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愚者と城  作者: 的野ひと
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4話 アマデウスという統治者

 アマデウスの即位から、一年が過ぎた。再び秋が訪れていた。

 アマデウスの人となりは、王となってもあまり変わらなかった。市の日には街に出て、走り回る子どもを眺め、農民と語らった。

 いや、王となってからの方が、外に出る頻度は増したかもしれない。アマデウスにとって、石造りの王座の座り心地は、実際の固さ以上に悪かったのだ。

 晴れていた。やはりアマデウスは、城を出て豊穣の農地に至った。そう、この秋は豊穣であった。眺めれば、稔った麦の麦色だけが広がっており、風が吹けばそれらが賑やかにざわめくのだった。

 さて、この頻繁な外出によって、優秀な農民アレクと王アマデウスとの間の友情は以前に増して深まっていた。この日もまた彼らは語らった。

「今年も一段ときれいな風景だね。アレクも随分苦労したろうね」

「ありがとうございます。今年は風が優しかったのです」

 アレクは、謙遜しながらも頬を緩めた。アレクの麦畑は、他と比較して麦の背が高く、また穂が多かった。そのことを、アマデウスは賞賛した。アレクは、恥ずかしがりながらも、

「これは、実は耕し方が決め手なのです。念入りに土をかき混ぜなければなりません。そうすることで、間違いなく土の精の目を覚まし、麦の根を育てさせることが必要なのです」

 と自説を語った。しかし、それは農民たちにとって常識と言って良い話であった。農民たちとよくふれあってきたアマデウスにとっても、それはよく知ることだった。

「そのためには、十分な深さを掘ることが必要です。私の持つこの鍬は、鉄の刃を付けています。作業は格段に楽になり、質も高まったと考えています」

 アマデウスはなるほどと頷いた。アレクの持つ鍬の鉄の刃は、一部が茶色く錆びながらも、刃の形を確実に保ちつづけていた。

「力を入れても肝心の刃の部分は壊れないというところが良いところです。また、力を入れなくてもそれなりの深さを耕すことができ、力を入れればより深く耕すことができるというのがこの鍬の特徴です。本当は、力の無い人にもこういう道具があったら良いのにと思うのです。

 ただ、これを手に入れるのは、簡単なことではありませんでした。海の向こうに、こういう品があると聞き、ずいぶんなお金を払って仕入れてもらったのです」

 この日のアレクは、よく語った。誰にでも買えるわけではない優れた道具の話というのは、むしろ農民どうしの方が語りにくいものなのかもしれないと、アマデウスは感じた。

 ともあれ、アマデウスはこの話をなんとか解決したいと考えた。城に戻ったアマデウスは、行政長官ファラードにこの件を相談した。ファラードは、良案を持たなかった。鍬を配るというアマデウスの思いつきには、否定的だった。続いて、兄であるリウスにこれを相談した。

「鍬というのが、案外重要らしいですよ。お兄様。鉄の鍬を配ってしまってはどうかと思うのです」

「陛下。それは過度な施しというものです。鉄が貴重であるということは、国庫にとっても同じことなのです。アレクという農民が語ることが本当であったとしても、五千の農民に鍬を配るという施策は、到底為せる業ではありません。

 ただ、貸すということであれば、ある種の投資としてできないことではないかもしれません。アレクの語るとおりに豊作となれば、税も増えるのですから」

 凶作と判断された畑からはあまり税を取らず、豊作と判断された畑から多くの税を取るというのが王国の決まりであった。豊作の畑が増えれば、税も増える。

 リウスが出したこの算段に、アマデウスはわずかに感嘆した。

「ありがとうございます。お兄様。さすがはお兄様です」

「畏れ多いおことばです。陛下のお知恵あってのこの案でございます」

 ところで、アマデウスは自分のことを陛下、陛下と呼ぶ兄のよそよそしさに寂しさを覚えていた。初めの頃は辞めてほしいと頼んだものであるが、この頃には既に諦めていた。兄は父に対しても同様だったのだからと、自らに言い聞かせて。それでも、お前と呼ばれて叱られた、たった一年前の日を思い出さずには居られなかった。

 加えて、兄が政策を語るたびに、アマデウスには兄を心配する気持ちが起こった。兄が王となるために必死に生きてきたことが思い起こされたからである。

 とにかく、国費で鍬を作り、それを貸すという案は、初めは三百本から実行に移された。この政策は、非常に好評であったし、またそれなりに有効であった。

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