18話 揺らぎ
翌朝、サリーはロトンを連れて城を出た。リウスに黙って向かった先は、かつて、結婚してすぐのリウスとともに訪れた花畑だった。
薄く雲がかかっていた。それでも、かつての春の日と同じように、花畑には白い花が満ち満ちており、その下に隠れて色鮮やかな花も咲いているのであった。
山を背にして、サリーたちは花畑と、その先の湖を眺めた。風が湖を波立たせている。中天、薄雲の隙間から陽光が注いでいた。
リウスの非難は、サリーの胸に淀みを生んだ。アマデウスを心配する思いを共有しているだけに、その非難はサリーにとっても感情的に無視できるものではなかった。だからこそ、少し心を落ち着けたかった。
ロトンを連れたサリーは、湖を前に呟いた。
「信じられないわ」
リウスのことばを思い返した。リウスは、サリーの軽率さを非難したのだった。あのような言い方をしなくても良いのに。
その思いを抱きつつサリーは、湖の水面を眺めながら、海を渡ったアマデウスに思いを馳せた。アマデウスは無事だろうか。無事に、旅を楽しんでいてほしい。
「陛下は、ロメス帝国が利害関係を理解している限り、必ずつつがなく帰ってくるだろうと、お父さまが言っていました。わたしもそう思います。お母さまは、気に病む必要はありません」
ロトンは最近、リウスの英才教育のために、年の割に聡い――あるいは理屈っぽい――ことを、言うようになった。
「ふふ。そうね。でも、あんまりお父様みたいな言いかたばかりしていたら、だめよ」
その時、背後の山から獣の甲高い鳴き声が耳を貫いた。ロトンが腕にしがみついてくる。その手は震えている。サリーは、しがみつくその体をもう一方の腕で包み込んだ。
狩りがおこなわれているのだろうか。致命的な悲鳴だった。
一方で、たくましいホティ族の青年を連想した。弓を射るあの祭りで、心が通った瞬間を思い出した。
そこには、アマデウスも居て、リウスとロトンも居た。祝福する民のなかには、ロメスの民も居て、偽りの無い笑顔を向けてくれていた。
その幸せな光景が頭に浮かぶと、アマデウスの旅路も祝福されているような気がした。
そしてそう思うと、むしろリウスのことばを許せる気がした。リウスは、昔から心配性だったじゃないか、と。
「やっぱり信じられないわ。でも、あの人はそういう人よね。ちょっと考えすぎる人」
サリーの胸の淀みは、白い花畑に囲まれて半日を過ごした結果、ずいぶん洗われていた。
城に戻ると、なにやら全ての人が騒がしかった。建物に入るなり目の前に現れたリウスの口調もまた、慌ただしかった。
「サリー。どこに居たのだ。たいへんだ。ロメスの皇帝が、死んだぞ」
「え、どういうことなの」
「どうもこうもない。急死だそうだ。突然倒れて死んだという報せが、昼に届いたのだ」
リウスの表情は険しかった。サリーは、ロトンの手を強く握りなおした。




