともに再びロメス帝国を目指した。ロメス帝国の陸地は広大であるから、日が昇る方角へと進めば、必ずロメス帝国に至ると考えたのだ。航路を厳密に記録しながら、日が昇る方角へと進んだ。

 果たしてそのとおりであり、一行はロメス帝国に至った。陸が見えてからは密かに進み、漁民に紛れて故郷の地を踏んだ。

 故郷では、以前予想していたとおり、圧政が復活していた。知己のもとに潜伏した十人隊長たちは、共に移り住む民を募り、山の中で密かに船を作らせた。

 故郷の地において、十人隊長の名は伝説と化していた。それが帰還したという噂は瞬く間に村の境を超えて広まった。帝国が動くことが危惧されたが、それは起こらなかった。海を進んでも、陸は存在しないとされていたからである。

 二十日後、密かに作られていた船は海岸に一斉に並んだ。船は三百艘あり、隠していたありったけの食料を携えて各地から集まった民は千人に上った。彼らもまた新天地の存在に半信半疑であったが、毎年の苦難が背中を押したのである。

 十人隊長たちは、海に漕ぎ出した。このときは、嵐に遭うこともなく、再びホティ族と仲間たちとの待つ地に至ることができた。

 苦難の帝国から民を救い出した十人隊長は、英雄として称えられた。民は彼を王として認め、全てを委ねた。初めのうち、民の生活は苦しかったが、王は民をいたわり、国を安定させた。

 そして、ホティ族との間に友好の誓いを結び、現在に至るまで繁栄しつづける王国が成立したのである。

 この伝説が語りおえられたとき、幼いアマデウスは、目を潤ませていた。

「なんて奇跡的なんだろう。すごい人だ。みんなを救って、ホティ族の人たちとも仲良くなれて」

 そして、サリーはつま先を上下に弾ませていた。

「酷い時代があったのね。今はずいぶん平和になったものね」

 リウスはことばを発さなかったが、戦慄していた。ロメス帝国が、それほど恐ろしい国だったとは。いや、今もそうに違いない。四十年の間戦争が無かったが、いつまた起こるとも限らない。その時、敗北は許されないのだ。このようにリウスは認識した。

 そして、どうして横の二人はこうも呑気なものかと、呆れもしたのだった。


 少年だった昔を思い出していると、空は橙色になっていた。考え込みすぎたことを自覚する。

 戦争が再び起こることを考えていなかったわけではないが、本当に自分の生きている間に起こりそうであるとは。そう考えると、頭が痛んだ。

 だが、備えなければならない。リウスは血が熱くなるのを感じた。そして、情報を集めるべく、蔵書を確認するために腰を上げた。


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