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愚者と城  作者: 的野ひと
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2話 兄弟

 城の中心部には、小部屋がいくつかある。これらは、それぞれ王族ひとりひとりに割り当てられている。

 そのうちの一室で、小太りの男が、卓上の粘土板とにらめっこしている。

 この男は、リウスという。アマデウスの兄であり、この国のもう一人の王子である。リウスは、この国の在り方に危機感を持ち、学ぶために粘土板を見つめていた。

 粘土板は、帝国の法が刻まれた法典である。

 海を漕ぎ進むこと二十日の地に、ロメス帝国という大国がある。

 ロメス帝国は、かの大陸で長年拡張しつづけてきた国家である。軍事的勝利によって獲得した地域には、常に反乱の火種が燻る。反乱の機会を与えないためには、むしろ公正な統治が必要とされた。帝国は、それを厳格な法によって実現したのである。百箇条から成る厳格な法により、国を維持している。

 この国も、法典を必要としている。そうではないか。統治者がいかに良心的であっても、平等に裁きつづけることは叶わないだろう。税もそうだ。それ、やはりここに、全ての属州民は一月につき、八日分の麦か、それに相当する財貨を納めると定められている。はっきり定められているから、暴政が起こらないし、民はしぶしぶでも付いてくるのだ。

 我々の統治は、曖昧な判例と民会の意思とに基づいてきた。これは、あまりにも不安定ではないか。簡単には変えられない法を、石に刻まなければなければならないのではないか。

 リウスは、唸った。

 新たな法について考えていると、扉が開き、アマデウスが現れた。

「また文書を読まれているのですか」

「そうだ」

 リウスは、鬱陶しく感じ、そのように言い放った。だがアマデウスはそれを意に介さず、リウスの手元をしげしげと見つめてきた。

 リウスは、しばらく無視していた。だが、アマデウスはいつまでもそこに居る。観念して話しかけた。

「お前はまた街をふらふらしていたのか」

「ええ。アレクによると、今年の麦の出来は悪くないそうですよ」

「アレクとは誰だ」

「農民のアレクですよ。達人で有名じゃないですか」

 リウスは、ある農民による豊凶の予想に、心底興味が無かった。

「農民の間では、有名なのだろうな。だが、その話は重要か。我々が統治者として考えなければならないことは、そんなことではないだろう」

 リウスは、弟に統治者の在り方を語る。

 結局、強い雨風があれば麦はだめになるのだ。そんなものは誰にもわからない。

 だから蓄える。この国のこれまでの王が民とうまくやってこられたのは、凶作のときにきちんと施しをおこなってきたからだ。

 そしてその善政が、人を集めてきた。そして今では一万の民をこの地に抱えるようになった。多くの者が、帝国ではなくこの国を選んでいるのだ。

 帝国の法がその強大さを支えたということも事実だが、一方で、それは辺境地域においては不徹底だった。官吏は腐敗し、民は苦しんだ。だから帝国は今、衰退している。この国が最近の五十年、侵攻を免れたのは、そのためだ。この国に移民をもたらしつづける海の向こうの地は、ロメス帝国の辺境のひとつだ。そして、民の流出が起こっているのは、その地だけではないだろう。

 だが、それでもかの国が大国であることに変わりは無い。民の流出に、いつまでも指をくわえつづけるとも思えない。いつ態勢を立て直し、侵攻を起こすかは、わからないのだ。

 それまでに、この国を強くしなければならない。そしてそのためには、今までの小国のやり方ではだめだと思わないか。

「お兄様は、何でも知っているのですね」

「街で遊んでいるお前と比べればな」

 呆れた弟である。弟が、勤勉な王弟として生きる未来は、訪れるのだろうか。

「でも、こうしてお兄様と海の向こうの話をするのも、ずいぶんと久しぶりかもしれませんね」

「そうかもしれないな」

 確かにそのとおりだった。最近は、弟と話すことも減っていた。部屋の粘土板ばかりが増えつづけていた。

 教師を招いて兄弟で学んでいた幼い頃は、いつもそういった話をしていたのに。

「幼い頃、お兄様は、ロメスに行ってその政治を学んでみたいということをおっしゃっていましたよ」

「そうか。それは、なかなか難しそうだな」

「私は、今でも行ってみたいと思いますけどね」

「わかっているとは思うが、それは不可能な話だ。我々の命は重いのだ」

 アマデウスは、少し渋い顔をする。言い方が悪かったか。

「ええ、わかっていますよ」

 帝国に行くということは、それなりの危険を伴う。我々の顔を知る兵に見つかり、捕まって殺されることが無いとはいえないし、悪天候に見舞われれば、辿り着けずに死ぬこともありうる。

 ただ、リウス自身も、幼い頃と比べれば保守的になってしまった自らを、寂しく感じないではなかった。ある時期までは、教師たちが語る世界は無限に広がり、きらきらとしていたはずなのだ。

「もう用は無いだろう。部屋に戻れ」

 リウスは諭す。アマデウスは去った。

 ため息をつく。部屋の隅に整然と積み上げられた粘土板を見る。ここ数年で読み終わった物である。

 麻布をはおり、再び机に向かった。

 リウスは静かにいらだっていた。


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