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愚者と城  作者: 的野ひと
19/31

19話 ロメスの新帝

 ロメスの都まであとわずかに三日というところの村落で、アマデウスは皇帝の訃報に触れた。急死であったという。

 同行するロメスの使者は嘆いた。

「ああ、先の秋にはご健康であられたのに。なんということか」

 アマデウスも悲しみの礼を示した。一行は、服喪のためにその地に十日ほど留まることとなった。

 都に近いその村落は、辺境で見てきた多くの村落よりは豊かであるように見えた。家の壁の土は削れていなかったし、痩せて骨張った人も見当たらなかった。このあたりでは、ロメスの統治も成功しているのかもしれない。


 ロメスの使者はひどく沈んでいたが、二日を経て落ち着きを取り戻したようであった。

「前帝の急死は、あるいは都で何かが起きたためのことかもしれません。アマデウス様は、やはり行かれますか」

 アマデウスも、恐怖を覚えていた。しかし、天を仰いでから、覚悟を決めた。

「私は、今帰るわけにはまいりません。貴国との約束を反故にすることになってしまいます」


 十日間の服喪を終えたアマデウスたちは、進んだ。

 遂に至ったロメスの都は、王国の街とは比べものにならず華やかであった。

 都において、アマデウスに対する人々の反応は、辺境におけるそれと異なっていた。アマデウスを見詰める目には、敵意と羨望とが混じっていると感じられた。護衛たちは自然とその警戒を強めた。アマデウスもまた、敵地の気分であった。

 都の城に至ったアマデウスは、護衛を外に待たせ、皇帝に拝謁することにした。儀式の万事を決定するためでもある。

 謁見の間は異様に広く、全ての壁に精緻な彫刻による装飾が為されていた。

 アマデウスとロメスの使者は、謁見の間の最奥に位置する空の玉座の前に()(はい)して待った。やがて、着飾った幼い少年が玉座に歩き至った。宝石がちりばめられたその着衣は少年の体には大きすぎるようであった。

 ロメスの使者は立ち上がり、震える声で問うた。

「なぜ貴方がその席に座られるのですか」

「遠征中の兄は何年も敵を退けられん。弱者だ。そんな弱者よりも、先の内乱を平らげた我こそが次の皇帝に相応しいと、貴族どもが皆認めたのだ」

 どうやら、兄を措いて弟が玉座に祭り上げられたらしい。アマデウスの身に二人の緊張が伝わった。しかし同時に、自らとの類似に妙な同情を覚えないではなかった。

 アマデウスは、用件を述べた。

「先だってお伝えしているとおり、私は貴国の民の前で貴国との友好を明らかにするために招かれて参りました。ついてはその儀式をおこなわなければなりません」

 幼い皇帝は、高い声に似合わぬ憮然とした態度で答えた。

「確かに招いた。しかし、儀式の内容は改めねばならん。我の即位を知らしめるための儀式だ」

 服喪の関係で、今のところ即位を大々的に民に示してはいないようであるから、儀式のなかで即位を知らしめるという発想はおかしなものではない。とはいえ、アマデウスは穏やかならぬものを感じた。

「そうですね。確かにおめでたいことです。同時に、御身のお披露目の場とするというのも素晴らしいことでしょう」

「我が統治がどのようなものであるか、その場で示さねばならんな」

 続けざまに幼い皇帝は、隣りに立つ重臣であろう者に問うた。

「我が帝国は、海の果てまでをを治める帝国とならねばならん。そうであろう」

 重臣は、目を細め、わざとらしく頬を吊り上げて答えた。

「その通りでございます。陛下のご威光をどこまでも広めねばなりません」

「国庫を潤すためには、領土を広げ、税をかき集めねばならん。そうであろう」

「その通りでございます。陛下に従う万の臣に報いるためには、広く財貨を集めねばなりません」

「逆らう愚か者は、全て滅ぼさねばならん。そうであろう」

「その通りでございます。帝国の内に蔓延る病も、帝国の外に生意気にも栄える身の程知らずも、全て滅ぼさねばなりません」

 ロメスの皇帝と重臣らしき者は、アマデウスがそこに居ないかのように語り合った。アマデウスは腰を折りつづけるしかなかった。

 殺伐とした問答を遮ったのは、ロメスの使者であった。

「なりませんぞ。陛下。早まってはなりません。我々は平和に辿り着いたのです。ロメスの名を汚すこととなりますぞ」

「黙れ、じじい」

 ロメスの使者はことばを継げなかった。ロメス帝国の群臣は何も言わなかった。全く無表情でアマデウスたちを見下ろしていた。

 少年のうちに皇帝となり、そのために死ぬまでこの在り方でなければならないであろう、目の前の人間の未来をアマデウスは、哀れんだ。

「アマデウスよ。お前はずいぶん人気があるらしいな。そして先の戦いでずいぶん活躍したらしいな。我が国も苦しめられた。お前の治める『国』とやらは、お前を失っても戦えるのか」

 アマデウスは皇帝の殺意を確信した。心中で悔い、兄に謝罪した。そして、皇帝を睨んだ。

「私ごときを失ったところで、私を支えてくれた民と兵と臣との結束は緩みませんよ」

「試してみようではないか」

 ロメスの兵がアマデウスを広く囲んだ。アマデウスは懐から短刀を取り出した。さっと立ち上がって遠く謁見の間の出口を一兵の向こうに見やった。その兵が無表情で迫り、剣を突き出してきた。アマデウスはそれを短刀で薙ぎ、すぐさまその短刀を兵の頭部に向けて突き出した。その兵が頭をわずかに横に背けたため、短刀を握る腕は兜の側面に弾かれて逸れた。後方から、別の兵の掛け声が聞こえた。振り返ったアマデウスの首筋に、刃が触れた。

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